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誰にも届かなかった僕の声が、君にだけ響いた。  作者: ひとひら


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第24話 家に居場所がなかった僕は、唯一「おかえり」と言ってくれた彼女の部屋で光を取り戻した

「ねえ、零くん」


「ん?」


「もう一週間くらい、ずっとここにいるよね」


心音さんが優しく言う。


「実家、大丈夫? そろそろ顔出した方がいいんじゃない?」


その言葉に、僕の手が止まった。


「……そうだね」


実家。

義理の両親がいる場所。

でも、もう「家」という感覚がない。


「……明日、行ってみようかな」


「うん。着替えとかも取ってきた方がいいしね」


心音さんが笑う。


「でも、夜にはちゃんと帰ってきてね。ここに」


「……うん」


僕は小さく頷いた。



夕食を作り終えて、二人でテーブルに向かい合う。


「いただきます」


温かいスープ。焼きたてのパン。

二人で作った料理は、いつも特別な味がした。


「美味しい」


「でしょ? 零くんの切った野菜、大きさが揃ってて綺麗」


「心音さんに教えてもらったから」


僕たちは笑い合った。

こんな日常が、こんなに幸せだなんて。

でも、明日実家に帰ると思うと、少し胸が重かった。



心音さんがお風呂に入っている間、僕は部屋の隅でスマホの録音アプリを開いた。

声日記をつけるためだ。

録音ボタンを押す。



「最近、心音さんの部屋にずっといる。

もう一週間くらい、実家に帰ってない。

明日、久しぶりに帰ることになった」


声が少し暗くなる。


「……正直、帰りたくない。

でも、着替えとか取りに行かないといけない」


深く息を吸う。


「僕がいなくても気づいてないかもしれない。

どうせ、興味もないんだろうな」


胸が締め付けられる。


「でも……心音さんがいる。

心音さんは、いつも『おかえり』って言ってくれる。

一緒に料理して、一緒に笑って、一緒に眠る」


声が震える。


「もし、心音さんがいなかったら……

僕はもう……」


それ以上は言えなかった。

涙が溢れそうになって、僕は録音を止めた。



翌日の午後。

僕は久しぶりに実家の前に立っていた。

心音さんに見送られて、電車で30分。

見慣れた家の前。

でも、帰ってきた気がしなかった。

深く息を吸って、ドアを開ける。


「……ただいま」


小さな声で言ったけれど、返事はなかった。

靴を脱いで廊下に上がる。

リビングから、テレビの音が聞こえる。


「ただいま」


もう一度、少し大きな声で言った。


「あ、零? おかえり」


義理の母が、テレビから目を離さずに言った。

それだけ。

僕を見ない。

「どこにいたの?」とも聞かない。

ただ、確認しただけ。


僕は何も言えずに、自分の部屋に向かった。

部屋に入って、ドアを閉める。

変わらない部屋。

でも、どこか他人の部屋みたいだった。


ベッドに座って、スマホを見る。

心音さんからメッセージが来ていた。


「無事に着いた? 夜ご飯、零くんの好きなカレー作って待ってるね」


その言葉に、胸が温かくなった。

着替えをバッグに詰めながら、下の階から声が聞こえてきた。


「零、最近帰ってこないわね」


義理の母の声。


「そうだな」


義理の父の声。

僕は手を止めて、聞き耳を立てた。

もしかして、心配してくれてるのだろうか。


「どこに行ってるのかしら」


「さあな。友達の家とかじゃないか」


「そうね」


それだけだった。

それ以上、何も言わない。

ただ、事実を確認しただけ。


僕の手が震え始めた。

胸が、苦しい。


やっぱり、僕のことなんてどうでもいいんだ。

いなくても、気にならない。

どこにいても、関係ない。

僕は、この家にいらない存在なんだ。


涙が溢れそうになって、僕は慌ててバッグを閉じた。


もう、いられない。

ここにいたら、壊れてしまいそう。


僕は部屋を出て、階段を降りた。


「あ、もう出るの?」


義理の母が驚いたように言う。


「うん……友達のところに泊まるから」


「そう。気をつけてね」


それだけ。

「どこに泊まるの?」とも聞かない。

「いつ帰ってくるの?」とも聞かない。


僕は何も言えずに、玄関を出た。

ドアを閉めた瞬間、涙が溢れた。


寒い。

寂しい。

苦しい。


僕は震える手でスマホを取り出して、心音さんに電話をかけた。


「もしもし、零くん?」


心音さんの声が聞こえた瞬間、僕は声を出せなくなった。


「零くん? どうしたの?」


「……今から、行ってもいい?」


やっと絞り出した声は、震えていた。


「もちろん。待ってるよ」


「……ありがとう」


電話を切って、僕は駅に向かって走った。

心音さんの部屋のドアを開けると、温かい香りが広がっていた。

カレーの香り。


「おかえり、零くん」


心音さんが玄関まで出迎えてくれた。

その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが決壊した。


「心音さん……」


涙が止まらなくなった。

バッグを落として、その場に崩れ落ちそうになる。

心音さんが駆け寄って、僕を抱きしめてくれた。


「零くん……」


「誰も……」


言葉にならない。


「一週間帰ってなかったのに、誰も心配してくれなかった。

『おかえり』も言ってくれなかった。

どこにいたかも、聞いてくれなかった」


声が震える。


「僕、いなくてもいいんだ。

あの家には、僕の居場所なんてないんだ」


心音さんが、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。


「零くんの居場所は、ここにあるよ」


「心音さん……」


「ここが、零くんの家だよ。

私が、零くんの『おかえり』を言うから」


その言葉に、僕はもっと泣いた。

子供みたいに、声を上げて泣いた。

心音さんは何も言わずに、ただ抱きしめてくれた。

ずっと、ずっと。

僕の震えが収まるまで。

涙が枯れるまで。



どれくらいそうしていただろう。

やがて、僕は少しずつ落ち着いてきた。


「……ごめん」


「謝らないで」


心音さんが優しく言う。


「零くん、辛かったね」


「……うん」


「もう大丈夫。ここにいていいよ。ずっと」


心音さんが僕の髪を撫でる。


「カレー、まだ温かいよ。食べよう?」


「……うん」


僕たちは立ち上がった。

テーブルには、温かいカレーが用意されていた。

湯気が立ち上っている。


「いただきます」


「いただきます」


一口食べると、温かさが身体に染み渡った。


「美味しい……」


「よかった」


心音さんが微笑む。


「零くん、今日からまたここにいよう。

実家には、必要な時だけ帰ればいい」


「……でも」


「でも?」


「僕ばっかり、甘えてて……」


心音さんが首を横に振る。


「甘えていいの。それが、愛するってことでしょ?」


その言葉に、僕の目がまた潤んだ。


「ありがとう……」


「うん」


心音さんが僕の手を握ってくれた。

食事を終えて、二人でソファに座る。

心音さんが僕の頭を膝に乗せて、髪を撫でてくれる。


「零くん」


「何?」


「辛い時は、いつでも言ってね。

一人で抱え込まないで」


「……うん」


「私、零くんのこと、ずっと見てるから」


その言葉に、僕は目を閉じた。

温もり。

優しさ。

安心。

全部、ここにある。


その夜、僕は心音さんの腕の中で眠った。



心音さんがいる場所が、僕の居場所。 


暗闇の中で、心音さんの優しい寝息が聞こえる。


僕は、愛されている。

必要とされている。

その実感が、僕を満たしていく。

明日からも、ここで生きていく。

心音さんと一緒に。

ずっと、ずっと。



ある夜。

窓の外では、冷たい風が街路樹を揺らし、白い息が出そうなほど空気が澄んでいる。

遠くのビルの明かりは、凍るような空気の中で少しぼやけて見えた。

部屋の中は暖房であたたかく、外との温度差で窓ガラスがうっすら曇っている。


「名前のない歌」を投稿してから、三週間。

気づけば再生数は500を超えていた。


「零くん、すごいよ! もう500回も再生されてる!」


心音さんが興奮気味に言う。

僕たちはソファに並んで座り、スマホの画面を見ていた。


Re:Voice - 名前のない歌再生数:537コメント:28

「コメントも増えてる……」


僕は震える指でコメント欄を開いた。


『この歌に救われました』

『声が透明で美しい』

『もっと聴きたいです』


温かい言葉が並んでいる。


でも、その中に、少し違うコメントも混じっていた。


『Re:Voiceさんって、どんな人なんだろう?』

『顔出ししないんですか?』

『性別が気になる……男性? 女性?』

『もっと情報知りたいです』


僕は息を呑んだ。


「零くん……」


心音さんが心配そうに僕を見る。


「大丈夫?」


「……わからない」


僕は正直に答えた。


「嬉しいけど、怖い。……こんなに注目されると思わなくて」


「無理しなくていいよ。零くんのペースで」


心音さんが僕の手を握る。


「顔を出すも出さないも、全部零くんが決めていい。

誰も、零くんに強制なんてできないから」


その言葉に、少しだけ落ち着いた。


「……まだ、顔は出せない」


「うん」


「名前も、性別も、何も言いたくない」


「それでいいよ」


心音さんが優しく微笑む。


「Re:Voiceは、声だけの存在でいい。

それが、零くんの選んだ形なんだから」


僕は心音さんに頭を預けた。


「ありがとう……」


「うん」


スマホを置いて、僕は目を閉じた。

嬉しい。でも怖い。

この矛盾した感情を、どう処理すればいいのかわからない。


「ねえ、零くん」


「ん?」


「次の歌、作る気になった?」


心音さんが静かに尋ねる。


「……うん。少しずつ、考えてる」


「どんな歌?」


「まだわからない。でも……」


僕は少し考えて。


「心音さんのこと、歌いたい」


「え?」


心音さんが驚いて僕を見る。


「僕を救ってくれた人のこと。

一緒にいてくれる人のこと」


「……恥ずかしいよ」


心音さんが顔を赤くする。


「でも、本当だから」


僕は心音さんの手を握り返した。



それから数日後の週末。

心音さんの部屋のチャイムが鳴った。


「はーい」


心音さんがドアを開けると、そこには結音ちゃんが立っていた。


「お姉ちゃん、来たよー」


「結音! 連絡くれれば迎えに行ったのに」


「大丈夫。一人で来れるもん」


結音ちゃんが部屋に入ってくる。

僕を見て、軽く会釈した。


「水無月さん、こんにちは」


「こんにちは、結音ちゃん」


「ちゃん付けされると照れるから、結音でいいです」


結音ちゃんが少し頬を染める。

心音さんが笑いながら、お茶を用意し始めた。


「結音、今日はどうしたの?」


「ううん、別に。お姉ちゃんに会いたくなっただけ」


結音ちゃんがソファに座る。


「それに、水無月さんにも会いたかったし」


「……僕に?」


「うん」


結音ちゃんが真剣な顔で僕を見る。



三人でテーブルを囲んで、お茶を飲む。

しばらく他愛のない話をしていたけれど、結音ちゃんが突然言った。


「……お姉ちゃん、すごく幸せそう」


「え?」


心音さんが驚く。


「だって、表情が柔らかくなった。前より、よく笑うようになったし」


結音ちゃんが優しく微笑む。


「水無月さんと一緒にいるようになってから、変わったよね」


心音さんが少し照れくさそうに俯く。


「……そうかな」


「うん。お母さんも言ってた。

心音は、水無月さんに出会えてよかったねって」


その言葉に、僕は胸が温かくなった。


「僕も……心音さんに出会えて、本当によかったと思ってます」


僕が言うと、結音ちゃんがじっと僕を見つめた。


「水無月さん」


「はい」


「……お姉ちゃんのこと、ずっと大切にしてね」


結音ちゃんの声が、少し震えている。


「お姉ちゃんはね、お父さんが亡くなってから、ずっと一人で頑張ってきたの。

私やお母さんを支えて、自分のことは後回しにして」


「結音……」


心音さんが小さく呟く。


「だから、やっとお姉ちゃんが幸せそうにしてるの見て、私すごく嬉しいの」


結音ちゃんの目が潤んでいた。


「だから、お願い。お姉ちゃんのこと、ずっと大切にしてあげて」


僕は真剣な顔で頷いた。


「当然です」


「零くん……」


「心音さんは、僕の大切な人だから」


僕は心音さんを見る。


「心音さんがいなかったら、僕はここにいなかった。

だから、僕が今度は心音さんを大切にする。ずっと、ずっと」


心音さんの目から、一筋の涙が落ちる。


「零くん……ありがとう」


結音ちゃんも泣きながら笑っていた。


「よかった……お姉ちゃん、本当にいい人と出会えたんだね」


三人で、しばらく静かに座っていた。


温かい時間。

家族みたいな、そんな時間。



結音ちゃんが帰った後、僕と心音さんは二人きりになった。


「ごめんね、結音があんなこと言って」


心音さんが申し訳なさそうに言う。


「ううん。嬉しかった」


僕は心音さんを抱きしめた。


「……心音さんの家族に、認めてもらえたみたいで」


「零くんは、もう家族みたいなものだよ」


心音さんが僕の胸に顔を埋める。


「私も、零くんのこと、全部受け止めるから」


「……ありがとう」


僕たちはそのまま、しばらく抱き合っていた。


スマホが震える音がした。

見ると、Harmoniaからの通知だった。


通知

『名前のない歌』の再生数が1000回を突破しました!


「心音さん……見て」


心音さんが驚いて画面を覗き込む。


「すごい! 1000回!」


「……信じられない」


僕の歌が、1000人に届いた。

それは、想像もしていなかった数字だった。


「零くん、おめでとう」


心音さんが嬉しそうに言う。


「これ、お祝いしなきゃ」


「お祝い?」


「うん。今夜は特別なご飯作るね」


心音さんが笑顔で立ち上がる。


「何か食べたいものある?」


「……心音さんの作るものなら、何でも嬉しい」


「もう、零くんってば。そういうこと言うんだから」


心音さんが照れながら、キッチンに向かう。

僕はもう一度、スマホの画面を見た。


再生数:1,024

コメント:35


新しいコメントも増えている。


『1000回再生おめでとうございます!』

『もっと聴きたい! 新曲待ってます』

『Re:Voiceさんの歌、毎日聴いてます』


そして、やはりこういうコメントも。


『そろそろ素性を明かしてほしい』

『顔が見たいです』

『どんな人なのか気になる!』


僕は深く息を吸った。


まだ、無理だ。

顔を出すのも、名前を明かすのも。


でも、いつか。

いつか、その日が来るかもしれない。

準備ができた時に。


「零くん、手伝ってー」


心音さんの声が聞こえる。


「今行く!」


僕はスマホを置いて、キッチンに向かった。


心音さんの隣に立って、一緒に料理をする。

笑い合って、話をして。

この時間が、僕には何より大切だった。


歌が広がっていくのは嬉しい。

でも、変わらないものもある。


心音さんへの想い。

この人と一緒にいたいという気持ち。

それだけは、どんなに有名になっても変わらない。


「零くん、それ混ぜて」


「うん」


僕は心音さんの指示に従いながら、幸せを噛みしめていた。


冬の夕暮れが静かに広がっていた。

これから、どんな未来が待っているのかわからない。

でも、心音さんがそばにいる限り、きっと大丈夫。

そう信じながら、僕は今日も生きていく。


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