72.何故かそこにあるもの
前話のあらすじ
因縁の犬獣人ミツルギとの決着をシュリが付けた。
「正門はシヴァ、裏門はミツルギが指揮してるみたい。この辺りにいるのは元々の守備兵と正門のシヴァの部隊」
拠点となる部屋を確保し、狭い建物内で兵数の不利を抑えたオウガたちは、一部屋一部屋を堅実に制圧していた。
そんな中、頬に付いた返り血を拭いながら指揮官の情報を手に入れてきたシュリの言葉に、オウガは足を止めた。
「ドグマじゃないの?」
「族長ドグマが最後に確認されてるのは、ここ。彼の部屋。シヴァはこっちでミツルギがこの辺」
手製の簡略化された見取り図にシュリが印を付ける。シヴァとドグマは正門にほど近く、裏門のミツルギだけ大きく離れている。地図を覗き込んだオウガは、
「これは……片方に集中するべきかな? でも後ろを取られるのは……」
二分された敵軍に挟まれる形となっている事に、今さらながらに頭を悩ませる。堅牢な建物のおかげで人数差ですぐに押し潰されるという事はないが、攻めに回ると地の利を捨てなければいけない時も来るだろう。
「オウガはこっち。裏門は私に任せて」
そんな悩ましい様子のオウガに、シュリが苦笑して地図を指し示す。
「ここでさらに戦力を別けるの?」
「二小隊だけもらってく。残りはオウガと一緒に行って。進攻はゆっくりとでいいから兎に角目立って欲しい」
シュリの意図するところを察したオウガが、責めるような視線を向ける。彼女は悪戯っぽく微笑みを浮かべた。
「一番の大物は譲るから、こっちは頂戴?」
◇
「オウガ殿! スコルピオが壊れた!」
「後で直すから持てるならそのまま、無理なら砕いて破壊してくれ! 絶対に捨てて行くな!」
「はい!」
「ゴンが負傷したぞ!」
「後ろに下げろ! 穴は俺が埋める!」
城砦内を進むオウガたちは、屍の山を築きながらシヴァのいるはずの指揮所へと向かっていた。
怒鳴り合うようなやりとりは、戦時下で気が立っているだけではなく、少しでも目立つ為の意図的な物でもある。
その後方では、
「大丈夫ッスか! ここに座ってくださいッス!」
負傷した討伐軍の戦士たちを案内するのは、隠れ里出身の獣人娘たち。戦闘訓練を課されてこなかった彼女たちは、オウガとシュリの命令で治療師マリアと共にここに割り振られていた。
簡易救護所ではマリアが治療の奇跡を惜しみ無く活用し、負傷した戦士たちも休息が終わると戦線へと復帰していく。
「ふぅ……」
「マリア、無理はするな」
「大丈夫、レイア。力は抑えて使ってるし、それに……、出し惜しみをしてる場合でもないでしょ?」
血の気の引いた青白い顔に冷や汗を流しながら、それでもマリアは微笑んでみせた。
多少の切り傷程度ならば奇跡の力に頼らない手当てで済ませ、腹を槍で貫かれた重傷者も傷が塞がる程度までに効果を抑える事で消耗を減らし、鎧を血塗れにした戦士たちは気合いで立ち上がっては戦闘へと戻っていく。
対峙する者たちにとっては悪夢だろう、とレイアは他人事のように思う。
勿論どんなに抑えても奇跡の力を消費すれば回復には時間がかかり、いずれは治療は出来なくなる。
マリアの疲労具合から、その終わりが近い事が伝わってくる。そんな頃に――
「指揮所への道、開きました!」
「っ!? よし! 全員、続け! 後ろも遅れるなよ!?」
オウガの指揮の下、獣人の戦士たちが指揮所へと押し入り、マリアたちも、動けない怪我人を背負って救護所を引き払う。
指揮所を拠点に、副将シヴァの首を晒せば戦意は著しく低下するだろうという読みからの策だった。
そしてオウガたちの踏み込んだ指揮所には、イヌ族の兵士たちの中に、他の兵士とは造りの明らかに異なる良質な鉄の鎧を備えた犬獣人の壮年の男が二人いた。
「シヴァはどっちだ!」
「狼獣人か!? 貴様、見覚えがないぞ!」
「お前がシヴァか!?」
二人の内、一人を庇うようにして前に出た男。狼獣人に通じていると見られる言葉から、この男がシヴァだとオウガは判断した。では、そのシヴァが背後に庇った男は一体何者なのか。
「後ろにいるのは、まさか?」
「私の城にずかずかと上がり込み来おったな、愚か者共が!」
大きな身振りでオウガたちを威嚇するかのように振る舞うのは、顔に幾つもの古傷を持つ犬獣人。
「ドグマなのか? なんでここに?」
「シヴァよ、分かっているな?」
「はい。此度の失態、ここで挽回させて頂きます」
戸惑うオウガたちを他所に、ドグマの命令でシヴァが剣を抜く。呼応してイヌ族の兵士たちも武器を構えた。
「っ!? シヴァは俺に任せて他を頼む!」
容赦なく繰り出された剣先を退けたオウガが指示を飛ばし、獣人の戦士たちが部屋に散らばる。
「やるじゃないか! お前が頭か!?」
「そうだよ!」
横薙ぎに切り返したオウガの一閃を受け止めたシヴァが、不敵に嗤った。
少しキリが悪くなってしまいましたが、今年はここまでとさせてください。
皆さま、良いお年を。