人魔大戦 ⑩
魔族達と構える最前線より奥深くに設えられた本陣にて伝令兵が伝えてくる情報を元に戦況の整理と部隊の移動と配置を指示し続けるオリヴィエは、広げた地図に駒を置き対応策と討論を交わし続ける文官達の中で、1人首を傾げる者に興味を示した。
道化と鬼が姿を見せたとの報告を受け、各部隊の配置も終え、小規模な銃や砲撃を交わし始めたとの報告が来た今でも視線は最前線より地図全体を俯瞰している。
「どうしました?何か思う事でも?」
「・・・いえ、どこか拙いなと感じまして。」
「拙いですか?」
頷いた文官は、周囲の視線に押されるように前に一歩進む。
「道化のいる位置です。当初は士気向上を狙い決戦を仕掛けてくるのかと勘繰りましたがそれでも防衛ラインを超えてまで出てくる意味がありません。
普段通りの戦いであるなら配下の者達と好戦的な鬼に任せれば済むのに今日は、そこにいる・・・これはこちらを注目させる罠のような気がします。」
罠・・・と口の中で言葉を転がしながら地図を俯瞰し過去の策謀を思い返す。
道化は、人を貶め優位な立ち位置を維持する為に根回しと準備を行うタイプの策謀家。
想定通りに進んでいるなら表舞台に姿を表す必要が無いにも関わらず本人が戦場に現れたのは、なにかしらの不都合か、調整を余儀なくされる状態に陥っていると考えられるけど・・・。
天幕内の全員が地図に視線を落とし、手掛かりを探ろうとした時、入口方向から慌ただしい喧騒が生まれ、次に衛兵達の制止する声が作られるが、その声を振り切り転がるように飛び込んで来た伝令兵に全員の視線が向けられた。
「報告!報告です!!物資積載所が襲撃されました!!!」
「はぁっ!?」
言葉を洩らしその意味する所を理解したオリヴィエは、あり得ないと呟き伝令兵に駆け寄る。
「詳しく。何が起きたの?」
「は、はい。積載所に火が掛けられました。付近で魔族の姿を捉える事は出来ていませんが、防衛隊長は失火では無く破壊工作と判断され消火と警戒に当たっています!」
「魔族の姿は無い・・・では、裏切り者が出たと?」
「それは・・・いえ、いえ!国に忠誠を誓った我等の中に裏切りなぞ出る筈がありません!!」
感情的に断言する伝令兵を窘めつつ、数名の文官に消火と現場検証の指揮を命じ立ち上がる。
食糧や医薬品関係に不満や懸念が出るほど配給を絞ってはいない状況での出火に加え、犯人が判明しないとあれば裏切りは当然視野に入れるべき事だが、その一方で盗みでは無く燃やす行為は悪手だと思う。
逃亡兵が出始めた末期なら追手や責任の撹乱を期待して行うかもだが今はそのような状況では無いからやはり破壊工作なのかしら。
その判断をする為に現地に出ると決めたオリヴィエは、地図を囲む文官達に言葉を作る。
「私は積載所に向かい指揮を取ります。貴方達は副長2人が自由に動けるよう補佐をお願いします。」
返事を待たず出口に向かうオリヴィエは、足を止めず馬と近衛兵長を連れてくるよう命じ天幕を潜った。
後方で炎と煙を上げる積載所を後にしたファルモット達は、次の地点に向け足早に森を進んでいく。
保管されている物資や船を破壊する為に野戦砲やマスケット用の火薬が詰められた箱や油を使い火をかけたまでは、良かったがあからさまに目立ってしまったからだ。
こうしている間にも消火と無事な物資の運搬に人手が駆り出され、積載所を繋ぐ道が喧騒と混乱を増していく中、次の目的地に付いたファルモットは、スキル[共感覚]を使い、それぞれの感覚を繋げ先に視線を向けた。
熱に色を付け、足音や衣擦れに色や味を感じとり、積載所から届いた風が運ぶ臭いや、音の反響等にも味や色や俯瞰図を重ね選別し、得られた膨大な情報を精査し即座に兵の数と物資の位置を把握していく。
それらの情報をメモし、兵達の長所に合わせた襲撃の割り振りを決めるファルモットの横で、そのスキルと彼の手腕に興味を強めていたフローは目を輝かせる。
アンリちゃん曰く、人間の感覚に慣れた私達からすればファルさんの視界や感覚は、何がどうなっているのかもわからない程に情報が多く無茶苦茶な世界と化していると言っていた。
きっと常人なら発狂しかねない程の異常で異質なスキルとそれを支える頭脳。でもでもそれだけ精査出来るなら錬金術の調合に助かりそうなんだよね〜。
「ねぇねぇファルさん。」
「駄目だ。あんたの依頼は受けねぇ。」
「えぇ〜なんでなんで。ずるいよ。ひどいよ。悲しいよ。もしかしてイジメなの?」
やかましい。とフローに向け拳を振り上げたファルモットは逃げるその背に溜息を作る。
ヴァンの背に隠れ顔を出したフローが口を尖らせるのに中指を立てて応戦し言葉を返す。
「友人も部下も誰も理解出来ないこのスキルに頼り過ぎた結果、母国を追われたんだ。あまり使いたくねぇんだよ。」
「でもでもアンリちゃんの頼みなら使うの?なんで?馬鹿だから?」
「別にアンリの為じゃねぇよ。」
胸に手を当て息を吸うファルモットは、追放され流浪の旅の先にクラン公国に辿り着いた時の記憶を脳裏に思い返す。
ルフラと母国の同盟締結の影響から匿う者も助ける者もいなかった傭兵崩れの俺を疎まず拾い上げたのは、まだ団長に就任する前のグレイグだった。
他の副長達と実績や人気を集め派閥争いをしていた大事な時期に厄介者を匿うリスクはグレイグの戦略に大きな遅れと出費を生じさせる事になってしまっただろう。
結果としてグレイグは、団長に就任出来たが恩人の経歴に取り返しの付かない傷を残しかけた事実は、負い目として心に棘を残している。
団長は気にするなと笑うだろうが、国の防衛を任される地位を得る為に命を懸け、部下達の信頼を勝ち取る為に費やした苦労も覚悟も時間も知っているだけに感謝以外の感情は無い。
もし俺が逆の立場だったなら見捨てていたと思えるだけにどうしようもねぇよな。
「団長がアンリに賭けたならそれを勝ち馬にするのが出来る部下ってやつだ。あんたらも上司の命令で来ているんだろう?」
ギルドに席を置いている副長3人は当然として、他の者達も裏稼業者に身を寄せ生活している曰く付きばかりだ。
「仕事はこなす。他はやらない。面倒は嫌い。それ以上の説明はいるか?」
「ううん。ごめんねファルさん。次はグレイグさんを買収してから依頼するよ。」
「こ、こいつ・・・マジでどうしようもねぇな。」
ふへへ、と照れたように笑うフローに文句を続けようとしたファルモットは、背後から届いた風の匂いと喧騒の音に瞬時に仕事の表情に戻した。
喧騒の中に今までなかった明確なノイズを感じ取り、それが追手が生む味だと判断し言う。
「俺はお客の相手をしてくるからお前らはさっさと働け。」
「追手ですか?僕も行きますよ。」
「いや、ヴァンがいなくなればフローさんの抑えがケイトだけになる。それは厳しいだろ。」
首を傾げるフロー以外の全員が頷き積載所に足を向ける。
「追手も現れた以上、適当に荒らしたら帰還を目指し南側に移動しますが大丈夫ですか?」
「あぁ、適当に暴れてから向かう。戻らなければさっさと帰還して良い。」
火薬と鉄片が詰まった筒を指輪から取り出し口端を吊り上げ笑う。
「これで遊ぶから巻き込まれたくなかったらさっさと働いてこい。」
即座に駆け足で離れていく部下達に手を振り、改めて追手達の音に意思を傾け、頭に流れ込む膨大な情報を整理しルートを予測すると迎撃に向かった。




