55.知っている天井
前話のあらすじ
重傷を負ったオウガを、マリアとシュリが治療した。
「……っ、ん……ここ、は……?」
窓から差し込む日の光の眩しさに目を覚ましたオウガは、見慣れない、しかしどこか見覚えのある部屋のベッドに寝かされていた。
「あ!? オウガお兄ちゃん、気が付いたの!?」
傍の椅子に腰掛けていたのは、猫獣人のミライ。机の上に布巾や水差しなどが置かれており、オウガの看護をしていたようだ。
「ミライ、か。ここは? 他の皆は……っ!?」
身を起こそうとしたオウガは、ミシミシと身体が軋むような痛みに呻き声を上げ、ベッドに身を戻す。
「あ、動いちゃダメ! オウガお兄ちゃんはヒドイ怪我をして何日も眠っているから、目が覚めたらゆっくり身体を慣らすリハビリってのをしないとダメだってマリアお姉ちゃんが言ってたよ!」
「マリアが……? ここはどこなんだ?」
「ここはツザの町で、今お兄ちゃんが寝てるのは前に泊まったお部屋だよ。マリアお姉ちゃんが王国からこっちに来てくれてるの。皆を呼んでくるから、安静にしててね?」
「ツザ、皆……、そうだ! シュリ! シュリはどうなった!?」
幾つかの疑問が氷解しながらも、最も大事なことを失念していたオウガは、痛みも忘れて身を起こした。
「シュリお姉ちゃんもお兄ちゃんが守ってくれたから無事だよ。すぐに呼んでくるから、お願いだから大人しく待ってて?」
「そうか。シュリは無事か……。ははは、痛てっ……」
ミライが部屋を飛び出た後、一人満足そうに笑ったオウガは、今更身体の痛みに苦しみ、程なくして部屋に顔を出したマリアたちは、脂汗流して笑顔を浮かべようとするオウガに呆れるのだった。
「……ふぅ。痛みはどうですか?」
「すごい、痛みが無くなった!? ありがとうマリアッ! って痛い!? 何で!?」
マリアがかざした手から暖かな光と共に痛みが引くのを感じたオウガは、勢い良くベッドから飛び起きようとした直後にビキッと引き攣る様な痛みに顔を歪める。
「ごめんなさい。実は、固まってしまった筋肉を元に戻すよりも、それを解す時の痛みを取る方が治癒の奇跡による消耗を抑えられるらしくて……。教会ではこのやり方が推奨されているんです」
「そ、そうなんだ……」
またしてもマリアに痛みを取ってもらったオウガは、無駄に消耗させてしまった申し訳なさに肩を落とす。そんな彼を励ます意味も込めてか、一際陽気にマリアが説明を続ける。
「リハビリはのんびりさんコースとせっかちさんコースとありますけど、オウガさんどうなさいますか?」
「えーと、どっちが、何……?」
「のんびりさんは何日も時間を掛けてゆっくりと治療するんです。せっかちさんは一日で治してしまいます」
「それなら、せっかちさんコースで……」
「はい。わかりました。それじゃあ失礼して」
ベッドから身を起こしたオウガの隣に腰かけたマリアは、オウガの手を優しく握ると、二人の手の間から僅かに治癒の光の欠片がキラキラと零れ落ちた。
「今日は一日中こうしますから。好きに動いていいですよ?」
治療と割り切れないのか、どこか恥ずかし気に頬を朱に染めたマリアが微笑む。
「え、えーと……」
「マリア」
手を包み込む柔らかな感触にオウガが困惑していると、冷めた目をしたシュリがマリアを睨みつける。
「シュリさん、オウガさんの治療は私がやりますから、ミライちゃんと一緒に戻ってもらっても――」
「その程度の治療なら、私でもできるはず」
「シュリ?」
「シュリさん、あなたの力は微弱な物です。修練で伸びるかもしれませんが、今はとても持ちませんよ?」
「半日くらいはいけるはず。マリアが一日付き合う必要はない」
「そう……ですね。分かりました。後ほど交代しましょう」
「ちょっと待って!? シュリが治療って?」
「できるようになった」
「はい、私や王国の他の治療師と比べても弱いですが、確かにシュリさんは治療の奇跡が使えます」
「本当なの?」
「何故私に聞くのか分からないが、事実だ。君が眠っている間、シュリはマリアと一緒にこの町で怪我人や病人の治療を行っていたよ」
縋るような目を向けてきたオウガに対して、呆れ顔になったレイアが、ここ数日のシュリの修練の様子を語る。「奇跡を使えないはずの獣人が奇跡を使う。これこそ本当に奇跡だな」と冗談めかした口調でいう。
「嘘吐けなさそうなレイアまで認めるってことは、本当なのか……」
「おい、何か失礼な納得の仕方をしてないか!」
憤慨したレイアは、「君は隠し事が得意そうだが!」と吐き捨てる。
「え?」
「体調が良いなら聞いてもいいだろう? オウガ、それは何だ!?」
「それって……」
レイアの指し示した物。オウガの寝間着の裾からはみ出たそれは――白い狼の尻尾。
「え……、これって」
今まで大人しく丸まっていたそれが、意識することでふるふると左右に揺れる。オウガが思わずシュリに視線を送ると、
「私が治療したら、生えちゃった」
と悪戯っぽい言い方で、自身の頭をつんつんと指し示し獣耳をぴくぴくと動かして見せた。
意図を察したオウガが恐る恐る頭に手をやると、フサフサとした触り慣れた、しかし忘れてしまうほどに懐かしい感触があった。
「俺の……耳」
「オウガさんは……獣人、だったのですか?」
呆然とするオウガに、窺うようにして尋ねるマリア。
「…………そうだね。俺は――オオカミ族の、オウガだよ」
◇
オウガとシュリは、マリアたちにオオカミ族の村から逃げ出した経緯を改めて説明し、奴隷商人の躾によって耳や尻尾を切り落とされたのだと語った。
その凄惨な過去に、何故黙っていたのかと憤っていたレイアすら顔を青くさせ、「もう過ぎたことだよ」とオウガを苦笑させる。
「そういえば、ラウルは?」
「ああ、あいつは今は護衛騎士の任を解かれて、王国軍の所属になっているよ。今はブラードにいるはずだ」
重苦しい空気を変えようと、オウガは気になっていた戦友の所在を訪ね、レイアもそれに乗ることで気持ちを立て直した。
「いずれ詳しく説明してもらう! と言っていたぞ」
「はは、ラウルにも見られちゃったか」
「オウガ、ごめん……」
「シュリは悪くないよ。俺を助けるために必死だったんだろ?」
獣耳をしょんぼりとさせるシュリを慌ててオウガが励ますと、マリアも頷く。恐らくオウガの正体を知っていたシュリが治療の奇跡を行使したことで、オウガが本来の姿を取り戻したのだろうと推測しているが、
「シュリさんがいなければ、オウガさんの命は危なかったかもしれません。ご自分を責めないでください。なにより、こんなに素敵な物を治したんですから!」
熱い口調でさわさわとオウガの尻尾を撫でる。びくっと震え、驚いたオウガが離れようとするが、治療のためと握り締められた手を放すことができない。
「マリア……そろそろ変わるから治療に戻ったら?」
「いえいえ、シュリさんだけではまだ不安ですから」
「マリア」
「はい……」
冷たいシュリの視線に耐えかねたのか、マリアがオウガから手を放す。じわじわとした痛みが広がる前に、狼娘が素早くオウガの隣に収まる。
「オウガの世話は私がする」
ふんす、と珍しく鼻息荒くしたシュリが、満足気に微笑んだ。
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