54.再会
前話のあらすじ
グリフォンを仕留めたが、シュリくんを庇ってオウガくんがグリフォンの下敷きになった。
「オウガ! 返事をして!」
「っく……重すぎて無理だ! おい、丸太を持ってきてくれ! 無いのなら、あそこの砦から剥がして来てくれ!」
オウガを覆い隠したグリフォンの死体を必死に持ち上げようとするシュリだったが、家ほどもあるグリフォンの巨体は獣人の力であってもそう易々とは持ち上がらない。
冷静さを保っていたラウルが獣人の戦士たちに指示すると、呆然としていた獣人たちも慌てて動き始めた。
程なくして激しく音を立てて、木製砦の一角が崩された。
「持ってきたぞ!」
「よし……! シュリくん、そこを退くんだ!」
「オウガ……今助けるから……」
「聞いてくれないか……。すまない!」
未だに錯乱し自力でグリフォンを持ち上げようとするシュリを強引に押し退け、巨鳥の体の下へ丸太を差し込む。
「せーの!」
ラウルの掛け声で、獣人の戦士たちも丸太を掴む手に力を込める。
獣人たちの協力でグリフォンの身体は徐々に持ち上がっていき、
「っ!? 見えたぞ!」
「オウガ!?」
「無理に引っ張り出すな! 君の力だとオウガが千切れるぞ!」
今にも飛びつきそうなシュリを静止し、ラウルたちがジリジリと丸太を押し進めていく。
ミシミシと丸太が不吉な音を立てる中、ようやくオウガの全身が解放される。
「これは……引っ張らないで、持ち上げるしかないか」
「こりゃひでぇ……。お前ら、奥まで入って足を頼む」
ラウルと共にオウガの状態を視認したシロウが、仲間の中で小柄な者にそう命じる。恐る恐るグリフォンに下に潜り込んだ獣人たちが、そっとオウガの体を持ち上げる。
グリフォンの表面は羽毛に覆われているとはいえ、その下には鋼のように強靭な肉体が隠されている。地面とグリフォンの巨体に挟まれたオウガは、胸部より下をすり潰されていた。
「これは、もう……」
「っ!? まだ息がある! オウガ、私の声が聞こえる!?」
ようやく顔が見えたことで安心したのか、先ほどよりは落ち着いたシュリがぐったりとするオウガの耳元で呼びかける。
オウガの意識は無さそうだが、息があると聞いてラウルはホッと一息吐いた。
「生きてさえいれば大丈夫だよ。きっともうすぐ――」
「ラウル! 無事か!?」
王国側から単騎で駆けてきた騎兵は、王国騎士のレイア。彼女の後ろには戦場に似つかわしくない修道服の娘――マリアも跨っていた。
ラウルが部下に呼びに行かせたのだが、急いだために詳細は伝わっていない。
「レイア……マリアも?」
「軍の治療師が足りなくて帯同してくれていたんだ。おい、ここだ!」
「うん? まさかシュリがいるのか?」
「シュリさん? えっ……オウガさん!?」
予想外の再開に驚く暇もなく、オウガの重傷に気付いたマリアが馬から飛び降りると、すぐに治療を始めた。
陽光のような暖かな光がマリアの手から漏れ出すと、激痛に引きつっていたオウガの表情も僅かに和らぐ。
「オウガ……良かった」
治療が間に合ったかと胸を撫で下ろすシュリだったが、治療の奇跡 を施すマリアの表情は硬い。胸騒ぎを覚えたシュリは、
「マリア、大丈夫だよね?」
震える声で窺う。しかしマリアは小さく首を振ると、
「治療個所が多すぎて……。生命力の回復と怪我の治療に分散されて、私の力でも足りるかどうか……」
「そんな……。他には治療師はいないの!?」
「マリアより優れた治療師は今の王国軍にはいない。他の治療師も、負傷した王国兵の治療でどれだけ力が残っているか分からない」
縋るようなシュリの視線に、辛そうにレイアが首を振る。
「そんな……オウガ!? オウガァ!?」
「ぅっ……」
泣き叫ぶ子供のようなシュリの呼び掛けに、オウガが僅かに身動ぎする。
「っ!? シュリさん! そのままオウガさんに声を掛け続けてください!」
「わかった。オウガ!」
意識が戻ったわけではないが、オウガには届いている。そう感じ取ったマリアはシュリにそう伝えると、治癒の力を生命維持から怪我の治療へと偏らせた。
潰された下半身がまるで新たに生えてきたかのような速度で修復されるのを、治療の奇跡を初めて見る獣人たちは元より、ラウルやレイアまで驚嘆の声を上げる。
しかし、治療を施すマリアの顔色は悪い。
力の行使による疲労はもちろんのことだが、オウガの呼吸が予想外に落ちてきているのだ。
オウガの生きる意志を見誤ったか、とマリアは平静を装いつつも顔を青くさせる。そして当然、シュリはそんなマリアに気付いてしまう。
(もう少し、もう少しだけ力があれば)
体の傷を全て治療し、後は生命力だけとなった所で力の過剰行使で意識が朦朧とする中、マリアは願った。
(オウガ、お願いだから帰ってきて!)
傷が癒え、穏やかに眠っているかのようなオウガの頭を抱き寄せ、シュリは強く思った。
その時――シュリの手元から僅かに暖かな光が漏れた。
それは、マリアが施す治療の奇跡に比べれば遥かに小さな光だった。それでも、僅かな後押しと願いは、足りなかった力を補ったのだ。
「うぅ……」
オウガが身動ぎすると、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始める。
「よかった……」
「はい」
安堵した二人は、そのまま崩れ落ちるように倒れこむ。
「マリア!? シュリ!?」
慌ててレイアが駆け寄ると、寝息が三つに増えていた。緊張の糸が解けた二人は意識を手放したようだ。
「心配させて……うん? ラウル、これって……?」
「まさか……そんなことが?」
肩をすくめたレイアが何かに気づき、ラウルに指し示す。ソレを見てしまったラウルは軽く頭を抱えた。
シュリとマリアは、狼獣人の白い尻尾を枕に幸せそうに眠っていた。
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