68.獣人の要塞
前話のあらすじ
オウガたちはイヌ族の領地でドグマの城に辿り着いた。
「予想以上に大きいね」
一つの町がすっぽりと入りそうな巨大な城塞は、事前の情報からの想像を超えており、オウガは驚愕が顔に出ていないか冷や汗を流していた。
「多くの種族が手伝わされたからな。俺は外壁が出来てからだったが、それでも完成まで五年は掛かっていたはずだ」
「あんなに大きな建物、初めて見ます……」
「ただ大きいだけ。アレでは要塞ではなく、ただの岩と変わらない」
レムリア王国と獣人領を隔てるブラード要塞にさえ一見して劣らない威容を誇るドグマの城砦を、しかしてシュリはそう切って捨ててみせた。
「人の苦労の結晶を随分な言い様だな」
「ハヤテが生きてるのがその証拠」
「俺が?」
オオカミ族がイヌ族に下り、奴隷労働者のような環境で普請に関わったハヤテがシュリの辛辣な感想に苦々しく顔をしかめるが、彼女は事実だからと気にも留めてない。
「本物の要塞では、建設に関わった奴隷たちを口封じに殺してしまうのが王国での習わし」
「王国怖いっス!?」
「そんな習わし初耳ですよ!?」
「マリアは世間知らずだから……」
「えっ!? あれ? 嘘!? レイアっ!? そんな話ないよね!?」
「うぅむ。一応だが、ブラード要塞程の物になると秘密の抜け穴などを担当した奴隷が処分されたと伝えられているが……」
冗談でも嘘を吐かない護衛騎士の言葉にマリアが口元を抑えると、「やっぱり王国怖い!」と獣人娘たちが怯えると、その背を優しく叩いたシュリが「だから」と続けた。
「大勢を関わらせた挙句、こうやって内情が筒抜けのあれを、私は要塞とは呼べない。精々が岩の家」
シュリが取り出してヒラヒラと煽るのは、ハヤテたちの情報を元に描き出されたドグマ要塞の見取り図だった。
多くの証言から高精度で描き出されたその図からは、ドグマ要塞には隠し通路や隠し部屋などの本来要塞にはあるべき仕掛けが何一つなされていないという事が読み取れる。
これを描き上げたシュリは首を傾げていた。一つは先ほども上げていた情報管理の甘さ。そしてもう一つは――
「でも、ただの岩と言われてもアレに攻め入ろうって気にはなれないね。獣人領の人は特にそうなんじゃない?」
遮る物の無い平原にただ一つ存在する建造物は、距離感を見誤れば一見して小さいのではと錯覚してしまうかもしれない。
しかし、門や窓、見張り台などから正しく推測すれば、それが十分に要塞と呼べる大きさであることに気が付ける。そのような巨大建造物は、獣人領には存在しなかった。
シュリの二つ目の疑念は、獣人領には築城技術が無い事だ。元々人間に比べて技術の継承を疎かにする獣人の特性に加えて、先のブラード要塞攻城戦のように巨大な城塞でもなければ獣人の侵入を阻むことが困難な為、誰も重要視してこなかった技術なのだ。
ハヤテたちの話によれば、普請の陣頭指揮はドグマ本人が執っていたというのだが、イヌ族族長ドグマの部下には王国と積極的に関わりオウガたちを奴隷商人に売りつけたミツルギなど王国で建築技術を仕入れてくる可能性もあるだろう。しかし、
「それにしては、あまりにも稚拙すぎる……」
「シュリ? どうかしたのか?」
「いえ……。ただ、見た目ほど恐ろしい要塞ではないと思う。むしろ隙だらけかも」
「そう?」
「この見取り図通りにブラード要塞と同規模の大きさだと、常備兵は五千。そうよねレイア?」
「ああ。確かにブラードには五千の軍が常設されていたが、あれは交代で訓練などもしていたからな。戦時下と考えると……」
「それでも三千は必要。イヌ族は徴兵をしたとしても二千。あの”要塞”は獣人領には不適切」
嘲笑を浮かべた狼娘に、皆が思わず一歩後ずさると、シュリは慌ててこほんと咳払いでとりなし、
「周囲に援軍の可能性もないし、距離を保って兵糧攻めにすれば安全に勝てるのだけれど、予定通り正面から攻める。オウガ、いい?」
「うん。それが、一番人が死なないのなら――」
オウガが皆の顔を見渡す。犬獣人などの主要な獣人。兎獣人や鳥獣人という希少獣人。そして、人間。
多種多様な仲間たちは、オウガに未来の可能性を感じさせていた。覚悟は固まっていた。
「イヌ族族長ドグマを討ち、獣人領を統一する! 行くぞ!」