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せめて電話してから  中編

 おねーちゃんほしー。


「るんるんる~。うだうだうだーい」

「……なんなんだその歌は。そして菜保、人んちのキッチン使って何をやってる?」

「いまのをイングリッシュで?」

「What are you doing?」

「あいあむ、くっきんぐ」


 リスニングのお手本になりそうなくらい完璧な英語を披露したのにジャパニーズイングリッシュで返してきやがった。

 

 見ためは風邪っぴきでも、本当は漁に出掛けられそうなくらい元気が有り余っている俺。看病すると張り切っている菜保なほが心配で見に来てしまったのだ。

 おっと、勘違いしないでほしい。菜保が手を切らないか、ヤケドをしないか……そんな心配をしているんじゃない。毎日姉ちゃんが掃除していつもピカピカの台所が、菜保の手によってヘドロの海と化さないか、それが心配なのだ。


 以前ハムスターを飼っていた時、ペットボトルに入れていたエサのヒマワリの種に蛾の幼虫が湧いたことがあった。

 おぞましい生物の巣窟と化したペットボトルを見た姉ちゃんは絶叫し、しばらく俺と一緒でないと眠れなかった。ひとりだと、夢にうにゅうにゅとくねる蛾の幼虫が出てきてしまうらしい。


 あの姉ちゃんの添い寝は二度とゴメンだ。姉ちゃんだってトラウマを増やしたくはないだろう。

 菜保をちゃんと見張っておかなければ。


「ねぇ駿介しゅんすけ-。なんだか火がすごいんだけどー」

「いきなりか! 俺だってコンロからこんなデカい火柱が上がるトコ見たことねぇよ! 怖えぇ……近づきたくねぇ」


 さぁ皆様ご覧あれ。燃え盛るこの火の中を、ライオンが通り抜けてみせましょう。……サーカスのワンシーンのようだ。業火が、家庭用コンロからすさまじい音を立てている。

 近くにあったまごの手でどうにかしてつまみを弄り、火はどうにかおさまった。


「じゃあ火使うのはやめよう。やっぱり風邪にはビタミンだよね、お野菜とかテキトーに切って……こうして、こうしたら…………」

「生!? 生なんだ」

「なんでも生がイチバン」

「分厚く切った玉ねぎを生で食えと? かたーいサツマイモを生で食えと? そしてなんで今の時期ゴーヤがあるんだ!?」

「ゴーヤ、嫌い?」

「いや好きだけど……でも、ゴーヤは生で食えるもんじゃないと思うぞ?」


 しぶしぶとゴーヤを冷蔵庫にしまう菜保。春なのになぜゴーヤが家にあったのかは疑問だが、深く考えないでおこう。

 改めてシンクに向き合った菜保は分厚い玉ねぎをできるだけ薄く切り始め、サツマイモも細かく切った。たどたどしい手つきで、見ているとハラハラした。


「あ、たんぱく質もとらないとね。なんかあるー?」

「たしか豆腐があったと思うんだけど…………」

「わおぉ。マグロのお刺身はっけーん! コレをコーラでグイッといくとたまらなくおいしーんだよねー」

「いや、その刺身は昨日の残りで、今日俺が食べるつもりで」

「うほほーい! なにげにチーズおかきがあるじゃーん。ちょ、駿介の家の冷蔵庫ってすごいね。素晴らしいね」


 落ちつけ。

 これ以上冷蔵庫をひっかきまわされたらたまらないので、菜保の腕をホールドする。酔っぱらいのオヤジみたいにギャンギャン騒ぐ菜保。オイ、一応俺は風邪っぴき(演技だけどな)なんだぞ。そこ忘れてないか。


「菜保、お前は料理しないほうがいい。俺にとっても、お前にとっても。……それから俺の姉ちゃんにとっても」

「またまたぁ。せっかく彼女がゴハン作ってくれるんだよ? 見ておきなさい! あたしの華麗な包丁さばきを! 思わず見とれてしまうようなフライパンさばきを!」

「危なっかしい包丁さばきをか? サルのほうがまだマシだと思えるほどのフライパンさばきをか?」

「酷いなぁ……酷いよ、うん」

「どれくらい酷い?」

「街角で配ってるチラシを受け取ってくれない人みたいに酷い」


 ……あぁ、バイトしてるんだ。ウチの学校バイト禁止だけど。まぁ黙っておいてやろう。


「頼む菜保。見ている俺のほうも疲れるんだ。野菜、まだ調理してないから、ビニール袋に入れて冷蔵庫に入れておいてくれ。……俺のほうもあんまり食欲ないんだ。たぶん食べたとしてもすぐ吐いちまうし」

「あー風邪になると吐いちゃうタイプなんだ駿介って」

「まぁ……うん。とりあえずビニール袋に入れて、野菜室にインしといてくれ」

「あいあいさー」


 これくらいはできるらしい。チョチョイとビニール袋に野菜を投下し、冷蔵庫の野菜室に投げ込んだ。バスケの選手がシュートを決めるみたいに入れたのは褒めにくいが、大目に見よう。


「菜保、俺によくなってほしかったらスルメを置いて帰ってほしいんだが……」

「あ、スルメ。そうだスルメいっしょに食べよー! あとテレビ見ていい? 吉本始まるんだよねー」


 もう聞いちゃいない。

 心底呆れた俺の耳に響いたのは、聞きなれたあの声だった。



「たっだいまぁ~!」


 げ、姉ちゃんだ。

 続く

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