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姫君をパーティーにお招きします。



「まったく、あんな騒ぎを起こすとは……。今後、マーヤと二人で行動することは禁止です」


 サールが城の外廊下を歩きながら、ため息をつく。


「マーヤは悪くない。文句を言うな、サール」


 サールと肩を並べて歩きながら、アレウズが言った。


 結局、ナーヴ商会の宿で騒ぎを起こした私たちは、サールに助けられた。

 『逮捕』という乱暴な形で……。

 サールは、私たちを先に行かせた後、追おうとした二人の警備兵を殴って気絶させ(なんつーことを……)通りがかった他の地区の警備兵に、怪しい男が兵を殴って逃げたと説明した。そのまま複数人を引き連れて、ナーヴ商会の宿に乗りこむ計画だったらしい。

 しかし、宿についてみると、ナーヴ商会に雇われている傭兵たちが、侵入者だと騒いでいるのに出くわした。

 嫌な予感がしたサールは、彼らよりも先に路地に飛び込み、私たちを見つけて保護(?)した、というわけだ。


 確かに、サールを待てば、もっとスマートに事は進んだかもしれない。でも、あの謎のチャラ男 (イメージです) さえ出てこなければ、私たちの潜入作戦もそんなに悪くなかったと思う。

 それにしても、あの自称旅芸人の男は何者なんだろう?

 荷物倉庫の羽目板は、あきらかに盗み聞きをするために細工されていた。多分、というか間違いなく、どこかのスパイなんだろうけど……。

 私の報告を聞いたサールは、少し考えた後、何か思い当たる事でもあるのか、その男については差し当たり問題ない、と言い切った、それよりも――。



「イルティスアへの攻撃など、バルスクへの守りも万全でない中で、何を考えているんだ、あいつらは」


 声量こそ押さえているが、怒りのこもった声でアレウズが言う。


「イルティスアの攻略は、アルイールを手に入れて以来の王家の悲願でもあります。これを成し遂げた者こそ、真の王に相応しい、と書く歴史書記者もあります」

「カビの生えた考えだ。そんなもの、バルスク帝国が現れる以前の話だろう」

「確かに、バルスクと我々が争う間に、イルティスアは目覚ましい技術の向上を見せ、今では、正面から戦って勝ち目はありません」

「子供でも分かることだ。それを――」

「しかし、スカヴィア人は別です。彼らはイルティスア海軍と互角に戦う技術がある。足りないのは結束です。ランゴル船団は――」

「ちょっと!」


 私は思わず足を止めて、二人を振り返って睨みつけた。


「いい加減にしてください! 今は戦の話は無し。テオドラ姫が不安になるでしょ!」


 二人はきょとん、として私を見た。

 駄目だ、これ。完璧に今日の目的を忘れている。


 私たちは今、国王陛下と王太子だけが通ることのできる外廊下を渡って、柘榴石の塔に向かっている。

 それは、もちろんアレウズが、街で買ったプレゼントをテオドラ姫へ贈りに行くためであり、政治的密談のためではない。


「とにかく、あちらに着いたら、街の事とか、天気の事とか、なんか楽しい話をするようにしてくださいね」

「天気の話は、楽しくない」


 アレウズが真面目に答える。


「そこじゃなくて!」


 大丈夫かな、この人。

 私がため息をつくと、サールがにっこりとエルフな微笑みを見せた。


「心配する必要はありませんよ。殿下がそこに立っているだけで、大抵の女は満足します」


 いやいや、テオドラ姫の気位の高さは並大抵じゃありませんから!


「安心しろ、マーヤ。姫を不安にはさせない」


 アレウズがそう言うと、私の肩に、ぽん、と手を置いた。


「行くぞ」


 戦なら、これですっかり安心できちゃうんだけど……。

 私はもう一度ため息をついて、アレウズの背中を追いかけた。




「ご機嫌麗しゅう、殿下」


 繊細な花の刺繍が施された、流れるような銀糸のドレスを少し持ち上げて、テオドラ姫が優雅に礼をした。


「うん。姫も元気そうだな」


 アレウズが頷く。

 あれ、意外と普通だな。

 テオドラ姫の方がやや緊張しているようだ。

 少しぎこちない動きで、アレウズをお茶が用意されているテーブルへ案内する。

 二人の様子は、まさに絵本に描かれたおとぎ話のお姫様と王子様だ。

 私はサールと一緒に少し離れた席に着きながら、二人を見つめた。


 聖庁もそうだが、このテオドラ姫の居室もほとんどの物が、ビサンテから運ばれた調度品で飾り付けられているので、椅子から食器から、壁のタペストリーまで非常に繊細で優美に作られている。

 アレウズや騎司たちが過ごす部屋の、武骨で簡素な設えとは真逆と言っていい。

 そのせいか、時間もなんだかゆったり流れているような気がする。その中でお茶を飲むアレウズは、まるで別世界の住人のようだ。

 そう思うと、なぜか少し胸が苦しくなった。


「お茶、飲んだらどうです? 美味しいですよ」


 そんな私をちらりと見て、サールが言った。

 あんたの部屋じゃないでしょうが!

 まだ勧められてもいないお茶を当然のように啜るサールを見て、思わずツッコミそうになった時、肩にふわりと白い手が置かれた。


「聖騎士様」


 柔らかな声の方向を見上げると、笑顔のアエリア嬢が立っていた。


「心より感謝申し上げます。聖騎士様にお願いして、本当にようございましたわ」

「いえっ! そんな」


 溢れる上品さと女子力に、思わず立ち上がってしまう


「き、騎士の務めです」


 全く騎士らしくなく動揺して視線を泳がせると、サールが口に手を当てて笑いを堪えている様子が視界に入った。

 ほんと、人間としてどうかと思う、この人。


「アエリア嬢、少し宜しいですか?」


 やっと笑いを飲み下したらしい、サールがアエリア嬢に近づいた。


「ええ。もちろんですわ」


 アエリア嬢が機嫌よく応じる。

 この前の大砲の件、聞くつもりなんだな。

 私は腰かけて、お茶を飲んだ。

 サールの言うとおり、すごくおいしい。

 聖庁に入ってからは、サールの激辛茶はともかくも、普通のお茶も飲める機会が増えたが、従士だった頃は本当につらかった。

 そもそも、騎士も従士もほとんど飲み物を摂取しないし、時々革袋を渡されても入っているのは葡萄酒だったりする。

 彼らにとってそれはお酒でもなんでもなくて、単に液体であり、お酒と言うのは、宴会で出される、火をつけたら間違いなく燃え上がるレベルのアルコールの事だ。


 こんな美味しいお茶を毎日飲めるなんてうらやましい、と思ってテオドラ姫の方を見る。

 あれ? 全然話してないじゃん! ……っていうか固まってる?

 テオドラ姫はお茶にも手を付けずに下を向いているし、アレウズはと言えば、目の前に並べられた、お菓子の類を難しい顔で睨みつけている。

 あれ、絶対にどれが食物なのか分かってない顔だよ!

 私はあわてて近くの侍女に向かって手招きした。

 一番若い侍女――確かラスティアと呼ばれていた、金髪の女の子が気が付いてくれた。私は彼女に素早く耳打ちした。

 ラスティアは素直に頷くと、テオドラ姫の傍に寄って、そっと私のアドバイスを伝える。

 テオドラ姫は、はっとすると、手を伸ばして小さな淡い紫の花が盛り付けられた皿を取った。


「どうぞ。アイオンの花の砂糖漬けです」

「アイオン?」


 アレウズは不思議そうに言うと、その繊細なお菓子を無造作に一つ掴んで口に放り込んだ。


「うん。甘いな」


 よしよし、もう一声!

 必死でアレウズに念を送る。

 それが効いたのか、アレウズはお茶を一口飲んで、また口を開いた。


「ビサンテでは花まで食うのか。無駄がなくていいな」


 なんだ、その感想!?

 褒めてないどことか、情緒が無さすぎて、むしろディスってるよ!

 私はおそるおそる姫の様子を伺った。案の定、笑顔が引きつっている。


「花の砂糖漬けは加工が繊細ですので、ビサンテの王宮に仕える職人でなくては作れませんのよ。こちらでは思いつきもなさらないでしょうけど」


 来ちゃったよ、姫の嫌味攻撃。

 しかし、アレウズは全く気が付かず、納得したように頷いた。


「そうだな。戦場では場合によってはその辺の草も食うが、まあ、肉が無くては話にならんからな」


 ええい、もう作戦変更だ!

 私は椅子を移動させてアレウズの視界に無理やり入ると、自分の上着をめくって見せた。

 アレウズは、上着の下にテオドラ姫への贈り物を持っているのだ。そして、おそらくその事を忘れている。


「?」

 

 アレウズが明らかに怪訝な顔をしてこちらを見つめてくる。

 プレゼント! プレゼントだってば!

 私は必死に、両手で袋の形を作ったり、それを捧げ持ったりするサインを送る。


「??」


 ああ、もう! 戦場では何も言わなくったって、私の言いたいことが分かるくせに!

 プ・レ・ゼ・ン・ト! だってば!


「何してるんですか、あなたは?」


 夜の隙間風よりも冷たい声がして、私は思わず動きを止めた。

 おそるおそる振り向くと、サールの呆れ顔と、アエリア嬢のちょっと引き気味の笑顔にぶつかった。

冷静に辺りを見回すと、他の侍女たちも不可解な生き物を見る目でこちらを見ている。

 あー……。

 私は冷静に客観的に今の自分の姿を見てみた。

 立ち上がって片足を椅子にかけ、前のめりで両手を振り回す騎士……的な何か。

 超恥ずかしいわ、これ。


「ボブイーヴ祭の余興ですか? 気が早いですね」


 サールがにっこり笑って言った。


「そ、そうですよね。つい……楽しみで!」

「で、あなたのそれ、何ですか? アレヴェルクの踊りですか?」

「まあ、そうです」


 単に面白がられている気もするが、助け船だと思って乗っておこう。


「姫君も、ボブイーヴ祭の余興、楽しみですよね?」


 必死で話を振ると、姫はこてん、と首を傾げた。


「ボブイーヴ祭って何ですの?」


 あれ? 知らないの?

 アエリア嬢があわてて姫の方へ行くと、そっと言った。


「トルヴァのお祭りですわ。姫様」

「トルヴァの?」


 途端に姫も侍女たちも眉をひそめたのが分かった。

 そんな空気はまったく読めないアレウズが、楽しそうに言う。


「ああ。ボブイーヴ祭はいいぞ! 連日、鷹狩り、騎馬戦、宴会だ」


 それを聞いて、姫たちの顔がますます怖くなる。

 私はがっくりと肩を落とした。

 そりゃ、そうだよね。

 私も何度も騎司庁の宴会に出ているけれど、お酒の入ったおじさんたちが武勇伝を喚くくらいはまだ可愛いもので、そのうち、そこら中で腕試しが始まり、最終的には皿から杯から、肉に刺さっていた包丁までが宙を飛び交う、宴というより乱闘という表現がぴったりな状況になるのがお約束だ。

 あれが祭りになったら、多分、死人が出る。

 なんで今まで王宮の女性を、そういう席で見たことがないのか、初めて納得した。この優雅な空間で蝶かお花相手に暮らしている女の子たちに、あれはかなりキツイだろう。


「テオドラ姫も、ご出席になってはいかがですか?」


 突然、サールの涼しい声がした。

 何だって?

 私のみならず、侍女たち全員が、一斉にサールの事を信じがたい面持ちで見つめた。

 サールはにっこりと微笑む。


「ボブイーヴ祭はトルヴァの魂です。姫君がご臨席になるのに相応しいものですよ。そうでしょう、殿下?」


 同意を求められたアレウズが力強くうなずく。


「その通りだ。聖庁はやかましい事を言うかもしれんが、姫が出たいというなら、誰にも文句は言わせん」


 いやいや、「出たくない」って顔に書いてあるでしょ!

 さらに、サールがとんでもないことを言い出す。


「ここにおられる侍女方にも、余興にご協力いただいてはどうでしょう?」

「そ、そんな!」


 ついにアエリア嬢が悲鳴のような声を上げた。


「私どもは、そのような、はれ……な真似事は――」


 今、何とか飲み込んだけど、「破廉恥」って言ったよね? 無理もないけど……。

 サールは、無言で動揺する侍女たちの間を通って、姫に近付いた。

 姫はと言えば、もう完全に顔が戦闘モードに移行している。


「姫君、いかがでしょ――」

「嫌です!」


 にべもなく突っぱねる。

 さすがの侍女たちも、今度ばかりはこの態度にほっとしたようだ。


「なんで嫌なんだ? 楽しいぞ」


 アレウズが、全く無邪気にきょとんとして言う。


「私の大切な侍女たちを、衆目にさらすなんて絶対にできません!」


 これには、私もちょっと感心した。幼いとはいえ、さすがは姫。主人としての気概がある。その証拠に、侍女たちが皆、尊敬の眼差しをテオドラ姫に向けている。

 しかし、こんな事でひるむサールではない。


「何か、勘違いをされているようですが――」


 勧められてもいないのに、そこにあった椅子に勝手に腰を下ろす。


「ボブイーヴ祭の余興とは、いわゆる宴会で旅芸人を呼んでやらせるようなものとは訳が違います。もともとは、老若男女を問わず、優れた技芸を持つものが、天にその技を捧げるために行われていました。今も、王宮で祝われるボブイーヴ祭で余興を行うものは、それなりの身分と技芸を保証された者に限られています。つまり、衆目を楽しませるためではなく、神に捧げるもの、として技を披露するのです」

「それでも、見世物には変わりありません!」


 テオドラ姫も全く負けていない。


「確かに、天も人も楽しませる、という意味ではおっしゃる通りです。しかし、それが姫君や侍女方の品位を損なう、という事にはなりません」


 テオドラ姫が疑わしそうな目でサールを見る。

 残念ながら、反論しなければサールが波に乗るだけなのだが。


「ボブイーヴ祭で披露されるものは、かつては剣技や弓の腕前などでしたが、宴が室内で行われるようになってからは、音楽が主となっています。音楽は、ビサンテでも貴族や王族の方が嗜まれる技と聞いておりますが、違いますか?」

「それは、そうですけど……」


 サールはにっこりと笑った。

 いつの間にか、侍女たちも警戒を解いて、サールの話を興味深げに聞いている。


「今はまだ、ボブイーヴ祭は勇猛さが主眼の武骨なものではありますが、そこに姫君方の手で典雅さを加えてほしい、というのが殿下のご意向です」


 私はすかさずアレウズを見る。アレウズはと言えば、同じようにそちらを見たテオドラ姫に、卒なく頷き返している。

 悔しいが、サールの意図をよく理解している。私のサインなんて全然わからなかったくせに……。

 こうなれば、もうサールの勝ちと言っていい。


「ボブイーヴ祭を、トルヴァだけのものではなく、アルイール全体で祝う事のできる、洗練された祝祭とする。それは、未来の王妃である姫君でなければできないことでしょう」


 いつの間にか、テオドラ姫の顔から険しさが消えている。


「未来の……」


 姫君が小さな声で呟いた。


「テオドラ姫」


 アレウズがまっすぐに姫を見て言った。


「姫にも侍女たちにも、決して不快な思いはさせない。ボブイーヴ祭を共に祝ってくれないか?」


 どんな女の子でもイチコロのあの瞳だ。

 私はそっとその光景から目をそらした。

 姫の答えは聞くまでもない。


「分かりました。……王宮の、宴だけなら……」


 テオドラ姫が、細い声で言った。


「ああ、十分だ。きっと楽しいぞ」


 アレウズが満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔に侍女たちは、すっかり見とれてしまっている。いるだけで満足、っていうサールの説明はあながち間違いとは言えない。


「し、しかし、余興など、私たちは――」


 残念ながら、大抵ではない女子がもう一人いたようだ。

 アエリア嬢が真っ青な顔で私の方を見た。目で「何とかしてください!」と訴えてくる。

 いや、もうこれ私の出番無いから。


「ご安心を」


 突然、サールが立ち上がると、私の腕を引っ張って前へ押しやった。


「困りごとがあれば、このシャラナルがお役に立ちます。こう見えて、聖典の民ですからね。祝祭にも詳しいですよ」

「はああ!?」


 思わず間抜けな声が出てしまった。

 また、そんな無茶ぶりを~!


「では、楽しみにしているぞ」


 アレウズはそう言うと、用は済んだ、とばかりに立ち上がった。

 今日の目的はこれじゃないでしょ!

 しかし、アレウズはさっさと部屋の出口に向かって歩いていく。


「では、シャラナルは置いていきますので、お好きにお使いください」


 サールもさらりと言うと、背を向けた。

 そんな、便利家電みたいな扱い!

 思わず二人の背中に手を伸ばしたところで、アレウズがぴたりと止まった。


「忘れていた」


 無表情でつかつかとテオドラ姫の方へ歩いて行くと、緑の葉のついた包みを渡した。


「街で買った。使ってくれ」


 姫が包みを開けると、金髪によく映えそうな、エメラルド色の髪飾りが出てきた。

 なんだかんだ言って、よく見てるのね。

 私は心の中でため息を吐いた。

 突然、アレウズがこちらを向いた。

 「これで、いいだろう?」とばかりに、すごいドヤ顔をしている。

 私は思わず笑ってしまった。親指を立てて、グッジョブの合図を送る。

 侍女たちも周りに集まって楽しそうだ。


「素敵ですわね」

「きっとお似合いですわ」

「わざわざ、姫様のために、殿下御自ら街へ出られたのですか?」


 アエリア嬢が驚いたように言う。


「まあ、そうだな。礼はマーヤに言ってくれ」


 アレウズはそう言うと、先ほどと同じく、さっさと部屋を出て行った。


 最後のセリフいらなくない?

 と、思ったところで、侍女たちが一斉にこちらを見た。


「どういう事ですの?」

「シャラナル様が買っていらしたのですか?」


 ヤバい、ヤバい!

 私は大慌てで両手を振った。


「いえ、あれは、アレです。照れ隠しです!」

「あら、そうなんですの?」

「そうなんです! 無表情のようですが、あれで照れておられるんです!」

「まあ、お可愛らしい」


 侍女たちが今度は互いに顔を見合わせて、微笑み合う。ギャップ萌え作戦はとりあえず成功だ。

 なんで、私こんな事してるんだろう。

 そう思ってから、一番大切なことを思い出した。

 姫の反応は!?


 テオドラ姫は、髪飾りを掌に置いたまま、先ほどから全く微動だにしない。そんなに感動したのだろうか。


「あの、姫君。お気に召しましたでしょうか?」


 恐々お伺いすると、姫は、こてん、と首を倒した。


「これ、何かの石かしら? 見たことないけど」


 全然、響いてない!

 私は頭を抱えた。

 バフーク隊長~、何がいけなかったんでしょうか……。

 私は、肩に弓をかけて颯爽と去っていく、隊長の幻に助けを求める。

 姫はそんな私に頓着せず、無造作に髪飾りを、裏返したりしていたが、やがてそれをアエリアに渡した。


「王宮の宴、どうしよう……」


 そっち?

 贈り物には、もう興味ないの??


「で? あなたは何の役に立つの?」


 姫君がじろり、とこちらを見る。

 なんか、色々とすっごく残念な気分だ……。


「はあ……」


 テンションのすっかり下がったやる気ない返事をした途端、ぶつかってくるようにアエリア嬢が私の手をつかんだ。


「シャラナル様! サール様はああ仰っていましたけど、音楽ができるのは、ビサンテの貴族の中でも決まった家系だけで、私たちの中には、その血筋の者は一人も――」

「お、落ち着いてください!」


 私はアエリア嬢の肩に手を置いた。


「音楽じゃなくても大丈夫です。何か、ありませんか? 歌とか楽器でなければ、ダンスとか……」

「ダンス……?」


 侍女たちが顔を見合わせる。


「ダンスくらいなら、多少はしますが、それは女たちの間で楽しむもので、とても人に見せるようなものでは……」


 アエリア嬢がため息を吐く。


「じゃあ、シャラナルに習えばいいんじゃないかしら?」


 だしぬけに姫君が言った。


「え、私ですか?」


 唖然として言うと、姫君は特に悪意もない様子で、さらりと言った。


「さっき、アレヴェルクの踊りがどうの、とか言っていたのではなくて? 聖典の民のダンスなら、ビサンテの品位を保てるし、ちょうど良いんじゃないかしら?」

「いえ、私はダンスなんて――」

「じゃあ、何ができるの?」


 う……。

 いかにポンコツでも、ここまで来て「何もできない」と答えるわけにはいかない。


「わ、分かりました……」


 私は頭痛が始まりそうな額に手を当てて頷いた。


「何とか、やってみましょう」




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