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オオカミノ国  作者: 十乃字
四章・始まりの終わり
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64.戦いに向けて

 前話のあらすじ

 オオカミ族の生き残りの皆さんがツザへ逃げてきました。


「んーと、これは蹄跡、かな?」


 ガサガサと降り積もった落ち葉を掻き分けて獲物の痕跡を探る、狩人の真似事をするのは狼獣人オウガ。


「オウガ、こっちに続いてる」


「全然分からないよー……。お兄ちゃんもお姉ちゃんもやっぱりすごい……」


 自信が無さそうなオウガに代わり、目敏く獲物の足跡を見分けたのは、狼獣人のシュリだ。その横には、目頭に皺を寄せてシュリの指差す所をじっと見つめる猫獣人の少女ミライの姿もある。


 さらには治療師マリアと護衛騎士レイア、隠れ里出身の犬獣人リナと兎獣人ユキ、鳥獣人ハルの三人娘が興味深そうに狩人に育てられた二人の手慣れた様子に見入っている。


 彼らがいるのは、混在都市ツザから西に幾日も歩いた山の中。その様な場所で何故狩りをしているのかといえば、話は少し遡る。




「行軍訓練がしたい」


「訓練?」


 オオカミ族をツザに受け入れてしばらく。住居や当面の仕事などが用意されてようやく町が落ち着いてきた頃、町役場の事務室でシュリが突然提案した。


「ん。イヌ族が攻めて来るのを返り討ちにしても、どうせまた逃げる。だから、春になったらこちらから攻めたい。そのためにも、連れていく戦士の選抜と訓練が必要」


 そう言ってシュリが取り出したのは、獣人の戦士たちの名前が載った一覧や活動予定表の束だった。


「ふんふん。……まずはオオカミ族からも希望者を全員自警団に入れて……? あれ、自警団の行軍訓練はアマネが担当って書いてあるけど?」


「うむ。シュリ殿に頼まれてな。しっかりと役目を果たして来よう」


「ああ、頑張ってね、アマネ。 でも、シュリは?」


「行軍訓練とは別に、食糧確保のために狩猟を重点的に仕込む訓練をしたい。私たちはそっち」


「私たち?」


「私とオウガ。――というわけで、オウガと一緒に狩りに行きたい人。オウガに集まれー」


「えっ!? ちょっ!? わぶ!?」


 悪戯っぽい微笑みを浮かべると、珍しく冗談めかした口調でシュリが拳を緩く突き上げると、黙って成り行きを見守っていた獣人娘たちやマリアがどっとオウガに駆け寄り、きゃーきゃーと押し合いが始まった。




 その中に勢いで混じってしまった狐娘と「先っぽ! 先っぽを触っただけだから!」と言い訳がましく喚きたてた変態事務員は、後で二人仲良く叱りつけられてしまうのだが。




   ◇




「シュリさん、大分近づいて来ていますけど……?」


「うん。私にも聞こえてきた。そろそろ迎えに行く」


「迎え……?」


 一同が獲物探しに躍起になる中、ピクピクと忙しなくウサ耳をひくつかせていたユキがシュリにこっそりと尋ねると、頷いたシュリが皆に声をかけた。


「客が来るから山を降りる」


 言葉少なな説明に皆が首を傾げるが、シュリの促すままに山を後にする。


 裾野の開けた場所まで降りてくると、


「あれ、この音は……?」


「何か聞こえるんですか?」


「むぅ。分からん……」


「もうすぐ見えてくると思うよ。ほら、あれ」


 獣耳を持つ獣人たちが耳をひくつかせて何かを聞き取るのを、羨ましそうに見つめるマリアとレイアにオウガは苦笑して、日の傾きつつある西を指し示す。


 遥か遠くから、土煙を上げてオウガたちのいる東へと向かっているのは――


「王国の騎馬隊?」


 十騎程の小規模とはいえ、獣人領では見ることがないだろうと思っていた予想外の光景に、マリアとレイアは目を丸くして立ち尽くしていた。


「ごめんなさい、シュリさんに口止めされてまして」


 いち早くその存在を感じとっていたユキがしゅんと頭を下げると、当のシュリはニヤリと意地の悪い微笑みを浮かべ、


「狩りの時間は狩りに集中して欲しかった」


「狩りの……? 今は何の時間?」


「交流」


 「もしくは交渉」と口の中で独り言を飲み込んだシュリは、笑みを深くした。




   ◇




「こんばんは。お邪魔してもいいかな?」


「ラウル!?」


 野営地を作り、今日の獲物を処理して夕食の準備を進めていたオウガたちの下へ、王国の騎兵部隊が到着する。それを率いていたのは、かつてマリアの護衛としてオウガたちと共に旅をした王国騎士ラウルだった。


「ラウルさん、どうしてこちらに?」


「ああ、それがだね――」


「やあ! 奇遇だね! ボクたちは中立地域と呼ばれるこの辺りを視察に来たのだよ」


 当然の疑問に首を傾げるオウガたちに、ラウルの前に身を乗り出して答えたのは王国騎士クリス。


「クリスさん? え? あれ? クリスさんは要塞都市の司令官だったはずでは?」


 そんな重要人物が十に満たない護衛と共に獣人領へと乗り込んできたのか? と疑問を隠さないマリアに、


「ああ、ボクはその任を解かれたんだ。今は正式な司令官が別にいるよ」


 と中性的な王国騎士は楽しそうに答えた。


「立ち話も程々にして、こちらにどうぞ。偶然、夕食をたくさん用意してあるので、そちらの兵士たちも」


 シュリが焚き火を囲む簡易な宴席へと王国騎兵たちを誘う。


「へぇ、偶然?」


「ええ、偶然」


 パチパチと爆ぜる焚き火の音に混じり、不敵に微笑む二人の間に火花が散った気がして、オウガが一人ブルリと震えた。




「皆元気そうでよかった。ところでそちらの獣人のお嬢さん方は?」


「ああ、彼女たちは――」


 ラウルが水を向けた隠れ里出身の獣人娘たちを、オウガが紹介する。


 犬獣人は王国で数が最も多い獣人なので、リナの紹介はあっさりと終わり、兎獣人であるユキには「最後の生き残りか!?」とざわめきが生まれ、鳥獣人であるハルが外套の下から白い翼を大きく広げると、王国騎兵全員が口をポカンと開けて放心してしまった。


「実在したんだ……」


 流石に驚きを隠せなかったクリスに、シュリがふふんと妙に自慢げに鼻を鳴らす。それに気づき、クリスが顔をシカメルとまたパチパチと火花が散る。


「ハルちゃんだっけ? 良かったら人間の国を見に来ないかい?」


「ええ!? あ、あの……人間さんの国はちょっと怖いので……ごめんなさい」


「ぷっクスクス」


「ぐっ!? ……ちょっとラウル!? この子さっきから失礼だよ!?」


「うん? そんな娘ではなかったはずなんだけど」


「シュリ、どうしたの?」


「ごめんなさい、この人かなり出来るなって思ったら、つい」


「うーん……。仲良く出来ない?」


「努力する。とりあえず向こうでちょっと親睦を深めてくる」


 オウガに諭されたシュリが席を立ち上がり、夕闇に沈みつつある野営地の外れへとクリスを手招きした。クリスは目を細め、軽く頷くとそれに従って席を離れた。


「二人にして大丈夫か?」


「多分、クリスさんのことを好敵手として認めたんじゃないかな、とは思うんだけど」


「厄介な性格だな」


 オウガの推測に、二人を心配そうに見送ったラウルも苦笑して肩をすくめ、緊張を解いた。




 宴席から離れ、暗がりに移動したところで、


「アレがあなたのイヌ?」


 シュリがポツリと呟いた。


 ピクリと反応してしまったクリスが焚き火の方に目をやると、食事に手を付けずに見張り番をしている王国騎兵が一人、クリスとシュリを兜越しに目で追っていた。


 それは、任務中だからと頑なに兜を取らない変わった兵士だった。


「な、なんでそう思うの?」


「狩りをしている時から、真っ直ぐ私たちのいる方向へ来ていたから。誰か良い耳を持ってるんだろうなって」


 「犬獣人かどうかは当てずっぽうだけれど」という一言は、わざわざ声には出さなかった。


「へぇ……。次からは迷ったふりをさせるかな」


「それがいい。あと、ツザにいるネコだけれど、気付いているから重要情報が盗めなくても叱っちゃダメ」


「っ!? 会いに来てくれとばかりに重要人物ばかりが西に来ると思ったら、こっちの手はバレバレだったのかい?」


 「ようやく忍び込ませた情報源なのになぁ……」とクリスが残念そうにぼやく。


「連絡役として残しておく事にした」


「ありがたいね。それで、ボクたちを呼び出してどうしたいんだい?」


「春にイヌ族討伐を開始する。その間、こちらに攻めてこないで欲しい」


「へぇ。本当にやる気なんだ。でも、こっちがそんな約束を守る義理はあるのかな?」


「もしも私たちの帰る場所がなくなっていたら……これが人間たちの頭を吹き飛ばすかもしれない」


 とぼけた調子のクリスに、シュリは微笑んで外套の下から携帯型攻城兵器スコルピオをちらつかせた。


「おっかないね。……分かったよ。スコルピオ獣人部隊なんて面白い物を見せてもらったお礼に、少しだけ頑張るとしよう」


 「司令官がね」とおどけた様子で肩をすくめる。


「緊急の事とはいえ、休戦協定に期間を明記していなかったね。何か言われたらあれで誤魔化すよ」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 明るい宴席から向けられるハラハラと心配する視線を察してか、二人は分かりやすくがっちりと握手を交わしてにこやかに微笑んでみせた。




 固く握りあった手はプルプルと震え、青筋が浮かんでいたが。



 いつも応援ありがとうございます。


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