67.そこは敵地にて
前話のあらすじ
イヌ族討伐に向けて討伐軍が出発した。
ツザからイヌ族の領地を目指して北上すること半月。緑を残していた木々は減り、朝晩に息が白く濁るのを面白がる事に飽きて忌ま忌ましく感じる頃になると、討伐軍の戦士たちも徐々にピリピリとした緊張感を煽られていた。
それでも未だにピンと張り詰めた空気とまでは至っていない。その理由は、道中に戦闘が行われていない事に加えて――
「皆でお見合いでもしてるみたいだね」
朝日に照らし出された野営地の中、討伐軍の戦士たちの天幕の様子を眺めていたオウガが、ポツリと漏らした。
「そういう狙いもある」
悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべたのは、シュリだ。
彼らの視界の先では、獣人の男女たちが和気あいあいと天幕を片付けていた。そこにはこれから戦場へと向かう緊張感など欠片も漂っていない。
イヌ族による獣人領土統一紛争から始まった長い戦いは、各種族の男たちを大きく減らし、この討伐軍も半数は獣人の女たちだ。
出征当初は小隊毎に男女が分かたれていたのだが、北上して寒気が強くなると、貴重な燃料を削減するために野営の天幕を半数へと減らして男女混合にしてしまったのだ。
鬼教官による厳しい規律によって、衆人の目がある天幕の中でこそ男女の距離は適度に保たれているが、日中行軍兼狩猟中にそれとなく姿を隠す者たちがちらほらと表れている。しかし、当の鬼教官は「これも予測の範疇」と見張り番などの軽い刑罰を与えて許してしまっている。
「決戦まで一月も無いから、例え子供が出来るようなことをしても大丈夫。……オウガも、いいよ?」
悪戯っぽく微笑んだ鬼教官が小首を傾げて顔を覗き込もうとするのを、頬を赤らめたオウガは視線を逸らして聞こえなかったふりをするのだった。
◇
どこか行楽のような緩んだ空気も、着実に近づくイヌ族の気配に弛み続けるということはない。
その日、オウガたちは野営ではなく、無人の集落の家屋を一晩借りる事にした。
「何だか不気味ですね……」
鳥獣人のハルが、無人の村であることで寒さが増したとばかりにブルリと震えた。
打ち捨てられた集落など道中にいくつも見てきたのだが、この集落はそれらとは一つだけ違いがあった。
「この辺りには私たちしかいませんから、ハルも安心してください」
「住んでいた人たちの痕跡が残っているからね。いるはずの誰かがいないっていうのは確かに変に感じるかも」
怯えるハルに頼まれる度にウサ耳をピクピクと澄まさせていた兎獣人のユキが、苦笑しながら自身のウサ耳を指し示して彼女を宥めた。
オウガはそんな二人を横目に微笑ましく思いながら、村の遺留物を検分する。
無人の集落には、衣類や食料、薪など様々な物が使える状態で残されていた。
これは行軍中に幾度も見かけた、イヌ族との争いに敗れた弱小種族の村落跡地の廃墟には見られなかった物だ。
ネコ族やキツネ族のように移住を強要されたか、滅ぼされたのか。どちらにしても遺留物などほとんど残されていなかった。それが示していることは――
「ここはイヌ族の村で、住民は皆逃げ出した?」
「その可能性が高い」
オウガの推測に、シュリがよく出来ましたと笑みを浮かべる。
「ということは、もうすぐなんスね……」
「向こうにもバレてるみたいだな」
「シュリちゃん、それも予定通りなの?」
幼馴染の狼獣人アヤリの疑問に、シュリは首肯して答える。
「中途半端に逃げられて長引かないように、最大戦力を叩き潰して終わらせる」
イヌ族から離反した狼獣人ハヤテたちからの報告によって、イヌ族の残存戦力は千人を超えるとシュリが予測を立てている。
対する討伐軍は百余人で、その戦力差は明らかで、可能であれば各個撃破を狙うべきであるはずだった。
しかし、シュリは隠れず真っ直ぐに進軍することを提言した。
戦後、イヌ族の生き残りが「もしも卑劣な不意打ちを受けなければ」という可能性を抱くことを潰し、敗北を受け入れる他に無い状況を作り上げて勝つのだ、というシュリの覚悟の表れであった。
苦戦は必至、被害は増す。それでも後の禍根を断つという彼女の思いを、オウガたちは共に背負うと決めたのだった。
そして――
「あれがイヌ族の――ドグマの城か」
決戦の時は迫っていた。
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