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鬼と人と約束と  作者: 敦人
一章 獣人族の侵攻
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開戦

カイネは泉に祈りを捧げるように指を組み跪く、それを見ていたサラはほう、と呟き、


「様になってるな。その姿だけ見れば立派なシスターだ。」

「ぶちのめすぞ。私程シスター歴が長い奴はいない。つまりなすこと全てが信仰だ。」

「言ってろ悪徳シスター。アンリも真似してないでさっさと開戦を告げろ。」


アンリは立ち上がり自分を指差し首を捻る。


「俺が言うの?俺人見知りだからそういうのは・・・。」


もじもじし始めたアンリにカイネが手刀を叩き込む。


「気持ち悪い動きするなさっさとやれ!」

「痛い、暴力反対・・・今から戦うんだけど。」


泉前に整列する魔族達に不安が生まれるがアンリは気にせず懐から紙を取り出し1つ咳払いをした。

ラズが紙に視線を移し首を傾げ口を開く。


「カンペでしょうか?」

「目敏いな流石狩人と言っておこう。面倒だから俺に押し付けると思って書いておいたんだが正確だったな。

何よりナイトーさんと演説練習したのが無駄にならなくて済む。」


その言葉に戦い前に緊迫していた空気が弛緩する。

アンリはそれを察し手をヒラヒラさせながら口を開く。


「うん楽にしなよ、なんなら座ってもいい。

知ってるだろうが俺は戦えないし魔術師とはいえ本業は商人だから戦は不得手だ。だから俺より先に死なないでほしい、何しろこの世で俺より弱い生物はいないのだから笑い者になるぞ。」


アンリは嫌そうな顔を見渡し苦笑する。


「だから勝とうか。俺の指示で戦うのだから侮辱も嘲笑も俺が受けよう。君達は勝利の喜びだけ分かち合えばいい。

うん喜べ、たった1度勝てば獣人達が得た領土も権利も手に入る。失った誇りもまた同じだろう。

だから彼等には敗北を売り渡そう。俺達は剣と槍と矢を対価に勝利を買い取ろうか。その時の祝杯は任せてくれ盛大に祝う準備は出来ている。」


アンリの視線の先、皆顔を見合わせ頷く。

そして歓声があがった。


「じゃあ始めようか。頼むから守ってくれよ?」


その言葉に笑い声が広場を包んだ。




アンリは紙をしまい伸びをするとドワーフ達とレウがいる方向へ足を向けた。


「ガイアスさん、皆も今までありがとな。お土産持ったら早く避難しなよ。巻き込まれたら笑い事じゃ無くなるぞ。」

「アンリさん・・・本当に大丈夫なのか?俺達も・・・。」

「いいから、ドワーフさん達の仕事はここの城塞化だろ?戦場にまで出たら超過労働だ。特別手当は出せんぞ。」


アンリは笑いながらガイアスに手を振る。


「またな。明日には終わるし片付け終わったら祝杯だから来てくれ。」

「絶対、絶対に死なないでくれよ。逃げるなら西側の森まで来てくれれば俺達が匿うからな!」


ありがとう、と頷き視線を横に移す。

レウは困った顔で袋に詰めたお土産とアンリを交互に見ていた。


「あの、私も貰って良いんですか?何もしてないですし・・・。」

「良いよ。対価をくれるなら帰る時は低い高度で真っ直ぐ帰宅してくれ。」


レウは腑に落ちないようだが頷く。


「俺もそろそろ現場に向かうから早めに帰れよ。後は・・・うん、全部終わったら霧の谷にも遊びに行くよ。」

「その時は歓迎しますよ。では御武運を、どうか無事で。」


全員でレウが空に舞い上がり大気を割く音と木々を震わせながら消えるのを見送りドワーフ達も頭を下げてソドムの方向へ歩き始めた。









獣人族は剣を槍を掲げ足音高く進軍していた。

総数8万程の軍勢は進む先の木々を切り倒し草花を踏み付け更に先へと歩を進める。


「全ては王の為に!我等獣人族を纏めあげた偉大なルークス様の覇道を開け!!」


雄叫びが森に響く中ギルカの耳に届く音があった。それは空からであり目指す地から背後へ通り抜ける。


「竜人・・・か?何を急いでいる?」

「王に報告しましょう。何か良からぬ前触れかも知れません。」


ギルカは首を横に振り視線を前に戻す。


「王に余計な手間を取らせたくない。竜人共が動く前に殲滅すれば良い事だ。急ぐぞ!」


軍勢はギルカに続くように最短の道を目的地へとただ走る。

両側に壁がそびえる谷間の前に辿り着いた時ギルカは地図を開く。

このような地、本来なら斥候を放つべきだが今は速度が重要だ。距離としても走り抜けるのに問題ない筈だと思い頷く。


「全軍進むぞ!これより先は鳥共の集落まで駆け抜ける!!」


ギルカは谷間へと足を踏み入れた時嫌な予感が襲うがそれを無視して更に加速した。





軍勢の進軍は滞っていた。谷間へと進軍し数分も立たず足元が泥濘し始めたからだ。

入る時に踏んだ土と違い明らかに水分を含んでいるのがわかりそれは先に進む程酷くなり先の地は泥沼のようになっていた。

先頭部隊が足をとられ止まれば後続は進めず引き返そうにも背後には列が続いていた。


「どうなっている・・・。大雨でも降ったのか?」

「いや俺の仕業だよ、獣人さん。」


足元を注視していた視線を声へ向けると道の中央に黄色いヘルムを被った人間がいた。

ヘルムには安全第一と書かれ手にした板には本日通行止めと書かれている。


「警告だ、帰れ。この辺りは俺達の管理地でな。通行料は安くないし客も選ぶ。理解したか?したなら返事はどうした?」

「人間風情が誰に口を聞いている!噛み殺すぞ。」

「怖い言葉だ。肉の生食は危険だから止めておけ。」


アンリが哀れんだ目をギルカに向け1歩下がりそれを合図に両側の壁の上にホビット族とピクシー族が現れ弩を向ける。


「合わせて6千人いる。じゃあ頑張れ。」


言葉を残しアンリは転移する。同時に獣人達の頭上に矢の雨が降り注いだ。








ラズは谷間から北の地で鼻歌交じりに木々に糸を張り巡らせている。アンリ達が戦い始めた音が届く距離で出来栄えに1度頷く。


「良いですね。こちらの崖上の安全は保たれるでしょう。」

「あのラズ様?1つ伺っても宜しいですか?」


ラズは木々から降りてきたマーニャに視線を向けどうぞ、と促す。


「アンリさんは何故レウさんに飛翔を指定したのでしょうか?」

「その事ですか。おそらくですが獣人の選択を削ったのだと思います。」


ラズは糸を眺めながらもう一度頷き思う。

やはりいい出来です。早く、早く早く誰でもいいから来て欲しい、一秒でも早く、長く困惑と絶望を観察したいです。

そこまで思って思考が趣味に走っている事に気づき首を横に振り願いを振り払う。


「レウさんを利用して竜人の存在を知らしめたのでしょう。焦りから進軍を早めるのか、警戒から慎重になるのか、それを知り今の状況に嵌めているのでしょう。」

「そうだったのですか・・・。」

「えぇ、警戒したならアンリさんが囮になりあの地へ誘導するつもりだった筈ですよ。この対応はカイネの考えですね。」


アンリさんは相手が気付けない策が得意です。用意した罠に追い込む事だけを考え気付いた時には手遅れになる。

カイネは相手の思考を考え選択した先に罠を置くタイプ。

可能な限り選択を削ぎ落とし手に取るように嵌めるところを何度も見てきたから間違いないと思う。

マーニャは全部を理解出来ていないようだが頷く。


「考える前に戦う事が多い私達には難しいです。」

「人間と戦った事がないとわからないと思いますが順番が逆です。戦う前に考え準備するのが人間ですから。」


ラズは微笑と共にマーニャと部下達を見渡す。腕を広げ、


「さぁ、準備は良いですか?言われた通り働けば後の責任はアンリさんが負ってくれる楽な戦いです。気楽にいきましょう。」


潜伏中の為皆、声を出さず小さく頷いた。

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