61.鞘が激しく当てられて
前話のあらすじ
またオウガの周りに女が増えた。
「オウガ殿、今は何をしているんだ?」
「居住者を地区事にまとめてるんだ。王国で始まったばかりのやり方らしいけど……ってアマネ? もう少し離れてくれないか?」
「離れたらよく見えないだろう?」
オウガの背後から肩越しに書類を覗き込むのは、体調が回復して早速嫁入りを申し込んできた狐獣人の娘アマネだ。
さしものオウガも「はいそうですか」と頷くことはせず、まずは互いを知るべきと事務室への出入りを許可したのだ。
肝心の事務仕事は、上機嫌に揺れるアマネの尻尾をギラギラとした瞳で見つめるナターシャがその多くをこなしており、簡単な仕事だけを回されるオウガもアマネの相手をする時間ができている。
「それなら仕事を手伝ってくれてもいいんだけど」
「私は文字が読めないから。よかったら教えてくれるといいのだがな?」
とはいえ、出遅れた不利を覆すべく積極的なアマネにオウガは押される他に無く、事ある毎にそれを目撃してしまう先達は冷静ではいられない。
「あまりオウガの邪魔をしないで」
日課の治療師の修行を終えたシュリは室内に入ると、オウガにベッタリと引っ付いていたアマネに眉をひくつかせると、べりっと容赦なく引っぺがした。
「お疲れさま、シュリ」
「おお、シュリ殿。お疲れさま。しかしな、私は文字が読めない故、せっかくだからオウガ殿に手取り足取り教えてもらおうかとな」
「それなら私たち……ナターシャ以外が教えるから、仕事の邪魔はしないで。暇なら、自警団の訓練に付き合って」
キラリと光った猛獣のような視線に気付いたか、シュリが釘を刺してアマネを外へと誘う。
「むぅ。見識を広げるのも長に侍る者の務めか。付き合おう」
「オウガはまだ長じゃない」
オウガとの距離を縮めるという目的は未達成ながら体を動かすことは楽しみなのか、楽し気にアマネもシュリに続く。
「行ってらっしゃい」
「励んでらっしゃい。時にオウガくん、折角だから君の計算能力を鍛えるというのは――」
その隙に、とオウガにじり寄ろうとしたナターシャの前に、ドサドサと紙の束が積まれた。
「これ、シュリお姉ちゃんが追加だって。ちゃんとやらないとクビって言ってたよ?」
「ハハハ……はい、やります」
事情を知らず無邪気に微笑む猫獣人の少女ミライに、ナターシャは乾いた笑いを浮かべる他になかった。
彼女の手はネコ娘の耳と尻尾を無意識に撫でていたが。
◇
「中々やるじゃないか」
「そっちこそ……」
市街地拡張予定の町外れ。大きな空き地となっているそこで、荒い呼吸で肩で息をする獣人娘二人と、地面に野晒しとなっている自警団員の面々たち。
事務仕事はからっきしだったが、戦うことには自信の溢れるアマネの実力を確かめようと始めた模擬戦闘では、獣人の男たちが次々と叩き伏せられていった。
手の空いている団員同士での組み合わせもあり、アマネ以外に立つ者がいなくなるのは早く、彼女の顔も涼しいものだった。
それならばとシュリ自ら挑んだ組み手だったが、レムリア王国で養父アランの下で修業したシュリの洗練された体捌きに対して、アマネも獣人らしい大味な動きながら俊敏に反応し喰らい付いていた。
「あは、すごいね。長の娘としてこれでも腕っ節には自信があったんだけどな」
「私も……オウガ以外で一番強いと己惚れてたのがよく分かった」
拳を交えて通じ合ったのか、二人はがっしりと固く握手を交わす。互いに不敵な微笑みを浮かべているが、どこかスッキリとしていた。
読み書きや家事などの協力の話を手短に済ませると、
「さて、十分に休めただろうし……、次の訓練に移る」
「自警団としてはちょっと不甲斐ない出来だったな」
矛先が向き、息を潜めて寝そべっていた自警団員たちがギクリと震える。恐る恐る向けられたし視線の先では、麗しい獣人の娘が二人、不敵に笑っているのだった。
「鬼が増えた」
一人の自警団員の呟きは、幸いにも仲間の悲鳴に掻き消されて鬼のような二人には聞こえなかった。
◇
「オウガ、ちょっと顔貸してくれ」
仕事を終え、町役場を後にしたオウガが自警団の犬獣人シロウに声をかけられたのは、その日の夕方だった。他にも数人の自警団員が付き従い、彼らはいつも以上にボロボロに汚れていた。
訝しみながらも素直に頷いたオウガが連れられたのは、ツザの町唯一の酒場だった。
「それで、どうしたの?」
上司ということで安酒を全員分奢らされたオウガは、それでも嫌な顔一つ見せず団員たちと顔を突き合わせる。
「お前の嫁さんの事なんだが」
団員たちが視線で譲り合う中、口を開いたのは元自警団長として兄貴分のシロウだった。
「嫁さん?」
「シュリのことだ」
「シュリは奥さんじゃないよ?」
「何だって!?」
机を囲む自警団員だけでなく、珍しい有名人の来店に聞き耳を立てていた周りの客たちまでも思わず身を乗り出した。町民の多くが、オウガとシュリは既に夫婦なのだと思っていたのだ。
「い、一緒に住んでるよな?」
「うん。ミライも一緒にね」
「ちびっ子の事はどうでもいい! 十年近く一緒に住んでて何にもないのか!?」
「何も……?」
首を傾げるオウガに、シロウはあれやこれやと男女で起こりえる事を次々に質問する。
「――とか、何かあるだろ!?」
「…………時々、ね。シュリやマリアを綺麗だなって思ったり、胸がドキドキしたりすることはあるけど」
気恥ずかしそうに頬を掻いたオウガの様子に、周囲の客たちも何故か思わず胸を撫で下ろして安堵の息を吐いていた。
「なあオウガ。お前はシュリとどうなっていきたいと思ってるんだ?」
満更でもなさそうなオウガの表情に、シロウが一歩踏み込んで尋ねる。
「そうだな……守りたい、かな」
「守りたい? 何からだ?」
「強者の理不尽、とかかな」
「お前はもう十分強いと思うが……」
漠然としたオウガの返答に、シロウだけでなく一同が呆れる。オウガは苦笑して首を横に振り、
「まだまだだよ。グリフォンと戦った時は、ラウルが来てくれなければやられていたと思う」
「アレに一人で勝てるくらい強くなりたいってか。オウガ、お前は何でそんなに強さを求めているんだ?」
「…………昔、俺たちは弱くて、無力で。強い奴らに弄ばれていたんだ」
普段飲まない酒が口を軽くしたのか、イヌ族、人間の奴隷商、グリフォンと力に振り回された幼少期をオウガが口にすると、酒場には悲鳴にも似たどよめきが生まれた。
「――だから俺は、シュリやミライ、大切な皆が自分の意思で生きていけるように守れる強さが欲しいんだよ」
語り終わったオウガはグラスをぐいと呷ると、残っていた安酒を一息で喉に流し込み席を立った。
「それじゃあ、シュリたちが心配するからもう帰るよ。あ、シロウ。明日は頑張ってね」
「…………っ!? 待ってくれ!? お前を呼んだのは俺じゃなくて自警団だ!」
「シロウてめぇこのやろう!?」
恐らくオウガの遅い帰宅に不機嫌になるであろうシュリの八つ当たりの矛先を巡って醜い争いを始めた自警団員たちを尻目に、肩を竦めたオウガは店を後にした。
「男女の仲ってより家族って感じか」
自警団員たちが複雑に絡み合って山となった一番下で、シロウがポツリと漏らした。
「オウガ?」
「ああ。アイツが一歩踏み込むには、何かきっかけが必要だな」
「ほーう。流石経験豊富なシロウ先輩だこと。で、お前はいつ結婚できるの?」
「言ってはならんことを!?」
主役が去った後も賑やかな酒宴は夜遅くまで続き、翌日微笑みを湛えたシュリによって自警団員たちは地獄を見るのだった。
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お知らせ。次々回の更新時にタイトルを「オオカミノ国」に変更したいと思います。
個人的に、「オオカミノ国(旧題・復讐のオオカミ)」という長々としたタイトルは見にくいと思うので、旧題は付けないつもりでいます。
困惑させてしまうかもしれませんが、ご勘弁を。




