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今日は、お買い物日和です。

 

「それで、なんで買い物なんですか?」


 サールのいらいらとした声が飛んだ。

 市街地へ続く石畳を馬で進みながら、私は旅の修道僧姿に身をやつしたサールを振り返った。


「だから、贈り物を自分で選ぶのが大事なんですってば!それに、私、街に行ったことないし」

「だからって、私が行く必要はないでしょう!」

「えー。ご自分から一緒に行くって、言ったじゃないですか」


 私はそう言いながら、黒髪を隠す外套のフードがずり落ちないように引き上げた。


「おまえも、たまには街に出るべきだぞ。サール。本から学べないことも、あるだろう?」


 私の横で、こちらも、旅の自由騎士っぽく変装したアレウズが言った。


 テオドラ姫に会いに行く約束を取り付けた私は、バフーク隊長のアドバイスに従って、アレウズに、姫へ贈り物を用意することを提案した。

 最初は、あまり乗り気ではなかったアレウズも、御忍びで外出と聞いてがぜん張り切り、浮かれている二人では危険だと思ったのか、サールも一緒に行くと言い出した。

 ヴァクルに来てもらっても良かったのだが、私を聖騎士にする問題以来、あまり顔を合わせていないように見える二人のためにいいと思って、あえて三人で出てきたのだ。


「まったく、私は仕事が山ほどあるんですよ。殿下も政務があるでしょうに」


 サールがため息交じりに言う。


「主の心得第6章『良い家臣の才能を引き出すためには、進んで休養を与えること。また、休養を取ることを、主が率先して見せることが必要である』」

「なんですか、それは。そんな章はどの儀典書にも、存在しませんよ」

「私の世界の、サラリーマン心得です」


 ちょっぴり嘘だが、まあこの際それは重要ではない。


「私は帰還の時に、街を行進しただけなんですよ。この都市がどんなか、見ておきたいんです」


 サラヴァルトの王都中心部は、私が想像していたよりもずっと大きく、多様な民族が行き交う都市だった。

 市場では、主にタイタリア王国から運ばれた香辛料や、宝石などが取引されているようだった。


「すごい賑わいですね!」


 田舎者まるだし、という感じで目を見張っている私を見て、アレウズが言う。


「タイタリアの商人たちには、自由貿易権を与えているからな。最近は、タイタリアから船が出る回数も増えた。おかげで、西の大陸・サマナの物も手に入るようになったぞ」


 そう言いながらアレウズが手に取ったのは、艶やかな飴色をした髪飾りだった。


「おや、旦那お目が高いですね」


 すかさず店主がニコニコしながら、アレウズの手にあるものを指差した。


「それは西の海に住む、伝説の海獣が持つ角で作ったものですよ」

「海獣?」


 アレウズは、何度もひっくり返して、興味深そうにそれを見ている。

 どうやらべっ甲に似た素材のようだ。そういえば、日本の花嫁道具にも、べっ甲の櫛ってのがあったな。


「それ、贈り物にいいと思いますよ」


 私が言うと、アレウズは頷いた。


「うん、良さそうだな。親父、女が喜びそうなものは他にもあるか?」

「はいはい、こちらにどうぞ」


 意外と積極的だ。

 私は、店主が店の奥から出してくる品物を真剣に選ぶアレウズを見て、よしよしと勝手に満足した。


「20ギナ⁉︎ この書物が?」


 突然、2軒先の店から大声が聞こえた。

 なんか、サールの声みたいだけど……。

 私がおそるおそる店をのぞくと、思った通り、サールが店主に掴みかからんばかりの勢いで、質問している。


「しかも3冊で20ギナなどと、常軌を逸していますよ、あなたは! これをどこで手に入れたのです?」

「だ、だから、アルアーソの港に入ってきた、多分、スカヴィア人の船から買ったんですってば。そんな誰も読めない本、せいぜい20ギナにしかなりませんよ」


 サールの剣幕におろおろしながら、店の主人らしい若い男が言った。


「物の価値が分からないとは、恐ろしいことです」


 サールは頭を抱えながら、袖から金貨を一枚出した。


「これで買い取ります。おつりはいりませんよ」

「え、は、はい。どうも……」


 店主は呆然としたようにその金貨を眺めた。店の構えからして、どうやら古道具屋のようだ。


「サール様、何見つけんですか?」

「バルスクの古文書ですよ。正確にはバルスクがルス人と呼ばれていた時代のものです」

「貴重なんですか?」

「当たり前でしょう! 図書館にも所蔵がありません。大変な代物です」

「な、なるほど」


 とにかく、サールにも何かしら収穫があったようで良かった。


「おまえたち、何してるんだ?」


 アレウズがこちらに歩いてくる。

 その背後で、さっきの店主が満面の笑みを浮かべているところを見ると、何かお買い上げになったのだろう。


「いいのあった?」


 私が尋ねると、アレウズは手に持った物を見せてくれた。


「女にやるのだと言ったら、わざわざ紙に包んで寄越した」


 見ると、油紙のようなものに、緑のオリーブの葉のような飾りが付けてある。


「かわいい! せっかくラッピングしてくれたんだから、そのままあげなよ」

「ラッピング?」


 アレウズが首をかしげる。


「そんな可愛い飾りをつけてくれるなんて、あのお店の人、見かけによらずお洒落だね」

「その葉はボブイーヴ祭のものですよ」


 サールが言う。


「ボブイーヴ祭?」

「トルヴァの祭りだ」


 アレウズが言った。


「毎年、子羊月の満月の夜に行われる。トルヴァ人の間で、家畜の成長を祈るために、古来より行われてきた祭りだ」

「祭りや行事って、聖庁が定めるものだけじゃないんですね」


 私が言うと、サールが少し複雑な顔をした。


「聖庁はこの祭りをあくまでもトルヴァのものとしておきたい意向です。しかし、実際のところは民族を問わず、商人は商売繁盛、農民は豊かな実り、戦士は戦場での名誉を祈って行うものとして定着し、もっとも盛大な祭りになってしまっていますけれどね」

「王宮でもボブイーヴを祝うぞ。昼は鷹狩や弓、馬上戦闘の技を競い、日が沈んでからは騎司たちが自慢の羊を屠り、大いに食って飲む」

「ふ、ふーん」


 なんかものすごく豪快そうだ。聖庁のお上品な式典や行事とは、いかにも相いれない感じがする。


「余興はなかなか見ものですよ」


 サールも言う。


「余興もあるの?」


 それは楽しそうだ。

 食いついた私を見て、アレウズが上機嫌でうなずく。


「ああ、通常の宴の余興などとは比べ物にもならん。それぞれの騎司たちが、詩や舞踏を得意とする家臣を出して、技を競うのだからな。従士たちもやるぞ。ヴァクルにコルルを弾かせれば、右に出る者はいないからな」


 コルル? 

 そういえば、ヴァクルの寝床に小さいバンジョーみたいな楽器が置いてあったのを思い出す。

 弾くのかと聞いた時は、面倒そうに「気が向いたらな」とか言っていたけど、そういう才能もあるんだ。彼は本当に非の打ち所の無い騎士様になりそうだ。

 そんな私の様子を見て、アレウズが言った。


「広場に行けば、祭りの飾りが見られる」

「ほんと? 見たい!」

「私はこの本を、厩番の所に置いてきます」


 サールが言った。

 乗ってきた馬は、市場に続く門の側にある、旅人用の厩に預けてある。


「あ、すみません。私が行きます」


 上司に本を持たせたままだったことに気が付き、慌ててそう言うと、サールは首を振った。


「今日のあなたは休暇なんでしょう? 構いませんよ。広場に行っていてください」


 私がちょっとためらうと、サールは、いつもの上司風な物言いで言った。


「殿下から目を離さないように。いいですね」

「はーい」


 私は笑って返事をした。サールなりの気遣いなのだろう。




 街の広場は、アレウズが言っていたとおり、紙で作られた花や、先ほどのラッピングにも付いていた、オリーブのような葉。その他にも様々な紋章が描かれた万国旗のようなもので飾られていた。


「すごい!」


 クリスマスみたい。

 私がきょろきょろと周りを見回していると、アレウズが、広場の向かいを指さした。


「寄りたい場所があるんだが、一緒に来るか?」

「え? うん」


 アレウズが立ち寄ったのは鍛冶屋だった。

 先ほどの市場とは違い、しっかりした木造の建物の煙突からは灰色の煙が上がっている。その下では、男たちが燃え上がる火で鉄をあぶっては、ハンマーでたたいている。


「若じゃありませんか!」


 入り口の近くにいた男が、声を上げた。

 それに気づいた他の男たちも、手を止めてアレウズの周りに集まってくる。


「最近お見掛けしないんで、心配してたんですよ」

「シュルター城の戦には行かれたんで?」


 どうやら、アレウズは以前から御忍びでこの辺りによく来ていたようだ。会話の内容からして、職人さんたちはアレウズのことを、騎司の御曹司とでも思っているらしい。


「ああ。ちょっと遠征に出ていてな。(かしら)はいるか?」

「はいよ」


 若い職人が、奥に向かって声をかける。


「師匠ー! 若ですぜ!」

「これは、これは、どうもお久しぶりで」


 工房の奥から、頭に亜麻布を巻いた、ガタイのいいおじさんが出てきた。髭は白いが、木の切り株みたいに腕が太い。いかつい顔をほころばせて、大歓迎の様子だ。


「そろそろルウサヴォールを、研ぎに来られる頃だと思っていましたよ」

「ああ、それも頼みたいんだが――」


 ルウサヴォール?

 確か聖典にもその言葉が出てきたな、と思っていると、アレウズの言葉が耳に飛び込んできた。


「扱いやすい剣は無いか? こいつに持たせたい」

「え⁉︎」


 驚いてアレウズの方を見ると、頭が目を丸くして私を見ていた。


「こりゃあ、小さい騎士様ですねえ」

「見かけはこうだが、なかなかの戦働きをするぞ」

「ちょ、でん……若!」


 私は慌てて両手を振った。


「剣ならありますから!」

「儀式用の一振りだけだろう。普段から持ち歩ける剣が必要だ」

「でも、普段は使わないし……」

「だめだ」


 アレウズがびしり、といった。


「いやしくも騎士という称号を持つからには、聖庁の者であろうと、枢密院の者であろうと、一流の剣と技を持つべきだ」

「は、はあ」

「また、稽古も付けてやるからな」


 え、あれをまたやるの?

 浮かぶように地面に倒される感覚と、青い空を背景に、私に覆いかぶさるようにして笑うアレウズの顔が脳裏をよぎる。

 いやいや、あれは危険だ。物理的というより精神的に!


 結局、アレウズは少し刀身の反った、細身の日本刀のような剣を私に贈ってくれた。

 腰に下げると、見かけよりもずっと軽い。

 武器を持つのは、あまりいい気分とはいいがたいが、アレウズが選んで、贈ってくれたことが嬉しかった。

 ちなみに、先ほど頭が言っていたルウサヴォールとは、降り注ぐ陽の光を表すトルヴァの古語で、アレウズがいつも使っている長剣に、与えられた名だった。


「私も、この剣に名前つけようかな」


 そう言うと、アレウズが笑った。


「剣の名は、その武功に因むものだぞ」

「別にいいじゃない。どうせ私は、武功なんて立てないし」


 アレウズは私を見おろすとうなずいた。


「よし。俺がつけてやろう」

「え……。ちゃんと可愛いのにしてね」


 なんか、『鬼鉄丸』みたいな名前付けそう……。

 でも、王太子に剣の名前を頂く、というのはかなり名誉なことだと思うし、買ってくれた記念にもなるから、この際それでも我慢しよう。

 アレウズは両腕を組んでしばらく考えていたが、やがて言った。


「やはり、ルイスニーだな」

「え、可愛い!」


 私が思わず大声で言うと、アレウズはにっと笑った。


「光、という意味だ。ルウサヴォールは太陽の光だが、ルイスニーは白く輝く月の光。夜道を照らすものの事を言う。おまえの掲げる剣にぴったりだ」

「……」


 私は思わず立ち止まった。


「どうした?」


 アレウズが振り返る。

 私は、視線を泳がせた。


「あ、あの……、あまり過度な期待は困るんだけど。なんか、聖騎士とかになっちゃったけど、私、本当は何の力もない普通の人間だし」

「俺はそうは思わない」


 アレウズがさらりと言った。


「おまえは普通じゃない」


 ちょ、言い方――。


「おまえは俺にとって、特別な存在だ」


 え?

 一瞬思考が停止する。

 特別って?


「おまえがいなければ、俺はまだ何も見出すことが出来ず、暗闇をひたすらに突っ走っていただろう。おまえが、俺の光なんだ。その剣の名はそういう意味だ」


 アレウズは、「分かったら行くぞ」と言ってまた歩き出した。

 どうしよう。

 顔が火照り出すのを感じる。


 また、不意打ちを食らってしまった……。

 本当にこの天然タラシ殿下は……、なんでそういう恥ずかしいこと、平気で言うかな!

 そう思いながらも、気恥ずかしさと共に胸にこみあげてくるのは、どうしようもない嬉しさだった。




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