53.決着
前話のあらすじ
グリフォンを前に、王国軍から停戦協定を申し込まれた。
「さて、どうしたもんかな……」
大鷲の上半身に獅子の身体。振るわれた丸太のような太い前足を掻い潜ったオウガは不敵に笑みを浮かべながらも、冷や汗を流していた。
王国軍を率いていたディメスの姿は既に無い。逃げたか、食われたか。
オウガとて見逃したくはなかったが、仇敵を前に一瞬気を取られた隙に姿を見失ってしまったのだった。
強大なグリフォンを前に人探しなどする余裕もなく、巨鳥の鈍い風切り音と共に振るわれる攻撃を躱す。オウガもやられてばかりではないが、巨躯を支える筋肉は鋼のように固く、回避を優先した崩れた姿勢からでは刃先が通らない。
それでもグリフォンは不快に感じたのか、徐々に振り下ろされる爪、打ち鳴らされる嘴は王国兵や獣人の戦士たちからオウガ一人に集中し始めていた。
オウガの反撃の機会はさらに減り、このまま限界までの体力勝負も覚悟する中、高らかに馬の駆ける蹄の音が近づいてきた。
「助太刀する!」
馬を繰った馬上の騎士はグリフォンと対峙するオウガに気付いたのか、宣言と共に駆け寄るとグリフォンへ勢いを乗せた強烈な一太刀を浴びせる。
「ぐっ!?」
しかし、グリフォンの巨躯は予想を超える硬さで、降り抜く予定で降った剣が半端に止められた騎士は、手綱を手放して馬を逃がすと、自身は反動で剣を引き抜いてオウガの傍へと着地した。
「死地へようこそ、騎兵さん――ってラウル? 獣人領に攻めてきたのか?」
「オウガくん!? 君はまた面倒なことに巻き込まれてっうわっと!」
騒がしくなった足元に、出鱈目に振り下ろされる爪を躱しながら、二人は互いの事情を説明する。
「イヌ族が勝ったせいで引っ張り出されたわけね」
「ああ、いい迷惑だったよ。しかし、さっきの作戦を考えたのはシュリくんだったか。すごいものだね」
「でしょ?」
楽しそうにオウガが笑みを浮かべる。
一人から二人に増えたことで、グリフォンの攻撃が分散し、先ほどまでにはない余裕が生まれていた。
だがそれだけではまだ足りていない。
「しかし硬いね」
「うん、まるで岩を切ってるみたい」
「……切ったことあるのかい?」
「修行だって言われて必死でね。そしたらその時切らされた岩が、しばらくして家の石窯になってたよ」
「ははは、アラン殿らしいな」
オウガが養父の要領の良さを思い出して苦笑すると、ラウルも苦く笑う。そのアランの様子に妙な引っ掛かりを覚えるオウガだったが、グリフォンの前足が振るわれ、回避に追われて思想は霧散した。
空振りした後には、ポタポタと血が滴る。ラウルがグリフォンの気を引いた隙に、オウガが全力で降り抜いた一閃でようやくついた傷だ。グリフォンの全身に数カ所出来たものの、切断には至らず、行動不能にも届いていない。
「はは、決め手が欲しいな……」
◇
「これ、使い方教えて」
救援として出向いたものの、不用意に近づいた騎兵がグリフォンの爪で馬諸共二つに引き裂かれるのを目撃して二の足を踏んでしまい、グリフォンに張り付く二人を遠巻きに見守ることしかできない王国軍騎兵部隊。
そこにふらりとやってきたのは、獣人の娘だった。
「これって――スコルピオ!? 君、これをどこで!?」
「伯爵軍とやらがそこら中にポイ捨てしていった。いいから早く」
「くっ、あいつらは……。いいか、それはな――」
騎兵は無責任な伯爵軍に呆れながらも、獣人の娘に攻城兵器スコルピオの構造を説明した。
「なるほど。面白いカラクリ」
「しかし、それを聞いてどうする?」
「決まってる。――あの鳥を狩る」
訝し気な王国軍騎兵に、獣人の娘シュリは不敵な微笑みを向けると、「よいしょっ」という軽い掛け声で男三人掛りで引っ張らねばならない弦を引っ張り、専用矢を装填してみせる。
「な!?」
「情報ありがとう」
思わず見惚れるような笑みを浮かべたシュリが去った後も、王国騎兵たちは口を大きく開けたまま動けないのだった。
「皆、これを持って」
「シュリ殿、これは?」
「王国の秘密兵器。使い方を教えるから聞いて」
王国軍騎兵隊から別れたシュリは獣人の砦に戻ると、拾い集めたスコルピオを獣人の戦士たちに配り、使い方を教える。
「こんなもんでアレに敵うんですかい?」
「オウガの剣が傷を付けてる。これは王国軍の鉄盾も貫くから、きっと効果がある」
「効かなかったら見向きもされないんだから、怖くないでしょ?」とシュリが微笑みかけると、冷や汗を流した戦士たちがコクコクと何度も頷くのだった。
「シュリ殿、すぐに始めますか?」
「ううん、ちょっと待って」
グリフォンににじり寄った即席スコルピオ部隊。シュリは彼らを制止すると、じっとぐグリフォンとその足元で粘るオウガとラウルの二人を観察する。
「……ラウル――人間の騎士の方が限界そう。グリフォンもそれに気付いてる。オウガより執拗に狙ってるみたい。次に彼が狙われたら、やる。狙いは翼よりさらに上。上に外れる分には構わないから次で調整して」
「はい」
スコルピオを構えた獣人の戦士たち。誰かの喉がゴクリとなった。
グリフォンの大振りをオウガが大きく避け、グリフォンの意識が一人足元に残ったラウルに残ったその時。
「放って!」
スコルピオの引き金が引かれ、太い矢がゴウッという野太い風切り音を残して飛んでいく。
二人に当たらないように甘い狙いで放たれた矢はその多くがグリフォンの頭上を通過していったが、シュリ含め数本が巨鳥へと吸い込まれていった。
「刺さった! すぐに装填! 放て!」
大きな翼、巨躯の喉下、巨大な胴体。人の腕ほどもある矢が次々にグリフォンへ突き立っていく。
グリフォンも黙っておらず、二射目にはすぐにシュリたちに気づくと、その巨体を震わせ走り出そうとした。――そんな隙を二人が見逃すはずがなかった。
「オウガ!」
「うん!」
グリフォンの足元の二人は、渾身の一撃を駆けだそうとする巨鳥の左前足へと振り下ろした。
非力な人間であるラウルはオウガが付けた傷をなぞるようにさらに深く。オウガは反対側から全力で降り抜くつもりで。
二つの剣が交差した。
「やった!」
「オウガくん! まだ油断してはいけない!」
前足を切り飛ばされ、態勢を崩したグリフォンが崩れ落ちる。咄嗟に動けないグリフォンに、容赦なく次々と矢が突き刺さる。
針山と化した仇敵にオウガは歓声を上げるが――
「気を付けろ! まだ生きてる!」
傷だらけの翼を広げたグリフォンは、大きく羽ばたいて身体を起こすと三本の脚で不器用ながらに走り出した。視線の先には、スコルピオ部隊を指揮していたシュリがいる。
グリフォンと目線が合い、いち早く察したシュリは獣人の戦士たちから距離を取るように走り出すが、手負いながらに巨躯を持つグリフォンは早い。
懸命に走るシュリにその嘴が届く、その間際。
「シュリ!」
矢のような速度で追いつき、グリフォンの頭部を剣で叩き逸らして、シュリを背中で突き飛ばしたオウガは、勢いのままに地響きを立てて崩れ落ちたグリフォンの巨躯に――押し潰された。
「オウガ!? 嘘……いやああああ!?」
悲痛な叫び声が静寂の訪れた戦場に響き渡った。
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