51.因縁
前話のあらすじ
シュリの作戦で王国軍に大打撃を与えた。
「もうすぐ王国軍の視界に入る。各自持ち場について」
終わりの見えない掘削作業を強引に終了させて獣人の戦士たちを休ませていたシュリは、偵察を行っていたハルからの報告で戦士たちに指示を出す。
張りぼてのような木製の砦は緩やかな坂の上にあり、王国軍の予測進路が見下ろせる。その坂の中間には、人が座れば隠れられる深さに溝が掘られ、覆い隠すように土が盛られている。
坂を上ってくる王国軍には一見平地に見えるように細工した穴に、獣人の戦士たちが身を伏せる。それに続こうとしたオウガを、シュリが呼び止めた。
「オウガ……、その、気を付けて」
「大丈夫。俺も下から見てきたけど、あれはきっと分からない。良い作戦だと思うよ」
どこか心許無い表情のシュリの不安を察してか、オウガはにこやかに太鼓判を押す。
それでも納得しきれていないシュリの頭を乱暴に撫でると、オウガは軽い足取りで堀へと飛び降りた。
堀の中では、獣人の戦士たちがそれぞれの収まりのいい場所を探しながら身動ぎしていた。その中で、
「巻き込んでしまって、すまなかったな」
オウガを始め、シロウなど隠れ里の獣人たちに謝罪を口にしたのは狼獣人ハヤテに率いられていた猫獣人のアヅマだった。
「いいってことよ。元はと言えば俺たちも住んでた町だ。命張って守ることに抵抗はねえよ」
ツザの町自警団長だったシロウが、軽い口調で答えると、堀に入った元自警団員たちも各々首肯する。だけどよ、とシロウが続ける。
「オウガだけは本当に関係ない立場だよな。いいのか?」
「隠れ里の皆さんにはお世話になりましたし。それに――シュリの作戦で戦うのって何か楽しくて」
水を向けられたオウガが悪戯っぽく笑うと、隠れ里の獣人たちに苦笑が浮かぶ。
シュリに厳しい訓練を課せられた彼らだが、連携による一体感は彼らに訓練の意義を実感させていた。
「さて、そろそろ無駄話は終わろうか」
土が剥き出しの堀に付けた背中から進軍の地響きが強まるのを感じ、オウガが口に人差し指を付ける仕草で示した。
◇
「来た。弓矢、放って!」
張りぼての砦へと躊躇なく進軍を始めた王国軍に、二手に分かれた獣人の戦士たちが矢を放つが、明らかに数が足らずパラパラと小雨のように降り注ぐだけの矢を、嘲笑した王国軍兵士たちが盾をかざして突き進む。
「シュリ殿! やはりこの人数じゃ効果ありませんぜ!?」
「大丈夫! 予定通りだから続けて!」
勿論のことシュリも数の少ない弓矢で敵軍に打撃を与えられるとは思っていない。この矢雨の狙いは盾を構えさえ、視界を遮ることが狙いだ。
駆ける王国軍の先では、流れ矢に当たらないようにシュリたちに向かって盾を構えたオウガたちが隠れている。
そして――先頭集団がガクンと大きく足を踏み外した。
「今だ!」
倒れこむ最前列の兵士たち。蹈鞴を踏みぶつかりへし合う後続の兵士たち。その合間を縫うように飛び出したのは獣人の戦士たち。
――もしも人間であれば、腰よりも深い堀から出るのは容易ではなかっただろう。しかし、獣人である彼らは、一跳びで堀どころか王国兵の胸元まで距離を詰めることが出来る。
そして、接近戦において獣人が人間に後れを取ることは無い。
半狂乱に陥った王国兵が、一方的に切り伏せられていく。剣術に精通したオウガだけでなく、シロウたち元自警団員、さらにはアヅマたち元イヌ族軍の戦士たちも易々と切り抜けていく。
「よかった……。皆も行って」
奇襲の成功を確認したシュリは、砦に残っていた残りの獣人の戦士たちに後詰めを指示し、自身も戦場に躍り出る。そこで、
「これは……?」
倒れ伏した兵士の横に転がっていたのは、巨大な弓のような物。シュリはここが戦場であることにも構わず、それをしげしげと眺めると、足元で負傷の苦痛に呻いていた王国兵士に蹴りを入れて問い詰める。
「い、命だけは……」
「いいから。これは何?」
「そ、それはスコルピオという……対獣人用の兵器だ」
「これがイヌ族が負けた原因? そういえば突撃の前に何かしていたけれど」
隠れていたオウガたちにも届かなかった妙な弓矢にシュリが首を傾げると、
「射程距離が短いんだそうだ。ディメス様はそれを知らなかったみたいで……」
「そう。これはディメスの軍……。ありがとう。死なないといいね」
「っう!?」
挨拶よりも強烈な蹴りで哀れな王国兵を沈黙させると、シュリは戦場を見渡して獲物を探した。目的は、戦争を終わらせられる重要人物。
「あ……」
その男は、シュリの家族と対峙していた。
◇
「オウガだったか。お前は本当に目障りな奴だ!」
「えーと、ディメスさん、だっけ? 俺、何かしました?」
「ほざくな!」
一騎打ちだ、と馬を降りて切りかかってきたディメスを、オウガが難なくいなす。不意打ちさえされなければ騎士である自分が勝つはずだ、という自信の下にディメスはオウガに挑むのだが、当然のこと、オウガの剣術の前には彼の剣戟は掠りもしない。
「なぜだ! なぜ当たらん!?」
「そんな考えなしの大振りが当たるわけがないでしょう。ところで、もしも俺個人が憎いなんて個人的な理由なら、この兵隊さんたち引いてくれない?」
「引くわけがなかろう! これはディメリア伯爵の威信を賭けた征伐なのだ! 人間である貴様が邪魔をするなど、許されることではないのだ! この裏切り者が!」
「裏切りも何も……。どうしたもんかな」
聞く耳を持たないディメスに、さしものオウガも頭を抱えて首を刈り取って掲げてみるかと物騒な考えに至った時。
血の臭いに誘われたのか。
諍いの喧騒に興味を持ったのか。
はたまた唯の通り道だったのか。
――それは来た。
「っ!? なんだ!?」
ずしん、という地響きのような重い音着地音。
「ひぃぃぃ!? ディ、ディメス様!? おたす……」
悲鳴を上げた王国兵を巨大な嘴で摘み上げ、空中で一飲みにしたのは――
「グリフォン……」
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最近時間が不安定で申し訳ございません。
戦争編は当初から書きたかったシーンの一つなのですが、いざ書き始めると色々考えさせられ、執筆テンポが悪くなってしまいました。
今回は用事も重なって投稿時間が大幅に遅れてしまいました。
可能な限り定時投稿(といっても少しでも読者を増やすために半端な時間に自力投稿するのは変わりませんが)を目指しますので、今後ともよろしくお願いいたします。