46.死地を越えて
前話のあらすじ
戦争に負けたイヌ族は、追撃する王国軍にハヤテたち他種族を囮に使った。
イヌ族とレムリア王国との戦場となった要塞都市ブラードから遠く離れた獣人たちの隠れ里で得られる情報は、断片的な物だった。
「ツザの町のイヌ族がおかしい?」
「うん。なんか凄い大騒ぎになった後、残っていた猫獣人とかの戦士たちが慌ただしく王国の方へ出て行ったって」
「どんな感じか聞いてる?」
「皆纏まってって感じじゃなくて、準備が出来た人から飛び出していったみたいだってお父さんが。それから、逆に犬獣人たちが王国側から戻り始めてるみたい」
イヌ族に占領されたツザの町の様子を探っていた鳥獣人カズの報告を、彼の娘の同じく鳥獣人のハルから伝えられたシュリは、悩まし気に眉を寄せた。
「明らかに捨て駒……。ハヤテたちが危ない、けど……」
自分とオウガ、隠れ里の狼獣人二人でどこまで彼らの手助けが出来るのか、とシュリが躊躇していると、
「行きたいのなら、あんたが鍛えた子たちも連れて行けばいいよ」
同席してハルの報告を聞いていた、元ツザの町代表の猫獣人トラヤがシュリの背中を押した。シュリは戸惑い、
「でも、オオカミ族の仲間を助けたいっていうのは私たちの個人的な問題で、里に迷惑をかけるのは……」
「あたしらの心配なんていいんだよ! あんたたちには護衛の報酬も払えてないし、イヌ族や人間の兵士が間違ってこっちまで来ちまっても困るから、ちょっと行って様子を見てきておくれよ」
「トラヤ……」
「好意に甘えたら?」
それでも決断しきれないシュリの肩に手を置いたのは、どこか上機嫌な様子のオウガだった。
「修行はもういいの?」
苦笑しながらオウガの頭についた木の葉を取ったシュリが、幼馴染を伺いみる。オウガは満足そうに頷くと、
「何とか物になったかな。再戦の相手がいなくなったら困るから、ちょっと顔を見に行こうよ」
修行の成果に高揚した様子のオウガだったが、決闘の敗北を引きずっているのか、遠回しな言い方で照れたように笑う。そんな幼馴染の姿に、シュリは仕方がないと肩をすくめた。
「十人ほど借りる。残りは里の警備に回して。ハルはカズを呼び戻して、私たちに合流するように――」
「あの! 私が行くのではダメですか!?」
「ハル?」
「お、お父さんは飛びっ放しで疲れてるだろうから……」
勢い込んで口にしたものの、聞き返されてしまい尻すぼみに声の小さくなるハルに、
「戦闘には巻き込ませないつもりだけど、人間たちに見つかれば何を言われるか分からないし、何かされないとも限らない。それでもいいの?」
シュリがじっと目を見つめる。ハルはごくりと唾を飲み込み翼をブルりと震わせると、
「……私、ずっとこの里の中で隠れて生きていくんだと思っていました。でも、最近みんなと一緒に里の外まで飛んで行って……もっと外の世界を見たいと思ったんです。危ないからって縮こまっていたら、一生外に飛び立てません。だからお願いします。私も連れて行ってください」
引かなかった ハルの熱意に、シュリは溜息を吐くと、
「わかった。カズに里に戻って警備の手伝いをするように伝えて。私たちはすぐに里を立つから、そこに合流して」
「ありがとうございます!」
バサバサと勢いよく飛び立ったハルを見送ると、オウガたちは急ぎ荷物を纏めようとした所で、一緒になって付いて来た若い獣人娘に気が付いた。
「ミライ、君は――」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。わたしも皆と一緒に訓練したよ。いいでしょ?」
大きな瞳を潤ませて懇願する猫獣人の少女に、
「いいよ」
「シュリ!?」
意外にもあっさりと頷いた幼馴染に、オウガが戸惑う。
「ハルの警護に一人必要になるから。ミライ、戦わないかもしれないけど、大事な仕事。やれる?」
「うん! 絶対ハルお姉ちゃんを守るよ!」
小さな拳を握りしめた猫少女に、二人は思わず頬を弛ませる。
上機嫌に尻尾を揺らして戦闘用の衣装に着替えるミライを横に、小声でオウガがシュリに囁きかける。
「シュリ、本当にいいの?」
「……いつかは実戦を経験するなら、私たちの目の届くところで見てあげたい。それに、ここから援軍に向かう以上、やれることなんて限られるから、多分危険なことはさせない」
その代わりにオウガには死ぬほど働いてもらうからね、と狼娘は楽しそうに笑った。
◇
「北西から北東のツザの方へ、犬獣人の兵隊が逃げて行ってるみたいです」
「ありがとう。皆、見つからないようにすり抜けて」
おう! と小さく抑えながらも気迫の声で答えるのは、元自警団員の獣人たち。その様子に満足げに頷くと、シュリは滞空するハルに休むように告げる。
「は、はい。し、失礼します……」
気恥ずかしそうに降りてきた彼女が腰を落としたのは、オウガたちの愛馬の背中――に跨るオウガの膝の上だった。
「もっと寄りかかって。しっかりと掴むから、苦しかったら言ってね?」
「は、はい! ひゃうっ!? い、いえ! 大丈夫です!」
顔を真っ赤にして俯いたハルを気遣いながらも、オウガは片腕でしっかりと抱きとめて馬を駆る。
当初は空を飛んで帯同しようとしていたハルだったが、偵察で飛び回ることを見越したシュリが、体力温存のために騎乗することを命令したのだ。そして腕が翼の鳥獣人である彼女には馬を操ることはできず、同乗する者が必要だったのだが、それも当然のようにオウガが指名されたのだった。
そして他の獣人たちはと言えば――騎乗するオウガとハルに徒歩で並走するのだった。馬を潰さないように軽い駆け足とはいえ、それに張り合えばいくら獣人でも体力の限界は訪れる。
呼吸も荒く汗だくな仲間たちに馬上のオウガが困惑するが、未だ涼やかな表情で並走するシュリは、
「目的地は近い。隊列乱すな!」
と檄を飛ばすのだった。
そして、さらには走り続けた彼らが、何度目かのハルの偵察でついに捉えたのは、王国兵に包囲されつつあるイヌ族の多種族部隊、ハヤテたちだった。
「獣人と人間が追いかけっこしているけど、遠くから騎兵隊が回り込んでるみたいですね」
「間違いなくハヤテたち。騎兵を追い掛けるのは無理だから、先に後ろの歩兵を叩く」
ハルと共に上空から偵察してきたシュリはそういうと、
「皆はイヌ族の混成部隊と王国軍の間に入って、わざと王国軍に見つかって足止めして」
と元自警団員たちに指示を出す。
「いやいや、シュリの嬢ちゃん……。俺たちは正直、戦える状態じゃねえぜ?」
上官の命令は絶対、と僅かな期間で刷り込まれながらも、隠れ里から休む間もなく走り続けてヘトヘトに消耗した獣人たちから、代表して元自警団長の犬獣人シロウが苦言を呈す。
「分かってる。皆は姿を見せて交戦する意思を示すだけでいい。後は、私とオウガがやる」
「なに?」
◇
「隊長!? 前方で獣人たちがこちらに武器を構えています!」
「お? ついに諦めたのか? よしお前ら、戦闘用意! 周りの部隊にも報せろ!」
獣人を追い続けた王国軍兵士たちの疲労の色は濃いが、それは敗戦して逃走している相手も同じこと、と歩兵部隊長が部下たちに檄を飛ばす。
追走のために軽装の王国兵たちは、数少ない武装の盾を構え、眼前の獣人たちを遠巻きに警戒する。
獣人たちに動きはなく、程なくして後方から別の部隊が合流し、半円状に獣人たちを包囲していく。
後は獣人たちの背後から騎兵隊が突撃を仕掛けて一掃する、だけなのだが――
「遅えな。あの貴族様は何やってんだ?」
敵を目前にじりじりと神経が磨り減る感覚に、歩兵隊長が思わず悪態を吐く。その時、
「ぐわぁあ!?」
悲鳴が上がったのは、獣人を半包囲していた王国軍歩兵隊の右翼だった。
「何事だ!?」
歩兵隊長が瞠目するが、広がった隊列が乱れ、人波の向こうで何が起きているのか視認することができない。
しかし、絶叫と共に打ち上げられた盾や剣、そして血飛沫が戦いの気配を発していた。
「伏兵!? しかし……」
戦っているにしては、静かすぎる。聞こえるのは鉄を打ち交わす甲高い金属音と、悲鳴だけ。さらには、眼前の獣人たちも動く様子を見せない。
何が起きてるのか。歩兵隊長が戸惑っている間に、悲鳴は着実に中央の歩兵部隊まで近づいていた。
そして、歩兵部隊を切り開いて姿を見せたのは、
「あなたが隊長ですか? さっさと降伏して逃げてくれません?」
「拒否権は、無い」
白髪の青年と獣人の若い娘だった。
◇
「シュリ、無理して付いて来なくてもよかったんだよ?」
疲弊し不用心に横腹を見せていた王国軍歩兵部隊に飛び込み、無造作に愛剣を振るって血飛沫を上げさせるオウガが、横で息を切らせながら王国兵と切り結んでいる狼娘に声をかける。
「わかりやすく、獣人が、いないと、ダメだから! それに――」
一瞬オウガの顔に視線を向けたシュリが、ふいと視線を外して王国兵たちへと戻す。
「オウガばかりに負担を強いてるのは、私の作戦の未熟さの所為だから」
「シュリ……」
「はい! 無駄話終わり! さっさと中心まで行く!」
照れ隠しなのか、普段冷静な彼女らしくなく捲し立てる。
「うん、わかった。でも、こんな適当でいいの?」
盾で身を隠す王国兵の足元を撫で斬り、怯んだ所を軽く薙ぎ払って転ばせたオウガは、背後で呻く王国兵を見やる。
戦意を保った者こそいないものの、背後のほぼ全ての人間たちは呻き声を上げている。
「今回の目的は撤退してもらうことだから。戦争で厄介なのは、死者よりも負傷者」
「というわけで」、とシュリは軽い口調で王国軍を切り開き、元自警団員たちへの包囲を半壊させた。
そして、数少ないまともな装備を身に付けた王国兵を発見すると、
「あなたが隊長ですか? さっさと降伏して逃げてくれませんか?」
「拒否権は、無い」
と震える喉元へと剣を突きつけた。
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45話の最後と繋げたかったのですが、予想以上に文量が増えてしまったので、ここで一度切らせて頂きました。
続きを気長にお待ちください。
(話タイトルも本当はこの次のシーンのための物だったんですが……、戒めとして残しておくことにしました。決して面倒くさいからではゲフンゲフン)