44.要塞都市攻防戦・裏
前話のあらすじ
イヌ族は要塞都市ブラードを攻略しようとした。
「王国の臆病者共! 貴様らが閉じ籠ってる間に王国を蹂躙してくれるわ!」
巨大な城壁の下からどこか白々しく聞こえる獣人の大声に、壁上で守備兵長が憤るでもなく苦笑する。
「本当に新司令官殿が仰った通りウロチョロしてるな。やれるもんならやってみろってところだが……」
「でも、本当にここを素通りされちゃったらどうするんでしょう?」
不安気に下を走り回る犬獣人たちを見下ろす若い兵士に、守備兵長が努めて明るく笑いかける。
「司令官殿曰く、『まともな指揮官なら、補給線無しで決死の王都攻略戦なんて実行できない』だそうだ。それだけ獣人の指揮官を評価してるってことだが、まあちゃんと立ち止まってくれたんだ。心配するな」
その新司令官が『こっちの前指揮官はまともじゃなかったかもしれないけどな』と余計な毒を吐いたことは口にせず、理屈だけを説明すると、「それより――」と話を変えた。
「先の戦いの生き残り共が思ったよりうるさいな。しっかりと叱りつけて、勝手をさせないように持ち場の責任者に伝えてくれ」
要塞のどこかから聞こえる「獣人が俺たちを殺しに来るぞ!」や「何突っ立ってるんだ早く殺しに行けよ!」といった狂ったような叫び声に顔をしかめる。
声の主は、再編された敗残兵たちだ。
意気揚々と出陣した姿はどこへいったのか、壁外の獣人たちのわざとらしい遠吠えにビクつく有様だった。
「あんな奴らここに残してどうするんですかね?」
「司令官殿は『勝利の味』で立ち直させるとか言っていた気がするが……」
「敗北による恐怖を乗り越えるのに一番良いのは、勝利の経験をすることだそうだよ」
「ふ、副官殿!」
城壁上に姿を見せたのは、新司令官から副官に任命されてしまった王国騎士ラウルだった。直立に姿勢を正す兵士たちに休むように伝えると、ラウルは要塞都市から離れた丘の上のイヌ族軍本陣を眺めた。
「もうすぐ敵も痺れを切らして攻めてくる。司令官殿の考え通りに事が進んでも、城壁を越えて中に入られたら無駄になってしまう。しっかり守ってくれ」
「は、はい!」
慌ただしく動き始めた守備兵たちを見送り、ゆったりとした足取りで屋上から屋内に戻ったラウルは、喧噪の遠い廊下で一つ溜息を吐いた。
「見事な指揮官ぶりだな」
「レイア……見てたのか? 顔がにやけてるよ」
「むぅ。これは失敬。中々楽しませてもらったぞ?」
ラウルの整った眉をしかめさせたのは、いつの間にか背後に付いて来ていた同じく王国騎士のレイアだった。真面目な表情を取り繕っていたつもりの彼女だったが、口元が引きつっているのを見咎められ、にやりと人の悪そうな微笑みを浮かべた。
「随分と趣味の悪い大人になってしまったな」
「何でもできそうな先輩が明らかに苦手そうなんだ。面白くもなる」
吹き出すのを堪えるのが大変だった、と肩をすくめたレイアに、ラウルはまた一つ溜息を吐く。
「それでどうしたんだ? 僕をからかいに来たのかい?」
「いや、要塞内をもう一度確認しておこうと思ってな。本当に私は手伝わなくていいのか?」
「ああ。こっちは僕が引き受けるから、レイアはマリアさんの護衛に集中してほしい。戦いを前に、皆気が立ってるからね」
新司令官の気遣いで、一般区画に残っていた女子供老人など戦えない者たちが要塞内部へと避難している。護衛対象であるマリアが要塞都市ブラードで一番安全な場所に居ることで余裕ができたと考えたレイアだったが、ラウルは首を縦には振らなかった。
そんな話をしているうちに、
「伝令! 敵が前進を始めました!」
若い伝達兵が静かな廊下を走り抜けて行った。
「僕は上に戻るよ。マリアさんをよろしくね」
「気を付けてな」
初めての戦争を前に、神妙な面持ちのレイアが握りしめた右拳を軽く突き出す。
ラウルも苦笑して拳を打ち合わせると、
「あはは、大丈夫、心配いらないよ。こっちには――鬼神がいるんだよ?」
◇
「えっくしっ! ちくしょう……、埃のせいか?」
「司令官殿、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ気にするな」
元鬼神こと司令官代理代理を押し付けられたアランは、鼻を乱暴に擦ると近寄ろうとする側付きを制して城壁下へと視線を向けた。
視線の先では、土埃を上げて突撃を仕掛けたイヌ族軍が、矢の雨を物ともせず城壁へと取りついている。
弓矢が効かないことは本来の司令官代理である王国騎士クリスからの報告通りであり、兵士たちにも動揺はない。無駄と知りつつ矢を射らせるのは、敵の動きを鈍くするためだ。
思惑通り、鉤縄が引っ掛かり獣人であれば一息で登れそうな城壁を、鉄盾を構えて窮屈そうにゆっくりと登っている犬獣人の戦士の姿が見える。
それでも弓矢が効かない以上、いずれは登頂を許すことになってしまうところであるが、
「そろそろ頃合いか。よし、スコルピオを出せ!」
アランの指示で一部の弓兵が下がり、代わりに現れたのは、兵士が三人掛かりで持ち上げる巨大な兵器だった。弓が寝かせて付けられいるような構造のソレは、弦はすでに引き絞られており、人の腕ほどもある矢が発射の時を今か今かと待ち構えていた。
「一番上の奴の盾の中心を狙え。いいか? ……撃て!」
ゴッという弓ではありえない低い音と共に矢が放たれると、矢の突き立った犬獣人の戦士を筆頭に次々と巻き込んで地上へと落下していった。
「いいぞ! 残りも続け!」
効果を確認したアランは、残るスコルピオ担当兵にも指示を出した。巨大な弓矢が地上のイヌ族軍を襲い、一転して阿鼻叫喚の地獄となる。
「俺でも驚いたんだ。お前らもさぞ驚いてるだろうな?」
人に使われた攻城兵器の威力に、アランは思わず苦笑いする。
遡ること二月前。過去の清算のために王都を訪れたアランが、レムリア国王ヨセフ・レムリアから防衛軍の外部顧問を押しつけらた後、アランは王都の兵器開発部を訪れていた。
そこで見つけた大型攻城兵器バリスタの小型化失敗作が、スコルピオだった。
個人装備を目指したものの射手と担ぎ手の三人を必要とし、弓よりも射程が短く、威力も鉄板を撃ち抜けるが矢がバリスタよりも細くなり城壁を壊すには至らず、と欠点が多く打ち捨てられていた物だ。
渋る研究員に試射をさせたアランは、「悪くない」と要塞都市ブラードへの増援にこれを持たせることを決定した。
倉庫に眠っていた試験兵器でもあり、旧時代的と揶揄されたブラード前司令官のロマス・ディメリア伯爵は元より、初見だったラウルたちも首を傾げる様に、アランは「知りたがりの娘を育てたおかげで視野が広がった。まあ楽しみにしていろ」と笑った。
それでも実験的な使用だったため、「獣人が引いていくぞ!」と兵士たちが歓喜の声を雄叫びを上げると、司令官代理代理は人知れずホッと胸を撫で下ろすのだった。
◇
夜間の警備について、アランは副官として司令官代理から献上されたラウルと共に悩んでいた。
獣人は一人でも侵入を許してしまえば脅威であり、四方を灯りで見張りたいのだが、それを数日間続ける燃料の備蓄に不安がある。
そこで夜間の対策は任せて欲しいと名乗り出たのが、司令官代理の王国騎士クリス・ローランだった。司令官職こそアランに押し付けたが、働く気はあるのだというクリスの言葉とその提案した作戦に、アランとラウルは不承不承頷くのだった。そして、その作戦とは――
「クリス様、南の三に鉤縄の音がします」
「わかった。伝令兵、お願いね」
見張りを残して寝静まった要塞内。夜通し灯りの灯った司令室にいるクリスに跪くのは、犬獣人。その首には奴隷の証の首輪が付けられているが、身体はガッシリと鍛えられ、目にも意思の強い力が宿っていた。
彼は奴隷ではあるが、自らの意志でイヌ族軍ではなく王国軍のクリスへと協力し、その獣人としての優れた聴力を発揮していた。
「イヌ族の人ってどうにも獣人は獣人の味方をして当たり前って考えてるみたいだよね」
静寂の中、クリスがほくそ笑む。隣で聞いているであろう配下の獣人のことなど気にも留めず、そして犬獣人奴隷もまた、主人の言葉を気にせず、犬耳を忙しなく動かしている。
奴隷と主人の一つの完成したあり方がそこにはあった。
◇
やがて夜が明けると、そこには要塞に盾を向けて警戒心を剥き出しにしたまま、後退って行く獣人たちの姿があった。
「獣人たちが逃げていくぞ!?」
「俺たちの勝ちだ!」
要塞に取りつかれて数日、満足に眠れぬ日々を過ごした血と汗に汚れた兵士たちが、口々に勝利を喜ぶ。
「アラン殿、素晴らしい指揮でした!」
「あー……そうだな」
英雄の凱旋だと子供の様に目を輝かせるラウルにアランは閉口すると、一つ溜息を吐いて気持ちを切り替えた。
「さあ、前哨戦は終わり、ここからは追撃戦だ! 犬どもに二度と近寄らせないように躾けるぞ!」
意図して若い頃のような乱暴な言葉遣いで兵を鼓舞すると、城門を飛び出して行くのだった。
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※ 43話タイトルを「要塞都市防衛戦」から「要塞都市攻防戦・表」に変更しました。
※ 42話最後に要塞都市攻防戦の結末を数行載せていた物を削除し、44の最後に加えました。




