45.死地に向けて
前話のあらすじ
アラン殿が率いたレムリア王国軍がイヌ族軍を撃退した。
要塞都市ブラード攻略失敗。その報せは先行した伝令役の犬獣人の戦士よって、一夜明けずしてツザの町にも届けられた。続いて、『人間軍が報復に攻めてくる』とも。
報せを受けた後詰部隊の隊長、犬獣人のミツルギは眉間に皺を寄せた。
「おやおや。ドグマ様にシヴァもいて負けたか。人間を甘く見すぎたか……? まあいい。良かったなお前たち! 待ち望んだ出番だぞ!」
待機させていた兵士たちににやりと笑いかけるミツルギ。その笑みに、併合されたオオカミ族の若き長ハヤテは不安を覚えるのだった。
◇
「何が『イヌ族に恩を売る好機だぜ』だ! 臆病者のミツルギめ!」
「落ち着けアヅマ。誰かに聞こえたら面倒だ」
草原を駆け抜ける武装した十人程の小規模な一団。その中で猫獣人の大柄の男アヅマが悪態を吐いていた。苦笑したハヤテが、彼の肩を軽く叩いて諫める。
「でもよ隊長! あいつら俺たちを捨て駒にしようとしてやがる! いっそイヌ共なんて見捨てて国に戻って、今度は俺たちがあいつらを襲ってやればいいじゃねえか!」
「第一陣がどれだけ生き延びて帰ってくるか分からないんだ。そんな賭けには出たくないな。」
(俺だってそうしたいところだけどな)
ツザの町を制圧していた犬獣人以外を集めた後続部隊に下された命令は、撤退する第一陣の援護だった。
それだけであれば彼らもこれほどの憤りを覚えることはなかったのだが、続けて下された命令は「可能な限り広がり、第一陣の取りこぼしを無くす事」だった。
つまりは「第一陣の犬獣人を守るために他種族は囮になれ」と彼らはイヌ族ミツルギの思惑を理解した。しかしそれでも隊長であるハヤテは、仲間たちだけでなく仲間たちの連なる種族の立場まで慮り、戦闘放棄を許可出来ずにいた。
そして、そんな覚悟の定まらぬまま、
「前方から多数の金属音! この接近の遅さは恐らく――人間です」
戦いの時が迫っていた。
「前方に武装した集団! 獣人軍だと思われます!」
ハヤテたちが遭遇した王国軍の部隊は五十人ほどの規模だったが、犬獣人に配られた鉄装備からは格が落ちるとはいえ、それでも武装した獣人が十人いれば十二分に勝ち目がある。このまま各個撃破が出来れば、とハヤテが帰還への望みに安堵していると、
「よし、狼煙を上げるぞ!」
王国軍小隊の隊長が何か包みを取り出して火を着けると、もうもうと白煙が立ち上り始めた。
「なんだ?」
草原ごと自分たちを焼くつもりか、はたまた毒でも仕込んであるのか。警戒したハヤテたちが動けずにいると、王国兵たちもまた、ハヤテたちを警戒して動こうとはしない。
互いに膠着したまま、白煙だけが空へと昇っていく。と、
「ハヤテ! そこら中から人間軍が集まってきた!」
目前の敵ではなく周囲を警戒していた狼獣人のアヤリが注意を促すと、程なくして遠くの丘の上などに王国軍の旗が立ち、兵士たちが姿を現した。その規模は、五百を越える数だった。
距離があるとはいえ、眼前の小隊と戦いを始めれば増援の王国軍に囲まれてしまうのは想像に難くない。ハヤテは一つの決断を下す。
「囮としては十分働いたみたいだ。皆、ゆっくりと逃げるぞ」
決して楽なことではないと知りながら、若き隊長は努めて陽気に振る舞うのだった。
そして、長い命懸けの追い駆けっこが始まった。
◇
単純に身の安全を優先してツザの町まで撤退してしまえば、もしもその後に第一陣の犬獣人たちが帰還すれば間違いなく叱責されるだろう。
ハヤテたち混合獣人部隊は、本来なら振り切れる人間たちを相手に付かず離れずの距離を保とうと緩やかに撤退を始めたのだが、思惑通りとはいかなかった。
王国軍は騎兵を用い、かと思えば防具を外した歩兵たちに追い駆けまわさせ、常にハヤテたちにその気配を感じさせ、休むことを許さなかった。
常であれば体力的にも優れた獣人たちが人間に追い付かれるはずはないのだが、ツザの町から第一陣を追いかけ、休む間もなく囮となったハヤテたちの疲労は著しく、王国軍からの予想外の責め苦に限界を感じていた。
――そして、彼らは包囲された。
「ごめんなさい、私のせいで……」
強行軍による疲労から、足元を滑らしたアヤリを庇い、混合獣人部隊の足が遂に止まってしまった。
いち早く王国軍の騎兵たちが先回りし、背後からは歩兵部隊が集まってくる気配を感じている。
「気にするな。どうせツザの町まであいつらを連れて行くわけにはいかなかったんだ。ここで追い返すとしよう」
荒い呼吸を整えながら、ハヤテが騎兵部隊を睨み付ける。仲間たちも口々に肯定する。
追い返すとは言っても、体力的にも戦力的にも王国軍の追撃部隊との全面衝突など不可能で、眼前の騎兵部隊をいかに派手に打ち負かして残りの王国を牽制するかをハヤテは試案していた。
その中でも、隊長と思わしき男だけは確実に首を獲る、と決めていた。なぜなら、
「ようやく止まったな。おい、お前ら、あの女は殺すなよ。俺がもらう。どんな声で鳴くか楽しみだ」
ハヤテたちの優れた耳に、騎兵部隊から下卑た笑い声が聞こえる。
狼煙で集まってきた王国軍の中で一番偉いらしいこの男の言動は、陰湿な追撃と相成り、ハヤテたちの神経を逆撫でしていた。
「最低……」
「誰が俺たちをやれるって? 上等だ、掛かって来いよ!?」
思わず自身の細い肩を抱きすくめたアヤリの前に立ち、後ろの歩兵たちが集まってくる前にとハヤテが騎兵を挑発する。
獣人たちにとっても騎兵の突撃は脅威だが、ここで打ち勝つ他に活路を見い出せなかったのだ。
「ふん! 獣風情が! 行くぞ!」
地響きを立て、騎兵たちが真っ直ぐに駆け出す。土埃を挙げた騎馬部隊が、ハヤテたちの視界を覆っていく。
(これを越えられるか? 俺がダメでも、せめて仲間たちだけでも……)
迫り来る騎兵の圧力に覚悟を決めていたハヤテにも弱気の虫が過ぎった、その時――
「命を粗末にするなよ、ハヤテ」
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