黒の魂
番外編その2です。
「村はずれには人の魂を狩るグリムリーパーがいる」
これはルルーシェが生まれてから今日までいる村の、誰もが知っている常識だった。グリムリーパーに目をつけられて魂を獲られてしまうなんて御免だと、村の誰もがそこには近づきもしない。ルルーシェもそれに外れず、出来るだけ村はずれの森には立ち入らないようにしていた。
そんなルルーシェが、自らの意思で森に入ったのは理由があった。
―――グリムリーパーに、ある人の魂を狩ってもらいにきたのだった。
まだ日が照っている時間なはずなのに、森に入ってからなんだか薄暗い。ルルーシェは、背中に妙な汗が流れるのを感じた。
ここまで来るのにどれだけ悩んだろうか。一度視線を落としかけていたルルーシェは、それでも前を向いた。
(あの女が悪いのよ……。私は悪くないわ)
ルルーシェは、手に持った籠を強く握りしめた。
ルルーシェには、婚約者がいた。同じ年頃の異性が二人そろえば、それだけで婚約するのが、この村での暗黙の了解だった。しかしルルーシェは幼馴染だった彼の婚約者になれてとても喜んだ。なぜなら彼はルルーシェの初恋の男の子だったからである。
そばかすの散った顔が子供っぽくて、親になんども白粉をねだったのを彼は知り、それがルルーシェのチャームポイントだと撫でてくれたのがきっかけだった。きっかけはささいなことだけれど、ルルーシェのなかの小さな世界では大きな出来事だった。
婚約者として、デートを数回重ねた。村の奥にある野花が咲き乱れた小さな丘での初めてのキスは、今でも忘れられない。
ルルーシェは浮かれていた。それがあだとなったのかもしれない。
―――彼がほかの女に懸想している、そんな話を友人のマフィから告げられたときは、なにかの冗談かと思っていた。その相手が、ルルーシェよりも年上の薬売りの女であるということも、冗談だと決めつける要因の一つであった。
というのも、薬売りの女は、まだ寒い季節に忽然と姿をけした女性である。父親を亡くしてひとりでいきてきた彼女は、それでも今になってつらさに耐えきれず後を追った、だとか、男を見つけ駆け落ちしたとか、どれも信憑性に欠ける噂話がつきまとっていたのだ。
そんな彼女に、彼が懸想するはずがない。なにしろルルーシェにとって年上であるということは、彼にとっても年上の女性であるし、そもそも二人が話しているところを見たことがなかったのである。
マフィからそんな笑える話を仕入れてきたのだと彼に伝えるべく、ルルーシェは彼の家へと向かった。
さっそく彼にその与太話を聞かせてあげると、彼の顔色がさあっと青くなった。ルルーシェは自分の耳が信じられなかった。……彼がポツリポツリとルルーシェに聞かせたのは、噂と相違ない話であったのだ。
いわく、ずっと彼女に片思いしていた、と。
彼女には同じ年頃の男性がいなかったから、どこかの町の男性が見初めるまで想っていようとしたこと。
彼女がいなくなって、心配で夜も眠れないこと。
……ルルーシェを、そういう目で見れなかったが、婚約者としての義務を果たそうとしたこと。
―――ルルーシェは自分の小さな世界にひびが入る音が聞こえた気がした。
ルルーシェは泣かなかった。ベッドでぼうっと過ごす日が増え、両親や、マフィがいろいろと気遣ってくれるのにも一切反応を示さなかった。
ルルーシェは考えていたのだった。いつしかその思考は、薬売りの女性への憎しみに染められていった。
あの女さえいなければ。あの女がいたから、彼はルルーシェを見てくれなかったのだ。あの女さえ……。
「村はずれには人の魂を狩るグリムリーパーがいる」
その時、閃いたのだった。そうだ、グリムリーパーにあの女の魂を狩ってもらおう、と。