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東の国の呪術師たち―纏繞の人々―  作者: 須能 雪羽
第九幕:露往霜来
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第109話:描カレタ図面ノ価値

 安物っぽい軽薄な解除音がした。公施設の会議室に、高級な電磁ロックなど必要ない。


「悪趣味は終わりましたか」

「人聞きが悪いの」

「太らせて食う。その嗜好は、そうとしか思えません。しかし否定はしませんよ。全ての存在は、平等でない」


 いかにも対等という風に、入ってきた仙石さんは言った。用事とやらは終わったのか、機械人形の二人から受けた傷は、まだそのままだ。


「そう受け取るのを、儂も否定はせぬがな。末期にひとつ、小さな望みが叶うのは悪いことでなかろう。侘び寂びには、一杯の温かい湯が必要なのよ」

「ですから否定はしないと。さて――」


 興が乗ったように伽藍堂は、くくっと笑う。人の姿でなければ、硬い木を擦り合わせただけにしか聞こえなかったが。

 それは相手にせず、仙石さんの意識と視線はこちらを向いた。


「結論だけ聞かされたようですが、ただ死んでいただきたいわけではない」

「――仙石さんも、伽藍堂と目的は同じなんですね。創造の前の破壊なんて、それさえも嘘だったんですね」

「弱者の為の世界を作る。その為に白鸞を叩くのが、ですか?」


 僕が死ぬとか死なないとか。伽藍堂や仙石さんの目的は悪であるとか。

 そんなことは、どうでも良かった。

 言葉足らずの僕の問いを、仙石さんはすぐに補完した。それは自覚があるということだ。

 行いそのものの正しいのがもちろん正しいのだけど、そこを誤る人が居るのは仕方がない。誰にも僕の父みたいな人が居るわけでないのだから。

 でも少なくとも、己が正しいと考えることに不実であってはいけないと思う。それは自分が自分に対して示す教えに、従順でない。


「ご指摘はそのとおりですが、それこそ目的が同一でない証左でもあります」


 脚を肩幅に開いて、両手は腰に。それが仙石さんの、リラックスした立ち姿らしい。多少の手振りはあるけども、また元通りの姿勢になる。


「証左?」

「私が破壊を行うのは、白鸞の王家に代わって強者になるということ。そうなれば次に狙われるのは私でしょう」


 伽藍堂は、白鸞を狙うのを強いからだと言った。大きく出る杭がいつもそうというだけで、白鸞を狙い打ちしているのではないと。

 それが事実なら、仙石さんの言葉も然りとなる。


「そう思うなら、なぜそうするんです」

「弱者を救えるのは、強者しか居ないからですよ」

「それは一時しのぎにしかならないんじゃ?」


 たったいま殴られている人を救えるのは、殴っている人より強い人だけだ。「誠意を持って言えば、暴力でなくとも解決出来る」なんて主張は、方便に過ぎない。

 だがその強い人が居る間はいいとして、そのあとはどうするのか。弱者が弱いままでは、また別の強い人の主張に従うことになる。


「だから私は、支配者になる気はないのですよ。支配とか統治とか、そういったことは弱者の中でやっていただければ良い。私はその仕組みの外に置く、ワイルドカードとなります」

「切り札――仙石家が防衛システムになると?」

「理解が早くて助かりますね」


 伽藍堂は気難しげな表情は変えず、壁際に腰を下ろしていた。じっとしていると置き物にも見えてくるけれど、仙石さんと僕と喋っているほうに陰気な視線が向く。


「つまり伽藍堂が仙石さんに目標を変えれば、そこからは敵対することも織り込み済みなんですね」

「そうなります。あなたがたがたった四、五人集まっただけで撤退する私など、その価値もないでしょうが」


 最後に言った部分は、嘘だ。

 彼のことはほとんど何も知らないけど、とても正直だと思う。自信のあることはそのように言うし、出来そうになければそのように動く。


「具体的に、僕にどうしろと言うんです?」

「おや、協力してくださるのですか。頼んでおいて白々しいですが、最終的に強行するしかないと思っていました」

「協力するとは言ってませんよ。興味を覚えただけです」


 そうだ。伽藍堂の話は、どうも人の世界を超越している。対して仙石さんの主張は、実現可能かは置いても理屈が通っている。

 一考の価値があるなんて偉そうなことを言いたくないけど、僕の言い方であれば正しい方向を見ているように思えた。


「三角形を描きたいのですよ」

「三角?」

「ええ。とても大きな三角形です」


 式術にあって、円形は変化を、四角形は安定を表す。同じ意味で、三角形は負荷だ。分かりやすく操作と守りと攻撃、と言ってもいい。

 それ以外の意味で言ったとは考えにくい。仙石さんは両手の指で小さな三角形を作って見せる。


「大きなとは、どのくらいのですか」

「それは――」


 仙石さんは計画の中心であろうその事実を教えてくれた。僕が予測したものよりも、随分と大きい。それが叶えば、たしかに弱者を守る強者の仕組みは出来るのかもしれないと思った。


「嫌だと言ったら?」

「強行させていただきますよ。それに、もしもあなたを使えなかったとしても、ベストでないというだけです」

「完遂は動かない――」


 そういうことですと頷いて、仙石さんは打刀を抜いた。伽藍堂は相変わらず、見世物を覗くように見ているだけだ。


「抗いますか?」

「……いえ。ただ、もう一つだけ教えてください。なぜ、今なんですか」

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