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喪喪太郎  作者: 茨城真珠
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喪喪太郎 第一話

喪喪太郎 第一話

 喪喪太郎は激怒した。

 必ず、かの暴虐の鬼を除き、平穏な暮らしを取り戻さねばならぬと決意した。喪喪太郎は村のニートである。毎日夜に起きて朝に寝ていた。けれども、権力に対しては人一倍に敏感であった。喪喪太郎には父も、母もない。女房もない。齢80の祖母と二人暮らしである。

 今日未明、喪喪太郎が床に着こうと言う時、お婆さんの怒号が村に轟いた。「喪喪太郎!来なさい!」

 喪喪太郎は、これは只事ではないと急いでお婆さんの元へ向かった。

 窓格子からは朝日が差し込み、居間を照らしている。しかし、お婆さんの顔は朝日の悪戯か、明暗がくっきりと分かれており、囲炉裏の火は窓から入ってきた初夏の風でゆらっと揺れていた。

「喪喪太郎、座りなさい」お婆さんが皺だらけの顔に、更に皺を寄せて言うと、喪喪太郎は不貞腐れた顔をしながら、囲炉裏を挟んでお婆さんの正面にしぶしぶと座った。

「喪喪太郎、我が家はこれ以上、労働しないお前を養うことができないよ」お婆さんは優しく、しかし威厳を持ってそう言った。

「ふざけんな!ババア!じゃあ、死ねってのかよ!」喪喪太郎は声を荒げた。

「近頃、鬼が村々を襲って金品を奪っていくのさ。そのせいで年金は減らされ、我が家は食うのもままならない。働かない喪喪太郎を養うことはできないんだよ」

 火先の陽炎は空間を歪めているかのように見えた喪喪太郎は目を擦った。

 パチッ、火種の音で、お婆さんはチラと囲炉裏を見た。

 ふいに、喪喪太郎は激怒した。「呆れた鬼だ。生かしておけぬ」

 しかし、桃太郎は労働したくなかった。

「それにしても、子供を養えずして何が祖母だ!」

「黙りなさい、喪喪太郎」お婆さんは顔を挙げて報いた。「鬼の所業に関わらず、働かない者には、そもそも食べる権利なんてないの!それにあなた、もう32歳でしょ!何が子供よ!」

 喪喪太郎は脂ぎった長髪を乱しながら、頭を激しく掻いた。すると、囲炉裏の灰にふっと息を吹いたかの如く頭垢が舞い散った。

 喪喪太郎は眉間と額に満身の力を込めて、深い皺を刻んだ。その顔は怒りで紅潮し、所々束になった髪の間から覗かせる頭皮には、幾つもの赤い線が刻まれていた。

「利口なババアだ。我が孫より自分の命が惜しいとは!では、この喪喪太郎を切り捨てるがいい!ただ...」と言いかけて、桃太郎は手遊びを始め、瞬時躊躇い「ただ、私に情けをかけたいつもりなら、勘当までに一年の日限を与えてください。その間に鬼を討ち果たしてみせます。それができたら、また養ってください。頼む、そうしてください」

「馬鹿な」とお婆さんは嗄れた声で低く笑った。「とんでもない事を言うね!ニートのお前が鬼を倒せるとでも?」

「そうです。倒せるのです」喪喪太郎は必死に言い張った。

「いいでしょう、鬼と戦って来なさい。どうなったにしても、私の望みは叶えられます」

 桃太郎は家を出た。初夏、満天の星である。

 鬼ヶ島までは森一つと、山一つを越えて行かねばならなかった。喪喪太郎は手始めに森へ入ると、袋一杯に色とりどりのキノコと妖しげな形の草を詰めて、満足気に一度家へ帰った。

 家へ帰ると喪喪太郎はお婆さんを叩き起こした。「団子を作れ!ババア!」

 「何言ってるの喪喪太郎!この家に小腹を空かせたお前に食わせるための餅米なんて、ありはしません」既に床についていたお婆さんは、怪訝そうに、しかし驚きと怒りを隠さずに言った。

「俺が食うんじゃねえよ!勝手に決めんなや!鬼退治に使うんだよ!だからこれも約束のうちだろうがよ!」喪喪太郎は口早に捲し立てた。

 お婆さんは懐疑の眼で喪喪太郎を一瞥すると、哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。

 喪喪太郎は団子を作るお婆さんを傍目に、森で採ってきたキノコと草を細かく刻み、それを団子に混ぜよと言ってお婆さんに渡すと、ほくそ笑んで床についた。

 翌る日の夕刻、喪喪太郎は跳ね起きた。南無三、ババアは果たして団子を成しただろうか。と思いながら居間へ向かうと、囲炉裏の側に袋に詰められた団子が置かれていた。喪喪太郎はその団子袋を腰に付けた。

「おい!ババァ!」喪喪太郎は叫んだ。

「何?団子なら作ったわよ?」お婆さんは夕食をこしらえながら平然と返したが、台所に置かれた茶碗や皿が一人分であったことが、喪喪太郎に哀怒絡み合う感情を生起させた。

「団子じゃねぇよ!刀がねぇだろ!普通分かるだろ!刀無しで鬼と戦えるわけねぇだろうが!家にある刀出せや!馬鹿かよ!」

 部屋にはトントントントンと包丁が鳴る音だけが響いていた。

「駄目よ。あの刀は村の英雄の刀なのよ?」

「知ってるわ!馬鹿かお前?それ持ってこいや!」

「馬鹿はあなたよ。お爺さんの刀をあなたに渡せるわけないでしょ?どうせあなた質屋にでも持って行くつもりでしょ?」

 喪喪太郎は悔しさのあまり地団駄踏んだ。「はあ?なわけねぇだろ!お前マジふざけんなや!いいから寄越せや!」

「分かったわ喪喪太郎。泣け無しのお金で新しい刀を買ってあげます。それで文句はないでしょう?」

 喪喪太郎は一瞬静かになった。しかし、次の瞬間に声を荒げると、囲炉裏の火は喪喪太郎の怒声に驚いたかのように一段跳ねた。

「ざけんなや!じゃあ桃太郎祐定売って、童子切安綱か鬼丸国綱買って来いや!」

「馬鹿をおっしゃい。打刀で十分事足ります」

「じゃあお前、クソ刀で俺が死んでもいいんだな?」

「いいわよ」お婆さんは即答した。

 喪喪太郎は渾身の力を身体に込めて、床を踏み鳴らす。バンバンバンと一度、二度、三度。その度に囲炉裏の灰が舞う。喪喪太郎が四度目に床を踏み鳴らすと、思いのほか大きな反動が足裏を襲い、喪喪太郎はたまらず「ウグゥ」と情けのない声を漏らした。鮮烈に襲った鈍い痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、それを悟られまいと地面にへたり込み、「くぁwせdrftgyふじこlp」と咆哮した。

 その声にならない音は、鴉の鳴き声と混ざり合って、夕焼の空へ溶けた。

 お婆さんは何も言うことなく食事をすませると、寝室へと引き上げる。喪喪太郎は顔を小一時間床に伏せられたまま動かなかった。

 お婆さんは喪喪太郎が悔しさのあまり動かないのだと思っていたが、喪喪太郎は待っていた。日付は変わり、外では弓張月が朧げに村の家々の輪郭を照らし出していた。

 喪喪太郎は床を蜘蛛の如く這いつくばりながら、ソソソソソソと這いずる。僅かに漏れる布の擦れる音、床板の軋みは木兎の声の前に消える。やがてお婆さんの寝室の前に辿り着くと、そのふすまにゆっくりと手をかけ、開ける。

 慎重に、慎重に。喪喪太郎は音を立てない。吸う息は鼻から自然に入ってくる分だけを、吐く息は空気に溶かすように。半刻程の時をかけふすまを開けた。

 ソソソソソソ。早く、静かに。しかし、喪喪太郎は急いでいなかった。蛇蝎を思わせる滑らかな動きで箪笥の元へ。

 喪喪太郎は下段の引き出しをゆっくりと開ける。音はたててはならない。

 ギシィ、しかし、古びた箪笥は唐突に音を立てた。

 ドクン、ドクン、喪喪太郎の心の臓はその存在を誇示するかのように脈動を刻む。

 喪喪太郎の背筋に冷たいものが走る。背後に、人の気配を感じるのだ。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 喪喪太郎はゴクリと息を呑んだ。そして、自分でも何故かわからぬような、何か不思議な力によって、喪喪太郎は背後を振り返った。

 喪喪太郎の背後にあったのは自分の影だった。その影はどこか威風堂々とした輪郭をしていて、「落ち着け」とそう語りかけてくるかのようだった。

 弓張月の寂光が障子を透かし、喪喪太郎の頬をそっと撫でると、喪喪太郎の心の臓は正確な時を刻み出した。

 喪喪太郎はゆっくりと振り返ると、再び箪笥に手を伸ばす。もう一度、箪笥が鳴った。まるで中で何かが抗うように。

「……ふっ」

 喪喪太郎の口元がわずかに歪んだ。

 怖れているのではない。むしろその逆だった。喪喪太郎は“音が出たこと”そのものに、手応えのようなものを感じていた。

 次の瞬間、喪喪太郎は引き出しを一気に開け放つ。

 バンッ、と乾いた音が夜を切った。

 そこにあったのは刀でも、金でもない。古びた包み。喪喪太郎はそれを見下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

「……やっぱり、ここか」

 喪喪太郎は包みを懐に仕舞うと、箪笥を閉めることなく、ソソソソソソと部屋を出た。

 喪喪太郎はその勢いのまま家の外に出ると、包みを開けた。すると、拳程もある大きな鍵が出てきた。喪喪太郎は雲に遮られた僅かな月明かりを頼りに鍵を見つめるが、この鍵に合うような錠前を見た記憶はなかった。

 南無三、手詰まりか。アテが外れた。喪喪太郎は大きな舌打ちをした。その音は夜の静寂に不自然な程に響いた。

 その時、森を抜けた柔らかな夜風が村を悠々と通り抜けた。

 カチャン、風に揺られた何かが音を立て、喪喪太郎はその方向を見た。

 大きな納屋、それは喪喪太郎が幼少の頃より近づいてはならぬと言われていた場所だった。お婆さん曰く「かつて、英雄が鬼を捕え、この納屋に幽閉している」とのことだった。

 喪喪太郎がそれを嘘だと分かる年頃になった頃には家に引き篭もるようになっており、今まで納屋の存在など気にも留めてこなかったのは、半ば必然であった。

 喪喪太郎は納屋に近づくと、その扉に架けられた大層大きな錠前に鍵を差し込んだ。すると、鍵はまるで吸い寄せられたかのように錠前の中へ入っていく。喪喪太郎が鍵を回すと、ギチャンと大きな音を立て、錠があいた。

 喪喪太郎は恐る恐る納屋に入った。しかし、納屋の中には何もない。暗闇の中で手探りで何かないかと動き回るが、物どころか棚すらない。喪喪太郎は再び大きな舌打ちをした。次の瞬間、喪喪太郎の舌打ちに呼応するかのように、雲間から月光が差し込み、納屋に一筋の光を這わせた。

 喪喪太郎が光の先を見ると、そこには一枚の紙が壁に貼り付けてあった。

 喪喪太郎は急いで壁まで駆け寄ると、その紙には「鬼門、裏鬼門に集いし四神。我がお供の犬の歯二つ、我がお供の雉の羽二つ、我がお供の猿の尻二つ。我と国一番の武士を除けば、皆三つ子や四つ子。私は国一番の武士に比肩する。我が愛刀"桃太郎祐定"そこに眠る」と記されていた。

 喪喪太郎は納屋を出ると扉を閉め、ギィィー、バンという音と共に、喪喪太郎は村の中を駆け出した。

 不可思議なことに喪喪太郎は暗号を瞬時に解読していた。

 喪喪太郎はまごうことなき、クズであった。

 喪喪太郎は少しばかり走ると、猛烈に息を切らし、ゼーゼーと言いながら地面にへたり込んだ。うつむくその背中に、雲間を抜けた月明かりが突き刺さる。

「ヒントは特殊な形であること...」喪喪太郎は唐突に語り出した。辺りには人の姿はない。

「鬼門と裏鬼門とは北東と南西のこと、四神とはつまり東西南北」喪喪太郎は息も絶え絶えだった。「犬の歯と雉の羽根と猿の尻は色を示している。つまり白二つ、緑二つ、赤二つだ。」喪喪太郎はとめどなく溢れる額の汗拳で拭った。

「これだけじゃ何のことだか分からねーが、さっき言った文字を整理すれば、『東東南南西西北北白白緑緑赤赤』になる」

 フー、と喪喪太郎は大きく息を吐いた。「あの暗号の示すもの、それは麻雀!そして、その役。その役とは字一色の七対子だ。その証拠に国一番の武士に比肩するって書いてある。国一番の武士とはつまり国士無双のこと。国士無双と並ぶってことは同じ役満の字一色で決まりだぜ!」

 喪喪太郎は天に輝く弓張月を見つめると、立ち上がった。

「せやかて、なんで字一色・七対子やないとあかんのや?別に漢字だけで構成されとるってことを伝えたいんやったら、七対子にする必要ないやんけ」喪喪太郎は何故か唐突に大坂訛りで話し出した。

「バーロー、和了形を考えてみろよ。七対子じゃねえ字一色ってことは同じ牌を三つ集めて作る暗刻か明刻だけってことだろ?そういう時に出来ることがあんだろ?」

「暗槓と明槓か!」

「ああ。同じ牌を四つ集める槓を否定するには七対子しかねえってわけだ」

「なるほどな。そこまでするっちゅうことは、狙いは....」

「文字数の固定」その言葉は、喪喪太郎の頭の中では二人で同時に話しているつもりだった。

「けど、分からんなあ。なんで十四文字にしたかったんや?」喪喪太郎はわざとらしい大坂訛りで言った。

「いや、十二文字だ」

「そうか!白や!麻雀で白は字牌として扱われるけど、実物は何も書いてへん!」

「ああ。あのダイイングメッセージが俺の推理通り"十二の漢字"ってヒントを示すものだとするなら、お前も見たことあるはずだぜ?」

「戒名。やな?」

「ああ」

「なるほどのお、それにしてもよう考えられてんな」

「ああ。それにこれは俺の勘だけど、七対子の形にしたのはもう一つ理由があったと思うぜ?」

「なんや?その理由っちゅうのは?」

「字一色の和了形で一番美しいのが七対子だから」喪喪太郎はそういうと月を見上げた「だと、思うぜ...」そう言い切ると喪喪太郎は、「この天下で汝の愛を、手中に収めし者、舞踊する灯火見つめて忘れじ、嗚呼、謎が解けてゆく。汝は未だ...」などと訳の分からぬことを言いながら歩き出した。

 喪喪太郎は家へ帰ると、お爺さんの仏壇を蹴り壊した。すると中には三尺を超える一振りの太刀が入っていた。

 喪喪太郎が太刀を鞘から抜くと、互の目乱れの波紋は月明かりを吸い込んでいるかのようの存在感を纏っていた。反面、喪喪太郎の瞳はどこか薄暗かった。

 時に残月、光、冷ややかに、白露は地にしげく、家間を渡る初夏の風は、既に暁の近きを告げていた。

続きはまた書きます。

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