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誰にも届かなかった僕の声が、君にだけ響いた。  作者: ひとひら


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24/44

第23話 僕の歌が誰かを救った日、僕も救われていた

投稿から三日が経った夜。

僕は心音さんの部屋で、いつものようにスマホを開いていた。

Harmoniaのアプリを起動して、自分の投稿ページを見る。


Re:Voice - 名前のない歌

再生数:47

コメント:1


少しずつ、数字が増えている。


「零くん、また見てるの?」


キッチンから心音さんが顔を出す。

温かい紅茶の香りが部屋に広がっていた。


「うん……最初のコメント、何度読んでも嬉しくて」


投稿した翌日に来た、初めてのコメント。

短い言葉だったけれど、それだけで十分だった。

誰かが僕の歌を聴いて、何かを感じてくれた。

それだけで、胸がいっぱいになった。


「焦らなくていいのに。再生してくれてる人がいるだけでも、すごいことなんだから」


心音さんが隣に座って、僕の肩にそっと頭を預ける。

その温もりに、少しだけ緊張が和らいだ。


「でも、誰が何を思って聴いてくれてるのか……もっと知りたくて」

「……怖いの?」

「……うん」


僕は正直に答えた。


「否定されるのも怖い。でも、何も反応がないのも怖い。僕の声が、ちゃんと届いてるのかって」


心音さんが僕の手をそっと握る。


「届いてるよ。47人の人が、零くんの声を聴いてくれたんだから」


「……そうだよね」


僕はもう一度、画面を見た。

その時だった。


ピコン


通知音が鳴った。

画面を見ると、新しい通知が表示されている。


Re:Voiceの『名前のない歌』に新しいコメントがつきました


「え……」 


心臓が激しく打ち始める。

手が震えて、スマホを取り落としそうになった。


「零くん、コメント?」


「……うん。二件目」


僕は震える指でコメント欄を開いた。


『初めてコメントします。

この歌を聴いて、涙が止まりませんでした。

声が、とても綺麗で。でもそれ以上に、歌の中にある痛みや優しさが、心に響きました。

私も、声を出すのが怖い時期がありました。

でもこの歌を聴いて、もう一度頑張ろうって思えました。

Re:Voiceさん、歌ってくれてありがとう。

この声に、救われました』


文字が滲んで見えた。

涙が、スマホの画面に落ちる。


「零くん……」


心音さんが僕の背中をさする。

でも僕は何も言えなくて、ただ涙が止まらなかった。

救われた。

僕の歌で。

僕の声で。

誰かが救われたと言ってくれている。


「よかったね……零くん」


心音さんの声も、少し震えていた。


「零くんの歌が、ちゃんと届いたんだよ」


僕は何度も何度も、そのコメントを読み返した。

一文字一文字が、胸の奥に温かく染み込んでいく。


「……信じられない」


やっと声が出た。 


「僕の歌が、誰かを救えるなんて」


「でも、事実だよ。零くんは、誰かの力になれたんだよ」


心音さんが僕を正面から抱きしめてくれる。

その腕の中で、僕はまた泣いた。

嬉しくて。

怖くて。

でも何より、生きてる実感があって。


「ありがとう……ありがとう……」


誰に向けてかわからない言葉を、何度も繰り返した。

 

しばらくして、やっと落ち着いた僕たちは、ベッドに並んで横になっていた。

窓の外は暗く、静かな夜。

部屋の明かりを消して、二人だけの時間。


「ねえ、零くん」


心音さんが僕の胸に顔を埋めながら言う。 


「これからも、歌うの?」


「……うん」


僕は少し考えてから答えた。


「もっと歌いたい。誰かに届けたい」


「怖くない?」


「怖いよ。すごく」


正直に答える。


「また傷つくかもしれない。否定されるかもしれない。でも……さっきのコメントを読んで思ったんだ」


心音さんの手をそっと握る。


「僕の歌で、救われる人がいるかもしれないって。それなら、怖くても歌いたい」


心音さんが顔を上げて、僕を見つめる。

暗闇の中でも、彼女の優しい瞳が見えた。


「零くん、強くなったね」


「……心音さんがいるから」


僕は彼女の頬に触れる。


「一人だったら、絶対無理だった。でも、心音さんがそばにいてくれるから」


「私、ずっとそばにいるよ」


心音さんが囁く。


「どんなことがあっても。零くんが歌いたい時も、歌えない時も。ずっと、ずっとそばにいる」


その言葉に、胸が熱くなった。

僕たちは静かに唇を重ねた。

優しく、深く。

離れてから、僕は心音さんの髪を撫でながら呟いた。


「次は、何を歌おうかな」


「零くんの好きなものを歌えばいいよ」


「好きなもの……」


僕は少し考えて、微笑んだ。


「心音さんのこと、歌ってもいい?」


心音さんが顔を赤くして、僕の胸を軽く叩く。


「零くん……恥ずかしいこと言わないでよ」


「でも、本当だよ」


僕たちは笑い合った。

そして、また静かに抱き合う。

温もりの中で、僕は思った。

確かに、僕には居場所がある。この腕の中に。

ふと、スマホを手に取る。

ロック画面には、通知が一つもなかった。

義理の両親からの連絡は、今日も来ていない。


「……どうせ僕のことなんて、気にもしてないんだろうな」


呟いた声は、少し寂しげだった。

心音さんがすぐに気づいて、僕を強く抱きしめてくれる。


「零くん」

「ん……」

「私は、いつも零くんのこと気にしてるよ」


心音さんが僕の頭を撫でる。


「だから、寂しくなったら言ってね。私が、零くんのこと気にかけてるって、何度でも伝えるから」


その言葉に、胸の奥が温かくなった。


「……ありがとう」


僕は心音さんをぎゅっと抱きしめた。

スマホを置いて、もう見ない。

今は、この温もりだけがあればいい。


「心音さん」


「ん?」


「好きだよ」


「……私も、好きだよ」


心音さんが優しく微笑む。

その笑顔を見ながら、僕は目を閉じた。

初めてのコメント。

そして二つ目のコメント。

誰かに届いた歌。

そして、この腕の中の温もり。

まだ不安は消えない。

義理の両親との関係も、何も変わっていない。

でも、少しずつ。

本当に少しずつ。

僕は前に進んでいる。

心音さんと一緒に。

暗闇の中で、二人の呼吸だけが静かに響いていた。

それは、確かな生の証。

僕は生きている。

愛されている。

その実感を噛みしめながら、僕は眠りについた。


 

翌朝、目が覚めると心音さんはまだ眠っていた。

僕はそっとベッドを出て、スマホを確認する。


再生数:52

コメント:2


数字が少し増えている。

二人のコメントをくれた人以外にも、僕の歌を聴いてくれた人がいる。

僕の歌が、確かに誰かに届いている。

その事実が、僕の心を少しずつ満たしていく。


窓の外では、冬の朝日が静かに昇り始めていた。


新しい一日。

新しい希望。

僕は小さく微笑んで、また心音さんの隣に戻った。

この人のそばで、僕はこれからも歌っていく。

そう心に誓いながら。


 

歌を投稿してから、少しずつ声を出すことへの抵抗が減ってきた。

でも、日常の中で自分の想いを声にすることは、まだ難しかった。


「焦らなくていいですよ。できる範囲で」


先生の言葉に背中を押されて、僕は声日記を始めた。

毎晩、その日あったことや感じたことを、短い言葉で録音する。

最初は十秒程度の、本当に短いものだった。

それでも、自分の声で自分の気持ちを残すということが、少しずつ心を軽くしてくれる気がした。

三回目のカウンセリングで、先生はその声日記について尋ねてくれた。


「続けられていますか?」


「はい。短いですけど……毎日」


「素晴らしいですね。無理のないペースで続けることが大切です」


先生は優しく微笑んだ。


「零さんは、今、自分の声と少しずつ向き合えているんですね」


その言葉が、胸に染みた。

そうか、僕は今、自分の声と向き合っているんだ。

逃げ続けていた声と、ゆっくりと、でも確かに。

心音さんの部屋に戻ると、彼女がキッチンで夕食の準備をしていた。


「おかえり、零くん」


「ただいま」


僕はコートを脱ぎながら、彼女の後ろ姿を見つめた。

エプロン姿の心音さん。

もう、この光景が当たり前になっている。


「今日のカウンセリング、どうだった?」


心音さんが振り返る。


「うん、よかった。声日記のこと、褒められた」


「そっか。零くんの声、私も毎日聴けて嬉しいな」


心音さんが微笑む。


「零くんは、声が本当に綺麗だから」


その言葉に、僕は少し照れくさくなった。


「……手伝うよ」


僕はエプロンをつけて、心音さんの隣に立つ。


「じゃあ、野菜切ってくれる?」


「うん」


並んで料理をする。

包丁の音。お湯の沸く音。

二人の息づかい。

この時間が、僕は好きだった。


「ねえ、零くん」


「ん?」


「今日、零くんの荷物用の棚買ってきたんだ」


心音さんが嬉しそうに言う。


「え?」


「ほら、零くんの服とかCDとか、最近すごく増えてきたでしょ? だから、ちゃんと収納できるように」


僕は心音さんを見た。


「……いいの?」


「当然でしょ。ここ、もう零くんの家でもあるんだから」


その言葉に、胸が温かくなった。

確かに、最近は実家よりもこの部屋にいる時間の方が長い。

着替えも、CDも、録音機材も。

少しずつ、僕のものがこの部屋に増えていた。


「ありがとう……心音さん」


「どういたしまして」


心音さんが笑う。

夕食を作り終えて、二人でテーブルに向かい合う。


「いただきます」


温かいスープ。焼きたてのパン。

二人で作った料理は、いつも特別な味がした。


「美味しい」


「でしょ? 零くんの切った野菜、大きさが揃ってて綺麗」


「心音さんに教えてもらったから」


僕たちは笑い合った。

こんな日常が、こんなに幸せだなんて。

数ヶ月前の僕には想像もできなかった。

 

その夜、僕は声日記をつけることにした。

心音さんがお風呂に入っている間、僕は部屋の隅でスマホの録音アプリを開いた。

録音ボタンを押す。


「……えっと、今日は11月25日」


自分の声が、スマホから聞こえてくる。

不思議な感覚だった。


「今日は、カウンセリングに行った」


少し間を置いて、続ける。


「最近、心音さんの部屋にいる時間が長い。というか、ほとんど毎日ここにいる。実家には、たまに着替えを取りに帰るくらい」


声が少し暗くなる。


「義理の両親は、相変わらず何も言わない。いつ帰ってきても『おかえり』もないし、いなくても何も聞かれない。僕がどこで何をしてるか、興味もないんだろうな」


胸が締め付けられる。

でも、すぐに温かいものが湧き上がってくる。


「でも……心音さんがいる。心音さんは、いつも『おかえり』って言ってくれる。僕が何をしてたか、ちゃんと聞いてくれる。一緒に料理して、一緒に笑って、一緒に眠る」


声が震える。


「もし、心音さんがいなかったら……」


言葉が詰まる。


「僕はここにいなかった。多分、もう……」


それ以上は言えなかった。

涙が溢れそうになって、僕は録音を止めた。


深く息を吸って、顔を拭う。

こんなに感情的になるなんて。


でも、これが声日記なんだろう。

素直な想いを、声にする。

ファイルを保存して、僕はスマホを置いた。

 


夜、一緒に料理をして、一緒に食べる。

テレビを見たり、音楽を聴いたり。

僕が歌の練習をする時は、心音さんがそばで聴いてくれる。

そして、ベッドで抱き合って眠る。


「ねえ、零くん」


ある夜、ベッドで横になりながら心音さんが言った。


「毎日こうしてると、もう夫婦みたいだね」


「……え?」


僕は驚いて彼女を見た。


「だって、一緒に暮らして、一緒にご飯作って、一緒に寝てるんだもん」


心音さんが笑う。


「恥ずかしい?」


「……嬉しい」


僕は正直に答えた。


「僕、こんな生活、夢にも思わなかった」


「私も」


心音さんが僕に顔を寄せる。


「零くんと出会って、毎日が変わった。一人で寝るのが寂しかったけど、今は零くんがいる」


「僕も……心音さんがいなかったら、一人で寂しくて」


「ずっと一緒にいようね」


「……うん」


僕たちは静かに抱きしめ合った。


 

それから一週間ほど経ったある夜。

僕は声日記を続けていた。

毎晩、心音さんがお風呂に入っている間に録音する。

その日も、いつものように録音していた。


「今日は、心音さんと買い物に行った。僕の服を一緒に選んでくれて……すごく嬉しかった」


声が柔らかくなる。


「心音さんは、いつも僕のことを考えてくれる。何が好きか、何が嫌いか。ちゃんと覚えててくれる」


少し間を置いて。


「実家では、誰も僕の好きなものなんて知らなかった。義理の母は、僕の苦手なものばかり作った。わざとじゃないんだろうけど……興味がないんだ、きっと」


胸が痛む。


「でも、心音さんは違う。心音さんは、僕のことをちゃんと見てくれる」


涙が滲む。


「心音さんがいなかったら、僕はここにいなかった。本当に……本当に、感謝してる」


声が震える。


「好きなんだ。心音さんのこと、本当に……」


そこで、ドアが開く音がした。


「零くん、お風呂空いた……あ」


心音さんが部屋に入ってきて、録音している僕を見て立ち止まった。

僕は慌てて録音を止めようとしたけれど、遅かった。


「ご、ごめん! 声日記してたの、邪魔しちゃった?」


「あ、ううん……」


僕は顔を赤くして俯く。


「ごめんね、最後の方……聞こえちゃった」


心音さんが申し訳なさそうに言う。

静寂。

僕の心臓が激しく打っている。


「……零くん」


心音さんがゆっくりと近づいてきて、僕の隣に座った。


「私がいなかったら、僕はここにいなかったって……」


「……うん」


僕は正直に頷いた。


「本当にそう思ってる。心音さんがいなかったら、僕は……」


それ以上言えなかった。

心音さんが、ぎゅっと僕を抱きしめた。


「零くん……ありがとう」


「え……?」


「私も、零くんに救われてるんだよ」


心音さんの声が震えている。


「お父さんが亡くなってから、ずっと一人で頑張ってきた。誰かを支えたいって思ってたけど、本当は自分も寂しかった」


心音さんが僕の胸に顔を埋める。


「でも、零くんが来てくれて……零くんがそばにいてくれて……私も、救われたんだよ」


その言葉に、僕の目から涙が溢れた。


「心音さん……」


「だから、お互い様なの。零くんが私に救われたように、私も零くんに救われてる」


心音さんが顔を上げて、僕を見つめる。

彼女の目にも、涙が光っていた。


「ずっと一緒にいようね」


「……うん」


僕たちは強く抱き合った。

どれくらいそうしていただろう。

時間の感覚がなくなるくらい、ずっと。

やがて、心音さんが小さく笑った。


「声日記、いいね。零くんの本当の気持ちが聞けて」


「……恥ずかしいよ」


「でも嬉しい。これからも続けてね」


「……うん」


僕は心音さんの髪を撫でた。


 

翌朝。

目を覚ますと、心音さんがもう起きていた。


「おはよう、零くん」


「……おはよう」


起き上がると、部屋の隅に新しい棚が置いてあるのに気づいた。


「あ、棚……」


「うん。昨日組み立てといたの」


心音さんが笑う。


「零くんの荷物、ちゃんと整理しようと思って」


僕は棚に近づいた。

すでに、僕の服やCDが綺麗に並べられている。


「ありがとう……」


「これで、もっと零くんのもの置けるね」


心音さんが僕の隣に立つ。


「ここ、零くんの場所だから」


その言葉に、胸がいっぱいになった。

確かに、この部屋には僕のものが増えている。

服、CD、録音機材、歯ブラシ、タオル。

少しずつ、少しずつ。

僕の居場所が、ここに作られていく。


「心音さん」


「ん?」


「ずっと、ここにいてもいい?」


「当たり前でしょ」


心音さんが微笑む。


「ここは、零くんの家でもあるんだから」


僕は心音さんを抱きしめた。

——ありがとう。

その言葉だけでは足りないくらい、感謝の気持ちでいっぱいだった。


窓の外では、冬の朝日が静かに昇っている。

二人で過ごす時間。

それは、お互いにとってかけがえのないものだった。

僕の声日記は続いていく。

そして、この部屋での生活も。

心音さんと一緒に。

ずっと、ずっと。

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