56.彼が眠るその裏で
前話のあらすじ
狼獣人だったことをマリアとレイアに告白した。
「おい、何をしている!? 奴らが疲弊している今なら絶好の好機ではないのか!?」
時は少し遡りグリフォンが崩れ落ちた頃、王国軍では縛られ地面に転がされた騎士ディメスが怒鳴り声をあげていた。
グリフォンから逃れディメリア兵に紛れて逃走していた所をあっさりと見破られ、拘束されたのだ。
アランがディメスのの示す遠く離れた戦場を見れば、崩れ落ちた巨鳥グリフォンの周りに獣人や王国騎士たちが集まっているのが見て取れる。勿論そこに争いの様子はない。
グリフォンの討伐には成功したようだが、負傷者が出たのか王国騎士ラウルの部下が治療師を呼びに戻り、教会の聖女と謳われたマリア助祭と護衛騎士のレイアがあの場へと向かっている。
「今そんなことしたら、ラウルが向こうに回って止めに入るだろうよ。獣人たちにはお前の部下の命も助けてもらったってのに、薄情な奴だな」
「兵などいくらでも補充が効く! 今は先の失態を取り戻す武功を立てるべきだ!」
「俺の失態じゃねえしな。あと、お前はどう足掻いても軍規違反で縛り首だから。武功で助命嘆願とか期待しなくていいぞ?」
「なっ!? へ、平民の貴様の報告なぞ、軍務卿が認めるわけが――」
「ちゃんと公正な論功官が付いてるから安心しな。おい、この五月蠅いバカを連れて行ってくれ」
「臆病者!」「売国奴!」と喚き散らすディメスを部下に連行させると、アランがようやく終わったと溜息を吐いた。
「あの鬼神が随分お優しくなったものですね。そんなに獣人と戦うのが嫌ですか?」
気を抜いていたアランに言葉の棘を刺したのは、王国騎士のクリスだった。
「向こうには知り合いもいたみたいだからな」
感情の読めない微笑みを浮かべるクリスに、アランは肩をすくめてヒラヒラと休戦状の返事を振って見せた。
「貴方の知り合いというと、噂のオウガとシュリですか? 育てた子の可愛さに手を緩めると?」
クリスの挑発的な物言いに、アランが苦笑する。
「オウガだけなら、俺とラウルで抑えられるかもしれん。だが、向こうはシュリが指揮を執ってるみたいでな。あいつとやりあうなんて俺は正直ごめんだね」
「娘の様に育てた子は可愛い?」
「まあそこは否定しないがね。忘れてないか? 俺は元々一兵卒だ。作戦指揮なんて教養は持ち合わせちゃいないのさ」
「そうですね。正直意外な才能だったと私も思います」
兵たちを纏める旗頭とさえなってくれれば、発言権の無い平民の司令官はお飾りに丁度良い。そんな思惑で赴任させられたアランだったが、意外な才能で現場のクリスたちだけでなく、遠く離れた王都の貴族たちまで驚かせている。
「俺が何で兵の運用だなんだと知ってるかといえば、あいつが色々と知りたがった内の一つだからだ」
「狼獣人シュリは鬼神アランと同程度の用兵術を学んでいるわけですか」
「いや、違う」
アランはおもむろに小袋から知略遊戯の小さな駒を取り出すと、楽しそうにそれらをチャラチャラと鳴らした。貴族から平民まで幅広く愛好者のいるその遊戯は、元は机上演習戦に用いられた物が広まったのだという。
「俺はあいつに負け越してるよ」
「さて、ラウルはいないし副官はサボってやがるし、部下たちの様子でも見てくるかな」とお道化た調子で歩み去るアランの後ろ姿を、クリスは微笑みを張り付けたまま無言で見送ると、何やら思案する。
「戦闘放棄――と言えない程度にしっかり理由を考えてるね。あの人も分かってきたのかな。貴族って奴らが。んー、どう報告したもんかな」
クリスは悩まし気な溜息を吐くと、
「スコルピオ兵か。射程距離がもう少し欲しいけど、面白い部隊になりそう。でもあんなに連射できるのは獣人の力があってこそか……王国も獣人部隊を作る日が来るかな」
貼り付けた微笑みではない含み笑いを浮かべるクリス。そこへ、
「クリス、何やら楽しそうだな。アラン殿は?」
「おやおかえり。司令官殿は兵を激励しに行かれたところだよ」
「そうか。報告したいことがあったのだがな……」
騎兵部隊を引き連れて帰還したラウルだったが、クリスには妙に焦っているような気配を感じさせた。
「相談ごとならボクが聞こうか?」
和ませようというのか軽い口調のクリスに、苦笑したラウルが口を開いた。
「そうだな。実は――」
◇
「え!? マリアこっちに残るの?」
「はい。戦いや移住で治療を必要としていらっしゃる人が大勢いると聞いています。そして、治療師がいないとも」
「でも……獣人領だよ?」
「ふふ。だから、布教のため、ということで王国を飛び出してきちゃいました」
治癒の力を使い果たしたシュリに代わり、オウガと手を繋いだマリアが楽しそうに微笑む。
その可愛らしい口から放たれた内容に目を丸めるオウガに、マリアが不安そうに窺い見る。
「あの、ご迷惑でしたか?」
「いや、そんなことはないけど……大丈夫なの?」
「正直に言えば、王国に戻った場合どうなるか分かりません。でも、私大事な事に気づいたんです」
「大事な事? っわわ」
首を傾げるオウガの頭上、獣耳をマリアが優しく撫でる。くすぐったいような絶妙な力加減にオウガが戸惑いされるがままになっていると、
「王国ではモフりが足りないんです! ここは天国のような場所ですね!」
しばしの間、治療にかこつけてオウガの尻尾と耳を堪能するマリアだった。
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