第17話 閉ざされた声と小さな希望――ギターと彼女が教えてくれた、生きるための一歩
夜の静けさに包まれた部屋で、僕はそっと押入れからギターケースを取り出した。
長い間触れなかったギターの木の感触に、指先がわずかに震える。
弦のひんやりとした硬質な感触が手に伝わるたび、胸の奥に小さな緊張が生まれる。
「まだ歌えないかもしれない……」
そう思うと胸がぎゅっと締め付けられる。
でも同時に、「触れたい」という気持ちも確かにあった。
心の奥で芽生えた、小さな希望の種を確かめるために。
ケースを開けると、かすかに埃の匂いが立ち上り、昔の記憶が蘇る。
指先で弦を撫でると、金属の冷たさがじんわり伝わり、胸に小さな震えが広がる。
一音また一音、爪弾くたびに、忘れていた感覚と喜び、そして期待と不安が絡み合った。
「……やっぱり、ギターの音っていいな」
小さく呟いた声は、まだ自分でも信じられないくらいかすかだった。
隣には、膝を抱え静かに見守る心音さんの存在。
それだけで、怖さは少しずつ溶けていく。
指でコードを押さえ、そっと爪弾く。
弦が震えるたび胸に小さな波紋が広がる。
ぎこちない響き、途切れる音、滑る指――
それでも音は確かに空気に消え、胸に余韻を残す。
それは閉ざされていた心の奥を、そっと震わせるようだった。
「怖かったけど……触れてよかった」
胸の奥で零れる思いが、静かに膨らむ。
心音さんは何も言わず、ただ手元を見つめている。
微かな息遣いさえ、僕を安心させた。
「……零くんの音、すごく綺麗だよ」
心音さんの言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
たったそれだけで、“届いてる”という実感が胸を満たした。
部屋の静けさ、指先の感触、弦の震え……
すべてが絡み合い、心の奥に眠っていた小さな光を揺らす。
声はまだ戻らないけれど、音を奏でることで“生きている感覚”が蘇る。
最後の弦が消えたあとも、胸には安堵と希望の温もりが残る。
怖さや不安もまだあるけれど、確かに灯った光を感じられた。
「……また、歌いたいな」
不意に零れたその言葉は、自分のため、自分の心のためのもの。
心音さんは微笑んで頷いた。
「うん、そう思える日が来るって、信じてた」
窓の外には夜空が広がり、星が淡く瞬く。
胸の奥で、小さな希望がゆらりと揺れる。
「もう一度、生きてみよう」
閉ざされていた扉が、かすかに開く音がした気がした。
手を握ると、彼女の温もりがじんわり伝わる。
怖くても、不安でも、今はそれだけで十分だった。
少しずつ、声を取り戻す――自分のために、彼女のために、あの夜を越えた“僕たち”のために。
夜の静けさの中、ふたりの手は重なったまま。
柔らかく、確かに、今という時間を抱きしめるように――
生きる実感を胸に刻んだ夜だった。
ハミングが、かすかに途切れながらも胸の奥に広がる。
まだ完全ではないけれど、確かに歩き出した。
怖さと希望が混ざり合う夜、僕の心は小さく震えながらも、生きていることを喜んでいた。
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