ソドム 〜交渉 ヒルデ〜
普段であれば行商や旅人が行き交い、それらをカモにしようと人の良い笑顔を貼り付けた悪党達で賑わうソドムの大通りは閑散としていた。
遥か北の地でアンリと大陸北側の連合軍がぶつかった事から始まり、
戦況を報せる不穏な噂が人々の不安を煽り疎開していく者が増えたからだ。
その活気の無くなった街並みから奥に外れ、人通りの無い通り沿いにある宿屋の一室で椅子の背を抱え座るラルフは、正面の壁に飾られた絵の裏が青く光を灯した事に気付くと大きく伸びをし、現れた人に声をかける。
「お邪魔してますよヒルデさん。」
「・・・無断で女性の部屋に忍び込むなんてマナー違反よ。最低ね。」
「ごもっともです。しかし貴女を捕まえるなら転移先に張り込むしかないでしょう?」
朗らかな笑顔で交わされる言葉にも警戒を緩めないヒルデは、最悪の時は、ソドムの拠点を放棄しルフラに帰還する事も念頭に置きつつ言葉を選び相手の真意を探る。
「ラルフ君、生きてたのね。」
「えぇまぁ、今は流奴達の派遣会社の執行役員を任されています。
ほら、あの人達って記憶とか感情とか失っているせいか取引先と色々と面倒が起きる事がありましてね・・・その解決が主な仕事ですよ。
ヒルデさんの諜報能力ならご存知かと思っていましたが。」
「まさか、道化の動向を探るので精一杯で他の事に割く時間なんて無いわ。」
適当にはぐらかす言葉を口にしながら思考を回すヒルデは、1つの納得を思う。
教会の方針としてクラン公国が主導している流奴達の帰化計画の出資者はアンリだったのね。
余所の世界からやってくる使い捨ての道具で済ましておけば良いものを・・・人権やら主権を与えた結果、大規模なコミュニティが形成され増長し始めたらどうするのかしら。
その一端に関わっている者を前に思う所はあるが、最も問わなくてはならない事を口にする。
「本題の前に教えて欲しいのだけど・・・何故ここがわかったの?」
「あぁそれはフェミナ様が教えてくれました。
あの人、行きつけの酒場を破壊してオープンテラス仕様に変えてしまったとかで出禁食らったらしく、なんとかしなさいとこっちに話が来たんですよ。」
「えっと・・・何言ってるの?」
「いや、僕もなんのこっちゃかわからないんですけどね。
むしろこの地には我が強過ぎて意味不明な変人ばかりなので理解したら負けかなっと。」
ギャンブルの借金を肩代わりしてくれたんですけどね。と破顔するラルフを横目に頭を抱えるヒルデは、フェミナの索敵能力を甘く見ていた事と、同僚の馬鹿具合に大きなため息を溢した。
ただ魔王絡みという事は、失敗が許されるような生易しい依頼では無い筈・・・少なくともそれなりの成果を得られなければ帰れない覚悟があっての事よね。
なら、私が適当に煙に撒いてしまえばラルフはフェミナに殺され、雇い主のアンリは体面を守る為にも報復行動を移すのでは?
「えっとヒルデさん?何を考えているかわかりませんが、悪巧みは止めた方が良いですよ。
僕が失敗したら次に来るのはカイネさんです。あの理不尽シスターを相手したくないでしょう?」
「・・・それなりに頭は回るのね。」
「そりゃ、ヒルデさんみたいな切れ者相手に保険も無しに駆け引きはしませんよ。依頼人が違う以上、僕と貴女は敵対関係ですし。」
室内の空気が張り詰めていくが、盛大な溜息と共に両手を上に挙げ降参を示したヒルデの動きで弛緩する。
「駆け引きの内容はなに?」
「お、聞いてくれるんですね。」
「そりゃあねぇ。私が貴方を殺したら道化の怒りの矛先がこっちに来ちゃうし。」
肩を竦めベッドに腰掛けたヒルデは言葉を続ける。
「私の命って訳でもないんでしょ。せいぜいこの地から去れって所かしら?」
「まさにそれです。対価は情報でどうでしょう?」
「ソドム内の情報なら要らないかな。必要なものはだいたい調べきってるつもり。」
「では、アンリさんの現在地ともう一人の魔王、エミルの所在と目的でどうですか?」
目を細めたヒルデは対面の壁に背を預け顎に手を這わした。
私相手に嘘で通せるなんて甘い考えは無いと思うけど・・・本気かしら?
「ねぇラルフ君。ソレ、話したら不味い内容でしょ。」
「はい。アンリさんは、情報の扱いに関して結構細かいのでヤバいですよ〜下手すれば殺されますね。ですが、貴女を納得させて帰す方が重要です。」
椅子を前後に揺らしながらヒルデとの距離を詰めるラルフは笑う。
「情報戦の勇であり、撹乱、扇動を得意とする貴女にいつまでもいられたら困るんです。」
「直接戦うだけが強さじゃないって気付いたのね。偉いわ。」
「アンリさんもその分野を得手としていますから。あの人の外道ぶりを見てれば侮るなんてとてもとても。」
苦笑するヒルデは、髪をかき上げると1つ息をつく。
ラルフ君から逃げるのは、多分可能。でも追手がシスターカイネとなるなら話も道理も通じなくなる。この辺が引き際かな。
「いいわ。それで手を打ちましょう。」
壁から背を離したヒルデは机に向かい、引き出しから地図と紙を取り出し続ける。
「先ずは道化の位置と確証させる情報をちょうだい。」
「アンリさんは、前線の維持を他に任せてスラグ王国に向かいました。目的は、時期国王メナス卿への祝意と会合、そして不死者対策に殺しの専門家の意見を聞きに。」
「不死者・・・?」
「なんでも向こうの総司令官が治療阻害系の呪いをものともしない回復力とかで、ほら、殺す訳に行かない立場の相手なので・・・。」
説明を続けるラルフの言葉に嘘は無いと確信するヒルデは、メモ書きを続けながら思う。
道化は、スラグの王都を焼いた狂人を派遣していた筈。殺しの専門家はそいつかしら。
自ら会いに向かった事からこっちに引っ張り出してくる事は無さそうだけど警戒は必要ね。
筆を走らせながら思考を続けるヒルデは、自身が浮かぶ想定を箇条書きにし息をつく。
「道化の位置も目的も納得したわ。次の幼月に付いて聞かせて。」
「エミちゃん様はメノム近郊に潜んでいます。目的はロイ団長とゲラム魔導元帥の殺害。」
「エミちゃん様って・・・まぁ良いわ。それは本当に?検問所も見張りからもそんな報告は無かったけど。」
地図のメノム周辺を丸印で囲み、先発隊の布陣図迄の距離を指でなぞる。
吸血鬼達だけなら夜間に飛行で潜入は可能だと思うけど、配下の大半を占める不死者達の多くの潜入は難しいだろう。遺体の現地調達も可能性としてはあるけど集団失踪でも無い限り軍を形成する事は・・・。
思い当たる事に気付きメモをしていた紙を握り破いてしまう。
「道化が手を貸した・・・?」
「正解です。渓谷で保管していた戦用の遺体は、荷物として偽造した通行証で通し、死霊族の軍を構成する為に必要な使い捨ての肉体は、初邂逅時に毒煙で殺した方々が提供されたらしいです。」
本当に外道ですよね。と肩を竦めるラルフは椅子から立ち上がり壁の絵画に手を伸ばす。
「さて、対価はこれで充分ですか?サービスで荷物整理位ならお手伝いしますが?」
「結構よ。宿屋に支払いと挨拶だけしといてちょうだい。」
地図とメモをしまったヒルデは宿賃を机に置く。
「じゃあまたね。魔王達によろしく伝えといて。」
「えぇ、生きていたらまた会いましょう。」
手を振り絵画の裏に隠したマーキングに身体を沈ませていくヒルデを見送ったラルフは、スキルの術式を破壊すると部屋を後にした。




