3-3.帝国領のスタンピード
シマオウの頑張りにより、夜のうちに関所を抜けて帝国に入ることが出来たのは大きかった。
明け方に帝国領に入って、山脈からすぐ近くに村があるというおっさんの案内で、そこで休憩をしようと思ったが、上手くはいかなかった。
「これはひでぇな……」
「魔物に荒らされてもいるが……その前に人同士で争ってるか? おっさん、生き残りは探すか?」
「ああ……いや、これは争いじゃないな。おそらく、放棄された村にあとから来た奴らが腹いせにやったとかだろう。一方的な傷だ」
おっさんが傷跡を確認しつつ、状況を判断する。
周囲を探ったところ、人はすでに住んでいないようだが、金目の物は無くなっているほか、生活に必要な道具なども無くなっていることから、ここに住むことをやめたという判断だった。
小さな村であることから、多くても50~100人くらいの規模だろう。人の死骸などが放置されていることも無いため、この場所が放棄されたというのが正しいか。
「やれやれ……おっさん。こんな場所だが、当初の予定通りに休憩するか?」
「ああ……そうだな」
適当に被害の少ない家に入り、戸締りをしてそこで4時間ほど休憩をすることにした。
近くに魔物の気配がないこともあるが、俺もおっさんもクレインの件で睡眠時間が足りていないため、このままダンジョンに向かうよりは、少し休憩して回復をしておく必要がある。
午前中は休んでからということになったが、周囲を確認すると物悲しい気持ちになる。
「崩壊した村か……帝国では増えているんだったか」
「グラノス。お前が気にすることじゃない。帝国の異邦人が集められていたのはここから1日くらい歩いた先にある離宮だからな。どうしても、初期に影響を受ける場所になる……仕方ない」
「まあ、レウス達が帝国から逃げてきたのもさっき超えてきた山脈だったからな」
話には聞いていたが、実際に滅んだ村というのはしんどいものがある。何事もなければ、この村は普通に存在していたのだろう。
異邦人がこの世界に来たせいで、環境が変わった結果……ここは住む者がいない村になってしまった。
「考えても仕方ないことだろうがな」
「グラノス……盗賊たちが物取り目的で襲ったわけじゃない。おそらく、村全体が引っ越しをしただけだ」
「そうかい……」
「ほら、寝るぞ。ちゃんと休め」
シマオウが俺に寄り添うように隣に来たので、俺も寝転がって目を瞑る。
数時間後。意外と疲れが溜まっていたらしく、ぐっすりと寝てしまった。
シマオウが俺を揺さぶり起こしてくれたが、おっさんの方も顔色が良くなっている。
「ふぁ~……久しぶりに寝た気がするな」
「そうか。こんな場所で寝て、そんな感想なら大丈夫そうだな。行けるか?」
この先、ダンジョンに入れば休める場所も少ない。
2人で進むならそれなりに危険もあるだろう。だが、おっさんとならまったく心配はない。
「もちろんだ。おっさんこそ、休憩少ないとか文句を言うなよ?」
「ああ。ダンジョンへの道は指示をするが、歩いて3日程……シマオウで移動するなら今夜にはダンジョンに到着するはずだ。実際にダンジョンに挑むのは明日の朝からだな」
「シマオウ。おっさんが道を指示するから従ってくれるかい?」
「ぐる~」
村から出立して、一時間ほどした経過したところで、前方に魔物の大群が確認できた。
「おっさん。前方、500m先、ウルフとリザードマンの大群だ。一部のウルフにはリザードマンが騎乗しているな。他の魔物もいない訳じゃないがメインはリザードマンだな。……集団としての数は2,000を超えそうだ。ゆっくりと一帯となって移動している。率いているのはリザードマンの進化系だが……遠すぎて、個体を鑑定までは難しいな」
ウルフは狼型の魔物、種類もいくつかあるようだが、かなりの数がいる。
さらに、二足歩行のトカゲ……リザードマン。こいっつらもこんなに集団で活動すると脅威だ。
「スタンピードによる大移動か……。向かってる方向は?」
「左斜め前方、おおよそ10時の方向だな」
「まずいな……その先には、町があるはずだ」
おっさんの言葉に頷きを返す。どうみても群れは道なき道ではない……ある程度整備された道を進んでいるのが確認できる。整備された道の先にあるのは人が住む町だろう。
「群れのスピードからして、シマオウなら追いつけるが……やるかい?」
「その大群相手だと、俺はお前を守る余裕はないが、構わんよな?」
「はっ……上等。おっさんこそ、腕が鈍ってて怪我しないようにな……シマオウ、群れの前まで駆け抜けてくれ」
「ぐる~!」
シマオウがスピードを上げて、群れの方へと走り出す。
俺とおっさんが乗っているが、それでもシマオウのスピードの方が速い。ぐんぐんと距離を詰めている。
「おっさん。まずはシマオウに乗ったまま数を減らす」
「……俺は乗ったままで攻撃はできない。お前に任せるが適当なところでおろしてくれ」
「ああ。まずは並走して俺がスキルを使いつつ、群れを刺激する。追い抜いて、前方で降ろして群れの動きを止めて攻撃でいいよな」
「任せる……おそらく、5キロ先には町がある。その前で止めるぞ」
「おう! シマオウ、群れの中を走りながらリザードマンを乗せているウルフに近づけるかい? あいつらが指揮している可能性がある」
「ぐる~!」
シマオウは俺の指示通りに群れの間を抜けて、騎乗しているリザードマンへと近づいていく。
刀で突くようにリザードマンに攻撃をして、ウルフから落とす。それだけで後続のウルフ達に轢かれてボロボロの瀕死状態になっている。
「リザードマンライダーか……群れの数が厄介だな」
「おっさん。この群れのど真ん中、さっきのライダーよりも上位種と思しきリザードマンの集団が固まっている。その中に、さらにでかいのが1体。こちらに気付いたかもな。目が合った気がする」
「上位種は統率力が高いと部下の近くにいる敵を感知できる。中央にいきなり突っ込むのは危険だな。周囲のリザードマンライダーを潰したあと、群れの最前列で相手をするか」
「消耗戦になりそうだな……」
シマオウがライダーに近づいては、俺が叩き落す。ついでに、邪魔しようとする他のウルフ達も薙ぎ払い倒す。
左翼側のライダーを始末したところで、群れが止まった。
「最前列まで行く必要はなさそうだな、おっさん」
「楽できそうにないな、グラノス。……こいつらなら余裕だがな」
シマオウから降りて、大剣を構えるおっさんと背中合わせに立って太刀を構える。
「さあ、始めようか」
「張り切りすぎて、体力切れ起こさんようにな」
四方八方を魔物に囲まれている状態だが、相手は格下。一撃で倒していくとウルフ達も唸るだけで、こちらに攻撃してこなくなった。
だが、それに気づいたらしい上位種のリザードマンがこちらに向かってきている。
「やれやれ……おっさん、ちょっと持ち場を離れるぞ。あのリザードマン達がこっちに来る前に倒してくる」
「行ってこい。無茶すんなよ」
「おっさんもな」
ひらりとシマオウに乗って、その場を離れる。
せっかく統率者を失った魔物たちが怯え逃げ出し始めたのに、再び統率するような動きになると数が少ないこちらは体力を消耗してしまう。
シマオウはこちらの指示が無くても理想的な動きをしてくれる。俺は攻撃だけに集中することができるのはとても助かる。
突撃してくる騎乗するリザードマンライダーをすれ違いざまに刺突で喉などの急所を攻撃する。出来る限り一撃で屠りたいところだが、通常の個体よりも実力があるため難しい。
「まあ、移動を止めたから落馬したところで轢かれて死なないから仕方ないか。そろそろ頭打ちのようだしな」
奥の方から巨体のリザードマンがこちらに近づいてくる。
上位種……ナイトリザードマンが10体。さらにもう一体のでかいのはキングリザードマンだろう。
ナイトリザードマンは通常個体やリザードマンライダーよりも1.5倍から2倍の大きさはある。大きすぎてウルフ達に乗ることが出来ないようだが、そのでかくなった体格の分だけ、強靭になっているはずだ。
キングは3倍近くあるだろう。俺らの倍以上の身長がある。
「シマオウ。おっさんの方に行かせないように一体ずつおびき出して倒したいんだが、どう思う?」
「ぐる~」
俺の言葉にシマオウは頷き、ナイトリザードマンの方へと走り出す。
強いとはいえ、ナイトであれば一対一ならなんとかなるだろう。だが、集団戦となると厄介そうだ。
その上位のキングはなかなか厳しそうだ。まあ、工夫次第で負けるとは思わないが、集団では勝ち目がない。
こちらがナイトリザードマンに対し、すれ違いざまに攻撃しようとしたが、相手は盾を使って防御してきた。
「やるな……シマオウ、一周して戻ってきてくれ…………さあ、遊ぼうぜ? こいつはどうだい、〈疾突〉!」
シマオウから降りて、刀にSPを込めて、技を繰り出す。
相対したナイトリザードマンの肩を突き刺して攻撃が決まる。だが、突き刺した刀を抜く前に他のリザードマンが襲ってくる。
一旦距離を取ってから、弓を構えて応戦するが、中々に厳しい。いきなり、ステータスが下がってしまった。
「くそっ……突き技は危険か」
防戦に専念するしかない状況に陥ったところで、シマオウがリザードマンの肩を爪で引き裂く。
突き刺さった刀が地面に落ちる。
「助かった、ありがとな!」
「がぅ!」
地面に落ちた刀を取り戻し、確認する。刃こぼれなどはしていない。戦闘に問題はないだろうが……今後を考えると予備の刀も用意しないと厳しいな。
「さあ、もう一度だ」
肩から血を流しているナイトリザードマンはこちらに怒っているので逃げれば追ってくる。簡単に釣り上げられそうだが、出来ればもう一匹も釣り上げたい。
近くにいたナイトリザードマンに寄っていくと、相手も大きく剣を振りかぶった。
「甘いな……こいつでどうだい?」
剣をいなした隙に、俺の方から腹に一撃加える。だが、浅すぎたのか、血を流しているが大したダメージは入っていない。
しかし、シマオウが首に咬みついて追撃したことで、怒り状態になった。
「少し下がって倒すぞ」
シマオウに乗ってその場を撤退する。
「流石だな。いいタイミングだった……頼りにさせてもらうぞ」
「がる~」
シマオウを撫でて褒めるが、まだまだ戦闘中だ。気合を入れる必要がある。
俺が攻撃を与えた2体は怒り、シマオウの後を追ってきている。ゆっくりと走りながら、集団から距離を取らせる。
「手負い2体相手なら俺だけで十分だ。その間、攪乱を頼んでいいかい?」
「がぅ!」
俺がひょいっと降りるとそのままシマオウは走り去った。
俺がナイトを2体倒すまで、キングや他のナイトが近づいてこないようにしてくれるはずだ。
雑魚に関しては、諦めて一撃で屠っていく。ちまちま攻撃が当たるのに鬱陶しいが仕方ない。
「さくっと倒しておっさんと合流しないとな」
2対1とはいえ、相手は俺に左肩を貫かれた手負いと腹と首に一撃を食らって怒り状態のナイトリザードマン。
通常攻撃でもしっかり攻撃が入るのだから、技を使えば時間もかけず1体を葬ることができた。
「ぐる~」
「グラノス、無事か!」
「おっさん! なんだ、こっちに来たのか」
シマオウがおっさんを乗せて現れたところで、瀕死となっている肩を負傷したナイトリザードマンに止めをさす。
俺もおっさんの後ろに乗ってその場を離れる。
「怪我は?」
「無傷とは言えないが、大丈夫だ」
シマオウに乗って、敵をかき分けて進む中、魔法鞄からHPポーションを取り出して一気に飲み干す。
「グラノス、戦況をどう見る?」
「ウルフは忠誠心が高いのか、だいぶ残ってる。他の四足獣達はだいぶ逃げたな。もう少し数を減らしたいから、右舷側で同じようにおっさんは雑魚狩り、俺とシマオウがナイトを釣り上げて減らす……おっさんの考えは?」
ゴブリンやボア、その他の魔物たちは、俺らが数を減らし始めると散っていった。
残っているのは、リザードマンとウルフ。
通常個体だったはずのリザードマンがウルフに乗り始め、逃げ出すのを防ぎだしたこともあって、面倒になってきている。
「ああ。それでいい。だが、危ないと思ったら引け。いいな? さっき近くで確認したが、あれはキングじゃなくてエンペラーだ。手を出すな。まだお前一人は厳しいはずだ」
キングよりもさらに一回り大きい、エンペラーだったらしい。
倒すにしても、互いに協力した方がいいということで、先に群れをなんとかすることになる。
「おっさん、俺も引き際は心得てるさ。シマオウのサポートもあるから問題ない……しかし、町の近くで戦っていて増援もないとはな。帝国は本当に機能してないんだな」
「言ってやるな。エンペラーリザードマンなんて大物、普通の町では対処できない。マーレだって、キング相手でも余所から応援を呼ぶぞ」
「俺らは孤立無援だけどな、おっさん」
「町を救った英雄になれるぞ、よかったな」
軽口を叩きながら、右舷側にまわったシマオウから降りて、数を減らす。リザードマンがこちらに向かってきたところで、シマオウと共にかき乱し、釣り上げて屠っていく。
戦い始めて2時間もすると、群れは瓦解して、残るはナイト4体とエンペラー1体。これ以上は釣り出せず、一気に相手をすることとなった。
「やれやれ……まあ、雑魚がいないだけましか?」
「強い個体だけ残っている時点で増援が絶対にないとは言えないのが辛いがな。スタンピードの対応が取れてないのもあるが、もう少しこちらも戦力が欲しいとこだな」
「無い物ねだりしても仕方ないだろ。ナーガとクレインがいれば違ったんだがな」
4人パーティーであればもう少し違う手段も取れただろうが、二人だと手段も限られる。
おっさんがエンペラーを抑えている間に、ナイトを俺が倒すにしても4対1では少々分が悪い。シマオウが抑えるとしても1体だろう。時間がかかれば、それだけおっさんに負担をかけるがどうしようもない。
戦い始めるが、こちらが不利な状況だった。
シマオウに乗っていれば逃げられないわけではないが、残党が町に向かうようでは意味がない。
おっさんはエンペラーを抑えることは出来ても、攻撃を返すのは厳しく、他のナイトが加勢出来ないように俺が立ち回ろうとすればそれなりに攻撃を食らってしまう。
「がるるる!」
「GIGIGIIII!!」
俺らが戦い始めるとシマオウもリザードマンナイトを牽制してくれていたが、俺らの不利を悟ったらしい。シマオウは突然、咆哮を上げた。
それを聞いたリザードマンエンペラーも咆哮を上げる。
何が起きるのか周囲を観察していると、こちらに向かって来る群れ。先ほどのウルフ達ではないことはすぐに確認できた……遠くから現れた援軍はどうやらこちら側らしい。
「ぐる~」
「GURURURU~」
「がう、がうがぅ!」
「GU……GAU!」
現れたのはライオンのような魔物が8頭。鬣のあるライオンはいないため、雌だけ。
2頭は他の6頭より明らかに小さい。戦力は低そうだ。シマオウの呼びかけに応じたのか、エンペラーも呼びかけていたようだが、俺の前に頭を垂れている。こちら側についてくれるらしい。
「ファーコレオネか……ここら辺にいるのは珍しいな」
「生態系がおかしくなっていても不思議じゃないが……おっさん、こいつらは?」
「爪をよく見ろ。燃えてるだろ……火山近くに出る火獅子だ。その爪での攻撃は火傷状態になる」
「なるほどな。瓦解した群れの中に紛れていたか、スタンピードを避けてこちらに来ていたのか。…………無理に戦う必要はないが、シマオウと一緒に牽制をたのむ」
「GAU!」
こちらの意図を察してくれたようで、俺がナイトに攻撃する間、数頭で他の個体を牽制してくれている。
俺の炎の太刀とも相性がいいというか、炎を怖がらないどころか、俺の攻撃で炎を出すと、その炎を吸収して爪の威力を上げている。
シマオウとおっさんでエンペラーを相手にしつつ、俺とライオン達の組み合わせで戦うのであれば、死角はない。
俺が全てのナイトを倒すまで、おっさんとシマオウは大きな怪我をしていない。ライオン達は多少の怪我をしていたため、ポーションをかけてやると喜んでおり、まだ戦う意思はありそうだ。
「おっさん、待たせたな」
「もっと手古摺ると思ってたんだがな」
「MVPはシマオウだな。後で、美味い肉をやろう。もちろん、ライオン達もな……さあ、さっさと片付けようか」
エンペラー単体であれば俺より強かろうと、おっさんと組んで負けることはない。空も赤く色づいてきてしまったし、片付けた後は町で休んでいくことになりそうだな。