猪少女 アンネローゼ・ケスティング
一言に剣術と云っても様々な捕らえ方が存在する。
まず多様な剣の種類。エストック、サーベル、レイピア、ロングソード、ブロードソード、バスターソードと挙げれば限がない。片手両手と構えも違えば想定する敵も変わってくる。
例えばレイピア、エストックなどの細身の剣や突き刺す事に特化した得物では対人戦闘には向いても獣や魔獣、魔物には向かない。どこかの神様が創った蹈鞴の太刀に竜族魔法の付与などという規格外の刀剣を除けば通常の戦闘において使われる剣が変わるのは当然の事となる。
様々な事情もあってかこの世界において剣術、流派というものは無いと記すには無理があるが確立されていないと云って問題は無いだろう。
獣人種にはそれぞれ得意な伝統的な得物を使う習慣があり、虎紋族ならばバスターソード、犬狼族はサーベル、猫又族はショードソードと云った種族流の伝統的な訓練法が存在はする。
だがそれが流派として確立しているのかと言われると否である。これは格闘技においても同じなのだが、個人としての名声が重視されるのか流派として門弟を構える文化が存在しない。
エストックならこういう戦い方をするものだ、拳闘とはこういう戦い方をするという概念だけが存在し技術の伝承というのは騎士と従者の間や一部にある師弟関係でのみ受け継がれる。
他は書物によるマニュアルのような物だけが存在するか得物の特性をいかした我流が主流。王宮などに伝わる一部の特殊な宮廷流派を除けば○○流剣術、○○流格闘技等という少年の心を擽る様な文化が存在しない。
とは云えど冒険者の学校においてバラバラの剣術を教える訳には行かない。
それぞれが好きな武器を手にとって訓練などすれば事故にも繋がるので得物は全て学院《慶司》が用意した物となり、レイピア、サーベル、ロングソード、グレートソードが用意された。刃が潰れ居ているのは勿論な上に魔術付与によって相手に当たるところで風に阻まれ代わりに電撃が走る優れものである。
それぞれの武器には専門の教官が用意されて地獄の基礎訓練を終えた生徒から順に教えを受ける事が出来る。
実技の中でも男子にも女子にも人気の授業であり、必ず必要となる技能でもあった。
まず生徒は4種類の得物から自分の将来の目的に沿う武器を選ぶ事になる。教官からも各武器の特色や用途、戦い方が最初に説明されて生徒が狩を中心とした将来を見据えているのならばロングソードやバスターソードを中心に、護衛、採取などを中心としているならばレイピア、サーベルなどを薦めていた。
刀はその製法の特殊性もあるが扱いなども違う為に授業項目としては取り入れなかった。一部(主にホメロウやカミュ)からは希望があったが却下された。一人で練習をしているソフィアだけは少し例外だから置いておこう、彼女は慶司の娘である。
一定レベルの力量に達するまでは只管に扱いと素振りを繰り返させられる。
慶司と担当の教官達が学園が始まるまでに一番時間を使ったのはこの過程であった。所謂ファーレン冒険者学院流とでも云える剣技の確立を慶司は目標としていた。スポーツではなく対象を殺す為の技術を旨とした技術を教えなくてはならない、戦闘方法も対人と対獣、魔獣となれば基本からして変わって来る。
「セイ!セイ!ハァ!」
「悪くは無いが、如何して、何故と考えろ……それと掛け声は要らんぞ」
「それぐらい解っていてよ」
まだ、こんな事では駄目だ……彼女は只管に剣を振るいながら考える。教官の言わんとする事とはまったく意味の違う方向に意識が向いていたのは偶々であると思いたい。
ナンシー・アドメラ、偽名なので本名はこの学園で知るものは一人も居ない。だが彼女は三馬鹿に劣らぬ程に別の意味で馬鹿だった。彼女を知るものが居ればこう評する、ブブーベ少女、放たれた矢、単純、愚直。そして現在名を偽ってまでこの学院に来た彼女は本来隠す筈の身分の事も忘れて話し方が他の者と変わっていた。今のところ教官や学友もどこかの貴族の次女かなにかだろうに物好きにも冒険者を目指す馬鹿だと思われている為に何も問題は起きていなかった。
だが彼女の生まれが発覚すれば色々と問題が巻き起こるのは必然。彼女こそがエリミアド王国の王位継承権で現在一位となるアンネローゼ・ケスティング。現女王リーゼロッテの一人娘であり女王制度を持つ、そしてフルトリアとの戦争中の王女であった。
普通に考えて王族、しかも継承権第一位の王女が他国のそれも護衛も付けずに学院にいるなどありえない。ありえないのだがそれを成し遂げるだけの行動力と残念な頭が彼女にはあった。伊達や酔狂で皆が先の様な渾名をつけたりはしない。余りの事態について祖国で母親が心労のあまり倒れている事など気にもせずに彼女はここに居た。勿論母親の心労だけでは問題は済まないのだが、彼女は馬鹿である。その所を忘れてはいけない。せめて書置きでもしておこうと書いて残したのが「修行に出かけます」の一言だった。何の手掛かりにもならない。恐るべき天然の馬鹿であった。
この学院にもエリミアド王国からの留学生はいる、しかしながら高位貴族の三男や下級な貴族の次男などで王女の姿を知る者は居なかった。だがこれは彼らが立場が低いから王女の顔を知らないというだけでなく、公式の場に殆ど姿を現さない彼女にこそ問題がる。
同じ王女という意味でもお転婆という意味でもシャーリィに似ていると云えなくも無いのだが、彼女は礼法も兼ね備えた実は完璧タイプというお転婆な女性であり、ナンシーは礼儀作法など基本以外は全て無視の武力全振りタイプの少女だった、公式の場に出る事を嫌った為に国民が知っているのはテラスの上からの姿のみ。晩餐会などでダンスをなどと云う浮ついた事をするぐらいなら庭で剣の訓練だというタイプだった。
「セイ!セイ!セイ!」
この学院に入学してから最も剣技などで努力している生徒が誰かと問われたら誰もが彼女の名前を挙げる。せめてそれが座学にも向いてくれないかと教員達は思っているのだが……今も一人で寡黙に素振りを繰り返している。あのホメロウでさえここまで素振りをすると疲れるだろう回数をこなしてもまだ続ける姿には感心しているらしい。
「む、セイ!セイ!」
一瞬動きに躊躇いがでたのは慶司の姿を見たからだろう。そもそも彼女がこの学院に入学しようと決意した裏には竜王格闘杯を見に来ていたという事情がある。その日から綿密に計画を経てて入学をする為に様々な工作を行っていた。彼女の行動や思想は馬鹿だと周囲には見えている為にその頭の中身も残念だと思われがちなのだけれども実際に頭自体は悪くない、むしろ勉強さえすればと母親を悩ませる程の才能は持っている。そして彼女はこの入学計画に関し普段みせない頭の良さを発揮していた。
まず竜王格闘杯についての態度を全て押し込め平然とした態度で帰国していた。あの試合の最中に語られた慶司の作る学院に入学する、そして教えを請えるだけ成長してみせるとその場で決めた彼女は一切の痕跡を残さない為の行動をその瞬間から開始していたのである。
一人も協力者を作らず、独力でのみ城を抜け出し、獣を狩り資金を貯めて単独でやってきた。それまでにも剣を振るい訓練をしてきた為に力はあった。そして幾ら剣しか興味が無いといえど国の貴族などからの贈り物などの貴金属を持っていた。足の付く物は控えて目立たない物だけを換金すると一気にグラームへと商売人の船で移動してしまった。
一途な阿保の娘だった。だが彼女が慶司に惹かれたのは全て国の為、王族として慶司を招聘は出来ないだろうと野生の勘でも働いたのだろう。ならばその技の一旦でもいいから自らモノにしてフルトリアとの無益な戦争を早期に解決する力として戦場に立つ為にと思い込みやってきたのだ。
同年代のシャーリィが智であるなら彼女は武によって国の為に働こうと決意していた。
本来なら彼女の能力的に見ても目的からしても放課後の訓練に参加していている筈だが、妙なところで慎重な彼女は参加する事を渋っていた。もしも正体が露見すれば連れ戻される可能性が高い事を理解しているからこその判断だ。
その割に、訓練において一切の妥協を見せない練習振りは周囲の耳目を集めるのに時間は掛からなかった。
慶司がこの場に現れたのもホメロウや教員の報告で優れた剣の使い手が居ると報告を受けたからに他ならない。
「セイ!(しかし校長先生、いえ慶司様は立ち去ろうとしませんけれど、何処か私の剣って扱いが変なのかしら)」
そして彼女が慶司の顔の広さとこの大陸における現在の役割を知らないからこそ、平然として勘違いをしながらも、こうして剣を振り続けていられる。慶司が彼女の存在を突き止めたのは入学から1週間後であり、既にその正体も突き止めていた。
エリミアド王国として正式に王女が修行に出たなどという発表は勿論していない。だが極秘裏に動いた貴族などの情報から王女失踪は容易に想像されて未確認情報として、エリミアドの黒狼からフルトリアの黒狼へと連絡が入った。
勿論慶司にもその情報は齎される事となる。現在の慶司に集まる情報は精査された物が殆どではあるが様々なルートから寄せられている。黒狼は勿論の事、冒険者ギルド、竜族、商会、王族と多岐に亘り、現状で最もこの大陸の情報を掴んでいるのは局地的な物を除けば慶司が一番である事は疑いようが無い。
流石に入学後にならなければ判らなかったのだが、これだけ剣の腕が立ち、情報と酷似した相手が現れれば確認する。
写真が無いために肖像画と王女の特徴からの推測だったが、偽名や喋り方と外見的な特徴で慶司は確信した。
せめて貴族で登録していれば、慶司もそういう生徒はいるだろうと思って発覚が遅れたか、そもそも連絡が入らなかった可能性もあった。だが普通に貴族でもない女生徒があの喋り方はしない。
だが慶司にも判らない事がある。
なぜ王女がこの学院に通っているのか。学院に通いたかったから失踪、これは頭に浮かぼうとも即効で却下されていた。当然だといえよう。どこの世界に学院に通いたいからと云って失踪する王女がいるというのだろう、その手の場合は留学の申し込みなどが通常されるのが通例である。許されるかどうか、実現するかどうかは不明だが、現にマギノでは王族や公爵位持ちの学生が留学したという実績は数多く存在する。実に判り安い人材の引き抜き工作に訪れたらしいが、頭が残念であった為に早期帰国という処分になったらしが、可能性が無い訳ではないし、彼女の実力なら可能だろう。
冒険者として学びたいと云うのであれば慶司は身分を偽装して受け入れる事も反対ではないし、数年後にアレクが留学する可能性があると聞いているので同等の処置を取ろうとさえ思っている。
なので真実には近づけない。まさか此処に常識の通用しない生徒がいるなどとは思えないという喜劇が存在してしまった。
故に慶司はこうして接近し、実力を測ると共に声を掛けることを決断した。
「いいかな」
「はい、校長先生」
「筋のいい生徒がいると推薦があったのだが、放課後の特訓には参加していないようなのだが」
「私の実力などあの方々に比べればまだまだですわ」
「ふむ、謙遜もいいが力量は十分だね、今はちょっと時間もないからアンネさんには悪いが、後で理事長室まで来てもらえるかな?」
アンネローゼにとって慶司は憧れの存在であり緊張していた。王族として少なくとも緊張とは慣れ親しんだ物であったはずなのにも関わらずである。ほんの一瞬だけ体を強張らせて彼女は頷いた。
(どういうことでしょう、なぜ校長室なのでしょうか!?)
そして得てしてこの年齢の子にありがちな全てを恋愛に向けるというような恋愛少女脳ではなかった。
とは云えども憧れの戦士の誘いともなれば行かないなどという発想が生まれない、自分の立場の事など忘れて彼女は即座に頷いていた。
「必ず伺いますわ!」
流石残念と言われる王女であった。




