表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オオカミノ国  作者: 十乃字
四章・始まりの終わり
74/81

70.壁は脆く儚く

 前話のあらすじ

 イヌ族は降伏せずに迎撃準備を始めていた。


「流石に開けなかったね」


 鉄製の巨大な門を前に、オウガが苦笑いを浮かべる。


 降り注いだイヌ族の矢の雨は、翳した鉄の盾が密集陣形によってまるで一枚の巨大な盾のようになり、誰一人倒れることはなかった。


 そして無駄と悟り消費を嫌った、オウガたちが正門に張り付く頃には矢の雨は収まり、戦場とは思えない奇妙な静けさが訪れていた。


 矢の雨が盾を叩いて出していた轟音から解放され、壁上のイヌ族の騒めきはまだ遠く、キンと耳に残った余韻に討伐軍の戦士たちが息を飲む中、ゴンッと重く低い音が響いた。


「こいつを開けてくれれば話は早かったんだけど」


 まるで近所の家に挨拶に来たかのような気安さで、オウガが鉄の門を叩いていた。響く重音は、その巨大な門が獣人領で貴重な鉄を惜しみなく使われた本物であることがよく分かる。


「人間に負けて私たちとの遭遇戦に負けて、彼らは敗戦続き。警戒心が強いのは当然」


 「勿論想定内」と落ち着き払った様子のシュリが討伐軍の面々を見渡す。


「ハヤテは二小隊を連れて左回りに。アヅマの小隊はここに残って正門を確保。残りは全員右から行く」


 


   ◇




「シヴァ様! 敵が二手に……いえ、三つに分かれました!多数が左手に、二十が右手、正門前に少数が残っています!」


「っち。主攻は左手……いや、右手の二十か。 正門の少数は背後を衝かれないための備えか? 少なすぎるが……舐められてるのか?」


「シヴァ様、如何なさいますか!?」


「壁上の守備兵はそのまま、遊撃隊で正門から敵の背後を衝く! 出陣だ!」


 シヴァはそう部下たちに告げると、見張り台から飛び降り正門前へと兵を集結させた。しかし――


「正門が開きません!」


「何だと!? くそっ、奴らが外から押さえてるのか!? だが向こうはほんの数人だ! こじ開けろ!」


 シヴァの指示で兵士たちが門へと群がり、顔を真っ赤にして門を押す。軋みを上げて門は僅かに押し開かれるが、その隙間からは矢先がすいと差し込まれた。


「え?」


 突きつけられた矢の向こう、鋭く細められた目と視線が交差して、思わず漏れたとぼけた声。それがその兵士の最期の言葉になった。


 引き金が引かれ、カシャンというカラクリの音まで聞こえるような至近距離離。風を切った矢は、カンッと甲高い音を立ててイヌ族戦士の鉄兜ごと額を貫いた。


 そして、門の細い隙間から次々に突き出される矢。


「う、うわぁぁぁ!?」


「怯むな! やり返せ!」


「しかしシヴァ様!? あれでは近づけません!」


 門を開けることに集中していたため、無抵抗に倒れていくイヌ族の兵士たち。慌ててシヴァが立て直すが、今度は門に近づくことが困難になっていた。


 外敵を退けるための強固な鉄の門は、今では敵の盾としてその堅牢さを発揮している。


 イヌ族の反撃の弓矢はことごとく門に阻まれ、盾を手ににじり寄る兵士はその盾ごと敵の矢に打ち抜かれて倒れていく。


 それでも時間を掛けて敵の矢でも貫けない遮蔽物を置いて少しずつ近づけば、門の向こうにいる敵は対処出来ずにいずれは門をこじ開けられるはずだ。


 ――時間さえあれば。


「くっ……。俺は城壁の防衛に戻る! お前たちは奴らを見張っていろ!」


 身を翻したシヴァは、城内の階段を駆け上がる。


 致命的な時間の浪費をしてしまった。そうシヴァは感じていた。




   ◇




 正門から城壁に沿って角を曲がり、オウガたちは尚も走る。


 城壁の上からもガシャガシャと慌ただしい金属音が並走し、イヌ族の兵士が追走しているのがわかる。


「止まって! ここから行く」


 外周の中ほどでシュリが手で制止すると、城壁を見上げる。


 壁上では急に立ち止まったオウガたちに慌てた兵士たちが、ドタドタとぶつかり合い罵声が飛び交っているが、それ自体はシュリの狙っていた物ではない。彼女の狙いは――


「構えて」


 討伐軍の戦士たちが壁から距離を取り、スコルピオを壁上に向けて構える。その王国製弩の威力を覚えているのか、下を覗き見ていたイヌ族の兵士たちが怯えたように頭を引っ込めた。


 しかし、スコルピオはその射程距離と威力の低さから攻城兵器として失敗作の烙印を押されている。如何に築城技術の未熟な獣人の作った城壁とはいえ、本来の攻城兵器として効果は勿論、壁上の敵と戦うことも困難だろう。


 そして、彼女の狙いは――


「放って!」


 シュリの鋭い一声で放たれたスコルピオの太い矢は、次々と城壁に突き立っていく。


「……オウガ、お願い」


「うん。大丈夫、任せて」


 固い表情で見つめるシュリにオウガは笑顔で頷くと、斑に突き立ったスコルピオを足場に城壁を身軽に上っていく。壁上の兵士たちが気付いて弓矢を放つも、オウガの持つ王国製の鉄盾には歯が立たなかった。


 だが、壁上にはイヌ族の兵士たちが無数にいる。いくらオウガとて、単身で乗り込んではいずれ力尽きる。そこで、彼らが狙ったのは、窓である。


「オウガ、もう少し右!」


「分かった」


 杭のようなスコルピオの矢を時にぶら下がりながらひょいと跳び回ったオウガは、大きく口を開けている城壁の窓へと身を躍らせる。


 その窓からも兵士が顔を覗かせていたが、スコルピオによる援護射撃を前に思わず頭を隠していた。そして隙だらけのその窓へと、オウガが飛び込む。


「お邪魔しまーすっと」


「え?」


「て、敵っ!?」


 そこは普段は誰かの居室なのか、それほど広くは無い室内に兵士が三人いただけだった。弓こそ持っていたものの、白兵戦など考えてもいなかった彼らは、なすすべもなくオウガに切り伏せられる。


 オウガの後にも身軽な戦士たちが数人続き、部屋を確保した所でオウガは窓から縄を投げ下した。


 続々と登ってくる仲間たちの中に、申し訳なさそうに沈んだ顔のマリアを背負ったシュリが不機嫌そうに混じっていた。


 怪訝に思ったオウガが、マリアを下した彼女に声をかける。


「シュリ、どうかした?」


「挟まれた……」


「へ?」


「頭を……はっ!? な、何でもない」


 オウガに心配されていることに気付くと、シュリは頭を振って意識を切り替え、誤魔化すように視線を巡らせた。


「皆怪我なくここまで来れてよかった」


「そうだね。窓があったのは運が良かった。おかげで突破が楽だったね」


「運……?」


「シュリ?」


「ごめんなさい、何でもない。今は考えても仕方ない事だから」


 何事かを思案するシュリを気にかけながらも、オウガは逸る仲間たちに向き直り、


「それじゃ皆、潜んでいる兵士に気を付けながら、攻めて行こうか!」


 城壁という隔てる物がなくなり、逃げ場の無い戦場で戦況はさらに加速していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ