開戦前日
アンリは湯気を上げる鍋を前に腕を組む、横にいるリルトが大量に積まれた猪肉を不安そうに見ていた。
発情期に入った雄の猪は脂肪が硬く匂いも強くなる為食用に適さないがこれを美味しくしてほしいとカイネに頼まれたからだ。
「脂は削いだけど普通に焼くと防虫剤みたいな匂いがして食えんな。」
「本当に大丈夫でしょうか?」
「食べれるようにするのが調理だ。とりあえず試作を食べてみようか。」
アンリは鍋から肉の塊を取り出すと適当な大きさに切り分ける。
牛乳に1日漬けて血抜きをした後ナツメグ、葱、生姜と水で下茹でを繰り返し醤油、砂糖、酒、蜂蜜で煮込んだ猪肉の角煮だ。
煮汁だけ少し煮詰め最後に金柑の絞り汁を加えたソースを角煮にかける。
箸を手に肉に触れると蜂蜜のおかげか柔らかく切れ1口食べてみる。
「ん、これなら食えると思うけどどうかな?」
「あ、美味しい・・・。あのこれレシピ教えてくれますか?」
「これに書いてあるから持って行っていいよ。皿に盛るなら白髪ネギとクレソンを添えようか。他は臭い抜きをしたならカレーに入れても良さそうだ。」
リルトはメモを受け取りコクコクと頷く。
「次はこれを使って角煮饅を作るから蒸籠用意してね。」
はい、と返事をして用意をする後ろ姿を見てアンリは安心する。
次の戦いで死ぬかもしれないから出来るだけレシピ書いておくか。
リルトが受け継いでくれるならサラも文句は言わないだろうと思い用意を終えたリルトに笑顔で頷きで調理を再開した。
アンリとサラはナイトーさんの背に乗り森を進む。
「あの肉がこうなるとはな・・・。アンリは錬金術の才能もあるかも知れん。」
サラは角煮饅の入った袋を大事そうに抱えその1つを食べ終わる。
角煮と玉ねぎ、生姜、ニンニク、キノコ類を刻み混ぜて生地に包み蒸したものだ。
「もう1つ貰うぞ。で、獣人達は来るのは明日か?」
「ロイズの報告から割り出した進軍速度からすればそうなるな。一応説明は終えたが全員が人間の俺に従ってくれるのかな・・・。」
「お前は覚悟と意思を示した。他者を陥れ踏み躙ってでも生きようとする本能をだ。
それを私を含めた全員が認めている。利用されたプラタでさえ認めているから心配するな。」
アンリは戸惑いながらも頷く。
「勝つぞ。それに応えるの俺の戦いだな。」
「まぁ気楽にしろ。私が守るしカイネもラズもそう動くと言っているからお前は死なん。」
「それは困る。策には俺自身を使う事もあるから守られたら成立しない。」
サラは困った顔でアンリの頭を身体に寄せる。
「私はお前を失いたくないと思っているから軽々しくそんな策を使うなよ。」
「ん。俺も死ぬ気はないから多分大丈夫だよ。多分ね・・・。」
サラと話しながらナイトーさんに揺られ目的地に着いた。ケイトに川を引いてもらった谷間の地だ。
「来たわね。準備は終わってるわよ。」
「お~、予想以上の泥沼になってるな。」
ケイトの風魔術と魔族達で土と水をかき混ぜられた地は足が深く沈む程緩く獣人の進軍を遅らせるには充分な出来だった。
両側の壁の上には矢板が寝かされ戦いの支度も整っていた。それらを確認してからケイトに向き直る。
「ありがとな。これならイメージ通り戦える。」
「それはいいけど本当にホビットとピクシー達で大丈夫?その・・・獣人達に比べるとかなり弱いわよ。」
サラはケイトに向き直ると首を横に振る。
「問題ないだろ弩なら誰が撃っても当たれば同じだ。問題は数と連携、そうだな?」
「そういう事。エルフ達には2部族を守る為と指揮官狩りに潜伏してもらうけどな。」
ケイトはそっか、と納得してサラから角煮饅を受け取り1口齧る。
「うん、美味しい。で、仕掛けの3割もハマれば獣人狩りは充分と・・・。本当によく考えたわね。」
「色々不足はあるがな。火薬も欲しかったし斥候がいるなら捕らえたかった。」
ケイトはうんうんと頷き、
「木炭、硫黄、硝石は揃えても配分がわからなきゃおっかなくて混ぜれないわ。アンリは治せるからやれば?」
「聞いたかサラ?ケイトが爆発しろっていじめるの。」
アンリはヨヨヨと崩れながらこっそり金柑の皮を目に当て涙をだす。
「アンリ小道具見えてる、練習が足りないな。」
「芸風を増やそうと焦ったな・・・。この事は内緒にしといてくれ。」
「アンタどこでもふざけるわね。」
アンリは立ち上がり涙を袖で拭くと照れながら頭を掻く。
「照れるな!泥沼に叩きこむわよ!?」
ケイトが拳を上げるとアンリはサラの背に隠れた。
ルークスは拓けた空間で全体の進軍を停止させる。
次の集落、ハーピー族の治める地まで半日程の所だ。
全軍に休息をとらせている間にも思案は続いていた。
虫人族のコロニー周辺で見つかった無残な死体、あれはエルフの女王の仕業だろう。
あの狂人がハーピー達を纏めているのか?
ソドムのシスターは関わっているのか?
そして何故こんなにも不安があるのか?
後少しでこの森の覇者になれる、あれほど焦がれた地位に手がかかっている筈だが何故実感がないのだ?
「この身に感じる不安は何だ・・・。」
「サラ様の事ではないですか?失念していましたがこの辺りの小屋に住んでた筈です。」
ルークスは側近のギルカの言葉に首を傾げる。
「サラ?知らぬ名だ。」
「え・・・?」
「知らぬと言った。ギルカよもう休め明日は前線にて武勇を誇るのだろう?ならば何も問題ない。そうだな?」
ギルカは腑に落ちない表情を浮かべるが長の言葉に片膝を付き頭を下げる。
「必ずやご期待に添える働きをしてみせます。」
「うむ、任せたぞ。」
退出する背を見送ったルークスは地図に視線を落とす。
サラ・・・知らぬ名だ。だが何故気になる?
詳しく調べた方がいいとは思うが兵糧を考えると時間はない・・・。
「例え強者であろうと1人で何が出来る。」
自身を納得させるように呟いた。
花畑を見下ろすテラスに3人は集まっていた。
「エミルはどちらが勝つと思っておるかの?」
「獣人かな。数が違い過ぎるわ。フェミナは?」
「さぁ?兵の質も数も獣人が上だけど将ならハーピー達ね。どちらも強みで押すならいい勝負になるんじゃない?」
ノイルはココ、と笑い楽しげに2人を眺める。そんなノイルに視線が集まると肩を竦め、
「楽しんどるの、良い事良い事。妾はハーピー陣営の勝ちと思うがな。」
「あら?ルークスが哀れ過ぎる言葉ね。」
「ココ、仕方無かろう。ハーピー陣営の備えを見てきたからの。
戦とは始まる前に積み上げたもので決まる。侵攻続きで疲弊したものと充分に準備したものでは勝負にならんわ。」
3人は歪な笑みを浮かべ映像に視線を移す。両陣営の現状を写すそれを確認し開戦の時を待ち焦がれていた。




