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オオカミノ国  作者: 十乃字
三章・衝突は必然
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43.要塞都市攻防戦・表

 前話のあらすじ

 レムリア王国軍はアラン殿の指揮の下、要塞都市ブラードにてイヌ族軍を撃退した。


「ぬぅ……。人間共め、亀のように閉じ篭りおって」


 イヌ族の族長、犬獣人ドグマは堅く城門を閉ざした要塞都市ブラードを遠目に眺め、唇を噛みしめた。


 先の戦いでの大勝に酔いしれ、人間たちの死体の埋葬手早く済まて意気揚々と進軍を再開したイヌ族だったが、その前途は堅牢な門に閉ざされていた。


 要塞ブラードが築城されてから百余年。イヌ族のような大部族やオオカミ族のような小部族まで、様々な獣人たちが人間領へと攻め入ったが、『下等な獣に臆する事なかれ』と必ず打って出る王国兵たちの尽力により、その城門はおろか城壁にすら獣人の攻め手が届いたことは一度もなかった――のだが。


「まさか人間共が城から出てこないとはな……」


 ドグマの用意したブラード要塞攻略作戦も、その人間たちの慣例を前提にしたものだった。残る要塞の兵力を引きずり出せれば、今の戦力であれば必ず勝てると。


 獣人領の多くを手中に収めた歴戦の将のそんな思惑は、挑発のために城門前へとイヌ族の先兵を走らせても反応を示さぬ王国兵を前に、変更を余儀なくされていた。


「実はもう兵はいないのでは?」


「いや、斥候の者たちは城内に多数の気配を感じている。どうやら人間共は俺たちに恐れをなして壁から出てこないようだ。作戦を変えるぞ! 皆の者、城攻めだ!」


 副将シヴァの言葉に首を振り、ドグマが部下たちに指示を与える。あわよくば王都まで喰らう腹積もりで始めた王国侵攻である。城攻めも当然考えてはいたのだが。


「本当にこんな装備であの要塞を攻めるつもりですか?」


 イヌ族の戦士たちの前に用意されたのは、鉤爪の付いた縄に組み立て式の巨大梯子、ただそれだけであった。


「これしかないのだから仕方があるまい。大丈夫だ、お前たちならできる!」


 個々が優れた肉体を持つ獣人は、技術をないがしろにしてきた歴史がある。並みの城壁では軽々と乗り越えられてしまうので用を為さず、堅牢な要塞などの築城技術も育たなかった。結果として獣人領に城砦は作られず、当然のように攻城兵器なども存在しなかった。


 自身で白々しく思いながらも、ドグマは兵士たちに発破をかける。


「ドグマ様の命令とあらば!」


 常勝の族長を誰一人疑いもせず、犬獣人たちが要塞都市ブラードへと駆け出した。


「じゅうじ――イヌ族が攻めてきたぞ! 総員迎撃用意! 矢を放て!」


 斥候の獣人には見向きもしなかった城壁上の兵士たちも、土煙を舞い上げて全軍が攻め寄せてくれば話は別だったのか、壁上にずらりと弓兵を並べて一斉に矢を放った。しかしドグマの揃えさせた鉄の盾を前に致命傷には至らず、多くの犬獣人の戦士たちが城壁へと取り付いた。


「縄を投げよ!」


 いち早く鉤縄で城壁を登り始めた犬獣人たちに矢が集まるが、片手で盾を操り器用に身を守りながら登っていく。


「やはり我々獣人は人間よりも優れて……ん? あれは何だ?」


 決死の覚悟で城壁を登る部下たちに気をよくしていたドグマは、もう壁上に手が届く、という時に城壁上に現れた人間の兵器に目を細めた。


 それは、弓矢の弦を引いた状態で固定することで力の弱い人間の子供でも扱えるクロスボウという武器に似ている、とドグマは考察した。だが大きすぎる、とも。


 何人もの人間の兵士が協力して持ち上げたその兵器の矢先が、鉤縄を上る犬獣人の戦士へと向けられた。


「っ!? 危ない、降りろ!」


 歴戦の感か、得体の知れない兵器に城壁に取り付いた戦士たちを纏めていたシヴァが頭上の部下へと声を荒げる。しかしそんな彼の注意むなしく、大きな弓からゴッという鈍い音と共に人の腕程もある矢が放たれた。


「あ? ぐっ!?」


「うわ!?」


 自分が一番乗りだ、と盾の下でほくそ笑んでいた犬獣人は、その衝撃に気づけば縄から手を放し、中空へと身を投げ出していた。続いて縄を上っていた数人をも巻き込み、地面へと叩き付けられた兵士は、鉄盾が杭のような巨大な矢で体に打ち付けられていた。


 戦場に一瞬の静寂が訪れていた。


 先の戦いでイヌ族の躍進を支えた鉄盾。それを打ち抜く人間の兵器を前に、犬獣人の戦士たちも腰が引ける。さらには、


「……嘘だろ?」


 城壁の上にいくつもの巨大弓が姿を見せていた。


 それらが一斉に獣人たちへと矢を放った。


「逃げろ! 全員撤退だ!」


 咄嗟に何人もの部下に庇われたシヴァの指示で、イヌ族は後退する。


後には、鉄盾の下で物言わぬ骸となった犬獣人の戦士たちだけが残されるのであった。



   ◇



「ここまでは矢は飛んでこないのか。矢を惜しんでいる? いや、届かないのか?」


 逃げ延びた部下たちを出迎えたドグマは、要塞から形だけ向けられた巨大弓を見やる。矢を惜しんでいるのであれば攻め続ければいつかは、と考えられるが、もし間違えれば全滅は免れない。ドグマは、正面からの強行突破の道を諦めた。


「今は奴らの方が上手だった。しかし次はそうはいかせん!」


 不安気に向けられる眼差しへ、ドグマは胸を張って指示を出す。


 様子見から始まった戦は膠着し、いつしか夕闇が迫っていた。


「夜襲をかける!」


 それが、ドグマの考えていた王国攻略の切り札だった。



   ◇



 陽が落ち、要塞都市ブラードの城壁上には煌々と松明が灯され黒い空を朱く空を染めるが、その数にも限りがある。


 暗闇に紛れ、気配の無い一画を選んだ犬獣人たちは、鉤縄で音もなく城壁を登っていた。


 今度こそ上手くいく。


 僅かな星明りの中、誰もがそう思った。だが、


「ここにいたぞ!」


 半分も登り切った頃、頭上を明るく照らされ、人間の兵士たちが集まってくる。そして向けられるのは、あの忌まわしき巨大弓。


「何故分かった!?」


 疑問の嘆きを最期に、次々と犬獣人の戦士たちが撃ち落されていく。




 暗闇に朱く浮かび上がる要塞都市ブラード。その中の僅かな暗闇、イヌ族の戦士たちが上っているはずの城壁の足元で赤々と火が上がると、ドグマは夜襲の失敗を悟った。


「皆を引け。夜明けまで休ませてやってくれ」


 一夜にして妙に老け込んだ雰囲気の将は、肩を落として天幕へと引き込んでいくのだった。


 翌朝、負傷者を多数出したイヌ族軍は敗戦により瓦解したふりをして王国兵を誘ったが、幾度もドグマの考えの先を行った彼らがそれに釣られるはずもなく、程なくしてイヌ族軍は敗走の撤退を始めるのだった。


いつも応援ありがとうございます。

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