人魔大戦 ⑧
晴れ渡る空。段通りなら、砲撃戦により土煙と硝煙で霞む戦地の上空は澄み切った青を映していた。
反面、歩む地は見渡す限りの泥濘園が広がり、所々に肉片とおもしき赤黒い色をした肉塊や骨が泥を被り姿を覗かせている。
その残状を確かめながら丘の中腹を歩くアンリは、鼻を抑え横に並ぶサラに言葉をかけた。
「湿った土と硝煙の臭い、そして血と腐臭か・・・なかなかキツいものがあるね。油断すると朝食に食べた物を咀嚼物に変えてお披露目してしまいそうだ。」
「戦場なんて何処もこんなもんだよ。死体、臓物が泥に覆われてるだけまだマシかもな。」
「ハハ、華々しい夢も幻想も打ち砕かれてしまうね。きっと彼等も大変だろう。」
黙祷を捧げてから丘下に向けた視線が塹壕や土塁から覗くこちらを注視する面々をとらえた。
高低差による優位と、人数比率による被弾時の死者数差からなのか森を抜け届く風の腐臭はより強く感じ取れる。
「しかし俺を餌にすればもう少し食いつくかと思っていたが案外寄って来ないもんだな。ファルさんの為にも陽動の役割を果たさなくはならないんが・・・。」
「挑発でもなんでしろって言ってたぞ。何か試したらどうだ?」
うーんと首を傾げるアンリは、深く思考を巡らせると、腰を屈め胸元を強調するように腕を組む蠱惑的なポーズからの投げキッスとウインクを丘下に送る。
双眼鏡を覗き動向を探っていたラクトとナキは馬鹿の奇行に戦慄し顔を見合わせた。
1時間程前に姿を表した道化と鬼は、何故か防衛ラインの塹壕を超えて丘の中腹で散策をしていた。これも十分な奇行だが何を目的にしているのかを探ろうと泳がせていたら意味不明の行動を始めた為に2人は、何を見せられているのだろうと思う気持ちを強くする。
「ナキさんナキさん。戦争は人をおかしくさせるなんていいますけど・・・。」
「言うな。あいつは、戦争に耐え切れず精神疾患を患ってしまったって事だ。その悪化し始めた思考に合わせて対応するのは身内と医者の仕事で俺達には関係無い。」
「なんてむごい・・・立場から戦傷兵として後送もされず痴態を晒し続けるなんて可哀想が過ぎますよ。」
部下達も深く頷き同意を示し、クネクネと腰を振っているアンリに憐れみの視線を丘の中腹に向けた。
「ふむ、遠くて確証は無いが何故か蔑むような視線が向けられている気がするのはなんでだろうか。」
「あぁ、まぁ、今のもニュアンスは違えど挑発ではあったと思うよ。うん。」
「歯切れの悪い言い方だが・・・まぁ注目は集められたような気はするから良いか。細かい事を気にするのは精神衛生上よろしくないからね。」
両手を天に伸ばした伸びをし、眼下の布陣を見渡し続ける。
「先日サラを止めたナキさんは少々ヤンチャな前歴といい傭兵団の中でも特殊な経歴の方だ。再びの相対用に急いで纏めた情報だったが目を通しているか?」
「一応な。確か元麻薬密売組織のボスだったか?」
「うん。自家製ドラッグらしき薬物の販売で元手を作り、ゼロから人脈を広げた手腕からも彼が切れ者なのは間違いない。
販路拡大途中で質の悪い売人を取り込み、失墜しなければアノマのじいじと覇権を争っていたかもな。」
ぬかるむ地面を避けながらアンリの横に並んだサラは、同じように丘下に視線を向ける。
「なぁなぁ自家製ドラッグってなんだ?」
「彼が扱った物はわからないが、一般的に手に入る薬から必要な成分を抽出したり溶解させてから再結晶化させて作る物だよ。
俺の時代は、簡単手軽な物として咳止めシロップの一気飲みなんかが流行っていたな。甘いからウイスキーで割ったりして飲みやすくしたりもする。」
「ほう、よくわからんが詳しいな。」
「今の誠実で紳士的な俺からは想像出来ないかもだが、わんぱく盛りな年頃もあったんだ。今思えば馬鹿やって恥を積み重ねただけの生産性の無い時間だったけどね。」
実に無駄だった。と付け加えてからため息を溢す。
「さて、恥を吐露するのは止めて前向きに仕事に取り掛かろう。
本当にナキさんの足止めは大丈夫か?彼は戦いだけでなく言葉も搦手も使える難敵だ。長く相手をするのは危険だが。」
「問題無い。私はそもそも人の話を聞かないからな。難しい話なら尚更だ。」
「今はなんとも信頼出来る言葉で安心するよ。でも今後の為にも人の話は聞くべきだと思うぞ。」
つい、と視線を外す横顔に苦笑し、その肩に手を置き言葉を続ける。
「まぁ良い。今回の戦闘は、ファルさんの仕事の補佐がメインだから森の中まで進行しちゃ駄目だぞ。ある程度注目を集められるように派手に、だが威圧し過ぎて逃走させるような事の無いようこの場に留めておかなくちゃならない。」
「あぁ、わかってるよ。だがファルモットの方はちゃんとやれるのか?」
「あの人は怪物だよ。人の枠組みなら彼が最強だ。誰も敵わない。」
「うん?確かに強いとは思うがそこまでか?」
あぁ、と頷き敵の布陣の先の森、ファルモット達の軍を転移させた方向へ視線を向ける。
「ファルさんのスキル[共感覚]を持つ者に多い症例を俺は知っている。それはサヴァン症候群と呼ばれる得意分野に於いて異質な才能を持つ人達に多く診られた稀有な症例だ。」
元いた世界の記憶を探りながら言葉を紡ぐアンリは、確か、と言葉を置き先を紡ぐ。
「異常な記憶力や計算、判断能力を有する者、音や色に味を感じ、離れた熱を色で判別する者、なかには時間軸が見える者もいるらしい。
彼のスキルとは、繋げる感覚次第で任意の異能を引き出し人造の天才と化すもの・・・つまり、人間に出来て彼に出来ない事は無くなる。
彼こそ人類が目指し、辿り着くべき理想の極地だよ。」
くしゃみをし、鼻を啜るったファルモットは一度振り返り、その背に続いている部下達を視界に収める。
「何処かで美女が噂を・・・。」
「してないです。ありえません。」
「・・・断言するんじゃねぇよ!殺すぞ!?」
最も近くにいたヴァンの襟首に手を伸ばしたファルモットは、なぁ?とその後ろにいるフローとケイトに問うと2人は、顔を見合わせ何かを相談し頷く。
「ファルさんはあれだよ。酒にのまれて半裸で寝てたから風邪ひいたんだと思うよ。多分ね。馬鹿みたい。」
「そうよね。酒癖悪くギャンブル狂い。その上借金持ちの戦闘狂とか事故物件過ぎて口に出したく無いわ。」
「て、てめぇら・・・。」
こめかみに青筋を立てて怒りに震えるファルモットは、全て事実の為、言い返す言葉が浮かばず項垂れる。
やる気を著しく落としいじけ始めたファルモットに、アンリが提示した報酬と、クラン公国からの委任状の写しを見せるケイトは、先を指差す。
「上司からの命令ならやらなくちゃならないでしょう。さっさとしなさい。」
「本当に優しくねぇな。傷付いた心のケアに報酬を上乗せしてやる。」
文句を言いながら立ち上がったファルモットは、改めて全員を見渡した。
先の毒煙による奇襲で奪った鎧や装備を身につけ、混成軍に偽装した部下達に互いを識別する合図とした布がある事を確認し、言葉を続ける。
「さて、敵さんはリスク管理から食糧の保管庫を複数の拠点に分けているようだ。
で、俺達の目的はその食糧、物資、それと船の破壊。暇なら馬と飼葉もそこに加えても良いがあくまで隠密にだ。敵と戦う事より気付かれず潜入し邪魔をするのが仕事だ。」
向けられている視線を受け止め息をつく。
「もし敵に見付かった者は各自で作戦続行の可否を判断し、陽動か逃亡を選択していい。帰還を望むなら南側から迂回するルートしかないから気を付けるように。
あぁ、当然だが隠密作戦中にも関わらず捕縛された馬鹿や仲間を売るような奴を見掛けたら誤射して良い。質問は?」
「「「・・・・・・。」」」
「これは魔族の中で人間のみで構成されたこの部隊にしか出来ない仕事だ。成功報酬は規定額より弾ませる。奮起しろ。」
視界内の全員が声を出せずともガッツポーズで応えを返した。




