71.過去も今
前話のあらすじ
オウガさんたちはあっさりと城壁を突破してドグマの城に突入しました。
「裏門に張り付いた連中は何を?」
「分かりません。門を開けようとしている様子は無いのですが……」
「抉じ開けようとしているわけじゃないのか?」
イヌ族最後の砦であるドグマの城裏門。そちらの防衛を買って出たイヌ族軍副将ミツルギは正門での戦闘を管轄外の事だと動かずにいた。
そんな彼の耳に最初に届いたのは、「西側から敵二十が回り込んでいる」という壁上の警備兵からの伝令だった。東側から回り込んでいたオウガたちは途中で立ち止まって戦闘を始めていた為、そちらからは壁上から伝令に走る兵士が来なかったのだ。
正門で戦いながら寡兵を裏門に回したことを囮による陽動だと判断したミツルギだったが、彼の選んだ作戦は牽制しながらの”様子見”だった。
裏門前に張り付いた敵に対して、上からは弓矢を浴びせ、横からは城壁から縄で降下した兵士たちに襲撃という対処は行ったのだが、弓矢は厚い鉄の盾に阻まれ、近付いた兵士たちは王国製の奇妙な弓によって盾諸共に打ち抜かれて何一つ損害を与えられなかったのだ。
そこで、裏門に張り付いた敵が開門すると同時に反撃を試みようと兵士たちを待機させていたのだが――
「本当に動かないな……?」
ミツルギが常の笑みを顔に張り付けたまま、眉をしかめる。
しかしそれもそのはず、門の向こうにいるハヤテ率いる二小隊の狙いは、正門のアヅマ小隊同様に門を確保してイヌ族の逃走を防ぐ事。
つまりミツルギの相手の出方を待つという作戦は、ハヤテたちにとっては望む所だったのだ。
そして――
「ミツルギ様! 東の城壁から城内に敵が侵入しました! シヴァ様が応援を要請しております!」
「シヴァの旦那も何やってんだか。応援、応援ね……。分かった。援軍を送るとシヴァに伝えてくれ」
「はい!」
伝令兵が走り去ると、ミツルギは腹心の一人を手招きした。
「ミツルギ様、何か?」
「裏門、開けられるか試してくれ」
「シヴァ様に応援を送るんじゃ?」
「ああ。だが、ここから今すぐとは言ってないからな」
「……なるほど。承知しました」
ミツルギと気が合う故に重宝されてきた腹心の男は、意図を察すると含み笑いを浮かべ、兵士たちを連れて裏門へと近付いた。
息を潜めながら門へと忍び寄り、手を触れてあれこれと調査を行う。程なくして、
「ダメですね。簡単には開きそうにありません。時間を頂ければ……」
「いや、むしろ都合がいいかもしれないな」
腹心からの報告に、ミツルギはどこか楽しそうに頷いて見せた。腹心が首を傾げると、
「敵は俺たちをこの城の中に閉じ込めたいんだろう。ならその裏をかいて城外に出て、周りから援軍を呼んで来ようじゃないか」
ミツルギが笑みを深める。
ドグマの城に逃げ込んだイヌ族は南の集落の住民たちだけで、それ以外のイヌ族の集落には未だに兵士も多少は残っている。
それらを掻き集めて援軍とするのは敵の最も嫌がる事だろう、とミツルギは憶測を立てた。だがしかし、それも建前に過ぎず、
「そうやって、もしもドグマもシヴァも死んでいたら、今度は自分が族長で王様だってトコ?」
「誰だっ!?」
背後からの女の声に腹の内をズバリと言い当てられ、笑みを引き攣らせたミツルギが振り返る。
そこには、おおよそ二十の多種族の武装した戦士たち。そしてそれを率いているのは、
「オオカミ族の娘? 見覚えがないな……いや?」
ミツルギが感じたのは、僅かな既視感。生唾を飲み込むような美貌に寒気を及ぼすような鋭利な目。記憶にない。知っていない、はずなのだが。
「貴方なら、味方を捨てて逃げるぐらいの事は平気でする。予想通りの行動」
まるで己の事を知り尽くしているとでも言わんばかりの言動。誰だ。狼獣人。娘。その整った顔だち。
「お前、まさか!?」
「放て!」
「っ!? ちっ!?」
狼獣人の娘――シュリの指示で向けられた見慣れない器械弓が、イヌ族を敗北させた人間の兵器だと察したミツルギが咄嗟に腹心の男を盾にする。
「な!? ミツルギさ――ぐあっ!?」
腹心も辛うじて盾を構えるも、スコルピオの矢は容赦なくその体を貫いていた。間髪を入れず二射三射と続き、裏門を囲むようにして控えていたイヌ族軍は屍の山を晒す。
その中に、ただ一つ動く物があった。突き立った杭のように太い矢の根元からは力無く血が流れ、瞳孔の開いた瞳が虚空を見つめるそれは――既に亡骸。自身に覆いかぶされるそれを退かしたミツルギがヨロヨロと立ち上がるが、左手で押さえる彼の腹からは血が溢れていた。
腹心の男を貫いた矢の一つは、男を盾にした背後のミツルギにまで届いていたのだ。
「っくっく。そうか……たしか、シュリ……、だったか。生きていたんだな」
「おかげさまで。楽しい王国旅行だった」
盾のおかげで威力を削がれた矢は、致命傷には至っていない。しかし、眼前には人間たちの兵器が既にミツルギに向かって構えられている。
追い詰められた彼が浮かべた表情は、常に貼り付けた薄ら笑いとは違う、苦々しくしかめられた顔。しかし、不思議な事にどこか楽しそうでもあった。
冷たく睨み付けるシュリの顔にも、憎悪唯一つではない。結果だけは、彼の手によって王国での数多の出会いがあったとも言えるのだ。
「ということは、もう一人の……オウガ、か。あいつも生きてるのか。族長の息子だっけ? っはは。そりゃハヤテとやらが頭を譲るわけだわな」
さりとて、野望を抱き人間の文化にも通じているこの男を見逃す愚など犯すはずもなく、シュリのスコルピオがミツルギの胸元に向けられた。
「先に逝って待ってるぜ」
カシュンという軽い駆動音を、シュリはしっかりと心に刻み込んだ。




