第2話 君の声が聞こえた日
退院してからの僕は、まだこの世界にうまくなじめずにいた。
なるべく人のいない時間を選んで、公園へ足を運ぶ。
風にそよぐ木々の音だけが、僕のかわりに何かを語っているようだった。
誰もいないベンチに座って、そっと目を閉じる。
そして、小さな声で歌を紡ぐ。
――まるで祈るように。
それは、僕が唯一、自分らしくいられる時間だった。
誰にも届かなくていい。
自分の奥にだけ響いてくれれば、それで良かった。
でも、その日だけは違った。
「……きれいな、声」
その言葉が、空気をふるわせた。
はっとして顔を上げると、そこに女の人が立っていた。
やさしげな目をして、僕の歌に耳を傾けていた。
綺麗なんて……そんな風に言われたことなんて、なかった。
僕の声は、ただ痛みと傷だけを運んできたものだったから。
思わず立ち上がって、その場を離れた。
なにも言えなかった。呼吸がうまくできなかった。
ただ、遠ざかる足音だけがやけに大きく響いていた。
また、怖くなってしまった。
僕の声を好きだなんて、どうしてそんなことが言えるんだろう。
――そんなはず、ないのに。
***
(視点転換/彼女)
あの日、偶然通りかかった先で、誰かが飛び降りたと騒いでいた。
ストレッチャーに横たわる少年。
あまりに綺麗な顔立ちに、思わず息を呑んだ。
でも、それ以上に感じたのは、
彼の姿が、あまりにも儚くて、消えそうだったこと。
「どうして、こんなに綺麗な子が……」
その日から、ずっと彼のことが頭から離れなかった。
数日後、いつものように公園を歩いていると、
どこからか、歌声が聴こえてきた。
風に乗って届く、透明で、優しくて、切ない歌。
まるで、水面にひとしずく落ちるような、静かな響きだった。
声の方へそっと歩いていくと、
そこには、あの日の少年がいた。
ベンチに座って、目を閉じて、ひとりで歌っていた。
あの時の傷も、苦しみも、
まるでなかったかのように。
……でも、背中はどこか寂しそうだった。
「すみません」
そう声をかけた瞬間、
彼ははっとしたように立ち上がり、何も言わずに去ってしまった。
でも、あの声が耳から離れない。
きっと彼は、本当は誰かに気づいてほしいと思っていた。
……あの歌には、そんな祈りがこもっていた気がした。




