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オオカミノ国  作者: 十乃字
四章・始まりの終わり
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58.続く傍迷惑な助っ人

 前話のあらすじ

 騒動の下に獣人狂の変態がいた。


「お前はこんな所で何をしてるんだ!?」


 石造りの堅固な室内に女騎士レイアの鍛えられた腹の底からの怒声が響く。


 怒鳴られた本人は、用意された椅子にちょこんと腰掛け、きょとんと首を傾げている。


 いつまでも店に迷惑を掛けていられないと、場所を宿屋から町中央の建物へと場所を移し、騒ぎを起こしていた女騎士ナターシャの取り調べが行われていた。この建物は以前は自警団の詰め所とされていた石造りの建物で、ツザの町では一番防音効果が高い場所である。


「ナターシャ! お前だお前!」


「え? 私は不足していたモフモフを補充してた所だよ? それなのに、オウガくんったらこんな所にお姉さんを連れ込んで……、一体どうするつもり?」


「ただの取り調べです……」


 ナターシャが楽しそうにオウガの顔を覗き込む。レイアと同じ年齢のはずだが、童顔で体格もレイアより細身であり、騎士鎧をドレスにでも着替えればどこのお嬢様かと見紛うような華奢な容姿をしている。


 彼女の王国での逸話の数々を知っているオウガたちは、その意外な女性らしい見た目に戸惑いを隠せずにいた。言動そのものは噂の通りの人物だと呆れているが。


 移送中も、一応女性だからとレイアが拘束を変わろうと近づくと駄々を捏ねる子供のように抵抗し、何故かオウガと同じ狼獣人のシュリが近づいても同様に抵抗を試み、オウガに担がれた時だけは大人しく彼の尻尾を堪能していたのだった。


 今もさり気なくオウガの尻尾へと伸ばされたナターシャの手を、引き攣った笑みでシュリが掴み取っていた。


 ウフフフフと不気味な笑い声が室内に静かに響き渡る。


「はあ……。ナターシャ、お前騎士の仕事はどうしたんだ?」


「そうだ、聞いてくれよレイア! 獣人が王国に戦争を仕掛けてきたとかで、私が赴任していた町の獣人奴隷たちが内通の恐れありと全員処刑されそうになっていたんだ! ヒドイと思わないか!?」


「確かにイヌ族と無関係の獣人たちに罪の捏造をしているのはヒドイとは思うが……、どうせお前は素直にその処刑を執行させたりしなかったんだろう?」


「当然だね。集められていた獣人奴隷たちを町から連れ出して、獣人領へと向かう道すがら同様の獣人たちを解放しながらの旅だったよ。いやあ、素晴らしい日々だった」


 遠くを見つめたナターシャが手をワキワキと握らせた。何を掴んでいたのか、取り調べに参加していた獣人たちが想像にブルリと身を震わせる。


「それでどうして、この町の宿屋でその……、モフモフ? を補充しているんだ? その一緒に逃げてきた獣人たちは?」


「うむ。それがだね、東へ東へと逃げて王国の国境を越えたのは良いものの、そこから獣人領へ入ってしまうと人間なんて見たこともない獣人たちの住む地域で、私の身が危ないから南の混在地域へと行った方がいい、と彼らに追い払われてしまってね。仕方なく南下してみれば、戦争は終わってるしグリフォンを倒した獣人の住む町なんて物まであるじゃないか。これは行くしかないだろう?」


 心底楽しそうなナターシャの様子に、レイアが頭を抱える。


「とんだ大冒険だな……。お前がこの町に来た事情は分かった。しかし何故、やたらとオウガの尻尾を狙う? 別にシュリや他の獣人の尻尾でもいいだろう?」


 レイアの問いに、ナターシャの目がキラリと光る。


「ふふ、確かに彼女たちの尻尾も毛並みも色艶も良くとても魅力的ではある……だが! 彼の尻尾はまるで少年獣人の尻尾のような柔らかさに青年獣人のしなやかさを備えた不可思議な尻尾だ! オウガくん! 私は君の尻尾に興味津々だぞ!」


 皆の視線が集まるのを感じたオウガが、自然とゆらゆらと揺らしていた尻尾を背後に隠す。


 この場にいるナターシャを除いた全員が、その尻尾と獣耳が一月前に生えてきた特殊なものである事情を知っているが、この獣人狂は数多の尻尾を触った経験かはたまたただの直感か、オウガの尻尾から違和感を感じ取ったようだ。


「俺の尻尾に秘密があるのは認めるけれど……気軽に触っていいもんでもないよ」


 熱く注がれる視線に、オウガは戸惑いながらも拒絶の意思を示す。


 その後ろで取り調べに同席していたマリアが、


「ね、ねぇシュリさん……。もしかして、尻尾を触るというのはとても失礼なことなんでしょうか?」


「…………ほとんどお尻だから。家族の毛繕い以外ではよっぽど親しくないと触らせない。恋人とか」


「ご、ごめんなさい! 私そんなつもりじゃ……」


 「人間には尻尾がないからしょうがない」と苦笑したシュリが、マリアの頭を優しくぽんっと叩く。


「オウガさんも、すいません……。斯くなる上は、私が責任を取って――いひゃいいひゃい、ヒュリひゃん、いひゃいです」


 拳を握りしめ、何がしかの覚悟の言葉を口にしようとしたマリアの頬を、笑顔のシュリがぐにっと引っ張る。そのまま耳元へ口を寄せると、「調子に乗るな」などと小声で罵り合いを始める。


 何をやっているんだか、と背後の諍いにオウガが苦笑すると、目が合ったナターシャがニヤリと微笑みを浮かべた。


「そうだな。私も責任を取らないといけないね?」


「いえ、結構です」


「まあそういうな。人手が足りてないんだろう?」


「男ばかりの警備隊に、女性を入れるわけにはいけませんし」


 シュリの鍛えた元自警団員や隠れ里の男たち、イヌ族の下で戦っていた戦士たちで構成された警備隊は、現在は男ばかりだ。いずれは女性もまとめて入隊する予定ではあるのだが、その最初の一人が余所者の人間というのは問題がある。


 だがオウガの言葉にナターシャは首を振ると、


「いやいや、実は私は荒事はからっきしでね。事務の方が得意なんだ」


「え?」


 オウガが「本当か?」と同僚であったレイアに視線を向けると、顔を苦々しく歪めたレイアが小さく頷いた。


「こいつは騎士学校時代から実技赤点筆記満点の極端な奴だったよ。何度も文官にと引き抜きの声がかかっていたけど……」


「王国の文官じゃ獣人と触れ合える時間が減ってしまうではないか。幸い、この町でならそんな心配は要らないからな。私はいくらでも働くぞ」


 「さぁ、どうする?」と手をワキワキとさせる悪魔の質問に、今もなお増え続けている山積みの書類を思い出したオウガたちは、頷く他になかった。



いつも応援ありがとうございます。


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