アルバイト
彼の名前はルーサー・パウマン。この春に私立ファーレン冒険者学院に入学した猫又族の少年、そして慶司によって注意を受けた自他共に認めてしまう【遅刻王】という二つ名を持つ。
一先ず注意を受けたその日からアルバイトを減らすという誓約書をもって遅刻を減らしますと慶司の待つ理事長室まで赴いて提出し、かれこれ二週間。彼は非常に悩んでいた。そして今また彼は理事長室の前にいた。
少し時間は遡り、慶司にルーサーが書類を提出した後日の話となる。
ルーサーは悩んでいた。このままでは学費が返済方式なのはいいとしても、不味いと……。一言で云うとルーサーは要領が悪かった。多くの学生がバイトを斡旋してくれる冒険者ギルドの出張所を利用する事に気が付いたのも遅ければ、何故か一人で依頼を受けて時間が掛かる仕事ばかりを引き受けていた。
「これが調べた結果にゃ、どうも要領が悪いだけじゃないような気がするにゃ」
「うーん受けている依頼は危険度はそれほどじゃあないのはギルドのお陰だろうな、でもその中でも金額を重視して受けているのと一人で全部こなしているのが気になるね」
「そうなのにゃ、友達が居ないわけじゃないのにゃ」
「ますます不思議だな」
「一応遅刻は今のところはしてないにゃ」
「まあ、あれは注意を促すためだったけど、バイトの状況は」
「減ってはいるみたいにゃ、でもまだ休日だけじゃなく平日も受けてるにゃ」
「うーん、仕送りとかかな」
「可能性は無くないにゃ」
「一人の生徒に掛かりっきりも良くないけど、他にも発生しそうな事案として先手を打ってみよう」
「わかったにゃ、慶司は優しいにゃ」
直接授業を持つ回数は少ないものの、ある意味別の機会から知る事になったルーサーの近接戦闘の技術は悪いものではなく、普通に鋼ランクの下位ぐらいは実力もあった。それだけに惜しいとは思う。だが一人の生徒を特別扱いは出来ないのでまず原因を知ろうというのである。
幾ら慶司と言えど忙しい中でルーサーの身元調査まで時間を取る事が出来なかった。なのでエイミーに任せて調査を頼んだのであった。
そうして過ぎた2週間後。残念な事にルーサーの遅刻が報告された。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「さてルーサー君、何故呼び出しを受けたかは理解してますね」
「は…い」
「何か申し開きはありますか」
「いえ」
成るほど潔いと云えば聞こえは良いがこれは諦めが入っている。困ったものだと慶司は考える。確かに退学となるので気をつけなさいとは注意したが退学にするぐらいなら入学なんて簡単にさせない。問題としては周囲に悪影響を及ぼすがギャンブルや違法薬品、そのた社会に反する行為を行ったわけでもない。とはいえ多寡が遅刻されど遅刻だ。身体的な特徴やプレッシャーによって睡眠障害でも起こしているのかも知れない。だがその手の医療技術がこの世界では発達はしていないのでこちらから取り除く手伝いをする必要があると慶司は判断した。
「申し開きが無いというより、事情を説明する気もありませんか」
「それは……」
「ルーサー君、流石に私も色々と調べる事もできます、なにせ依頼を出しているギルドの出張所を管理運営しているのは私ですからね」
「あ」
正確に言えば依頼の内容のランクなど全てに関わっていたし、管理運営どころかその大元の冒険者ギルドでさえ慶司の影響力は及ぶ。
「君が受けた依頼内容などは全て判りますし、その他の事も悪いけど既に調べてありますが、できれば君から説明も聞きたい」
実際には今日の午前中に報告書も届いている、だが慶司はルーサーの口から聞ける事を望んだ。
「その、お金が必要でして……」
ルーサーはゆっくりではあるが彼の事情を話し始めた。所謂苦学生といえるのが彼の立場だ。ちなみに今まで旅をしてきたけれど慶司と彼には一切接点は無かった。ルーサーは竜王格闘杯の宣伝を知り、その大会における慶司の活躍と年の近い優勝者が作るという学校への憧れと希望を胸に学院へと入学した。彼の実家は父親が居ない母子家庭で父親が冒険者だったが仕事の途中で命を落としていた。この世界では普通によくある話であった。だが妹を抱え家族三人で暮らすだけならなんとかなるが唯一の男手であるルーサーが学院に通う事はそれだけ収入が減る事になる。だが母親は冒険者になりたい息子の思いを叶えてやりたいと許した。何よりも冒険者学院の目的が冒険者の死亡を減らす為の基礎技術の訓練学校という意味合いが強い事に彼女はどうせ息子が冒険者になるのであればと思って送り出した。
ルーサーは迷ったという、実際慶司の活躍を知り、自分と年齢の近い英雄が作る学校には興味があった。だが家族を置いて一人学院で学ぶ事に抵抗があったのだ。入学が無料であり、返済が働き出してから可能立った事で母親がどうせ冒険者になるのならこの学院を卒業できたらという条件を出した事で入学を決めたのである。そして入学後に彼はバイトが可能であると知る。都市部でもあるこの地は依頼の金額もルーサーの地元と比べると量も質も良かった。一人で片付ければ自分の稼ぎになり、彼は仕送りできる事に喜んだのである。そして仕事を詰め込みすぎたり、金額の高い物を一人で処理しようと頑張った結果が肉体的な疲労を齎して遅刻王という不名誉な結果につながってしまった。
「人には夫々に事情がありますから、バイトをするなとは云いません、ですが遅刻はしてはいけません」
「はい」
「ではどうするか、先日はバイト等を抜いた形で書類を頂ましたが、現状でバイトの形式を変えなければいけませんね」
「それは……はい」
ルーサーとしては母親との約束もある。冒険者になるのを母との約束を守るのであれば学院を卒業しなくてはならない。だが実家の母と妹の事を考えれば仕送りも辞める事が出来ない。
ここで慶司がお金を与えたり、貸す事などで解決するのは容易い。だがそれはしてはいけない事である。
「ルーサー君は近接格闘に才能が見受けられます」
「え、そうですか」
「ええ、それは間違いありません、ですが現在の一番手ではありませんね」
「はい」
彼よりも強い者は存在する。実際に虎紋族などの方が力や能力だけで云えば優れている者がいる。だが猫又族だけで見るのであればルーサーはある意味特別ではないかと云うほどに素質が見られる。それこそホメロウとカミュに匹敵するだろう才能を慶司は感じていた。総じて猫又族というのは素早さと策的能力、そして弓を得意とする者が多い。近接戦闘では2本のナイフを持って格闘する猛者もいるが、重さが足りない攻撃がに成りやすい。力の虎紋族、技の犬狼族、速さの猫又族といった所だろうか。
「冒険者向けの依頼では無く、私から特別の依頼を出しますのでそちらを今後ルーサー君にはお願いしたいのですが、今日の授業の後で訓練場へと来てください」
「そこで仕事ですか?」
「ええ、ちょっと特別な仕事を斡旋しましょう、それをもってあなたの遅刻がなくなれば良いのですが」
どうしてそうなるのか、ルーサーにとっては意味が判らなかった、だがそれで仕事が貰えて遅刻の件がどうにかなるのであればとルーサーは頷き理事長室を後にしたのであった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
夕刻、授業が終了して本来であればルーサーも他の生徒のように森へと採取や狩に出かける時間になると約束どおりに訓練施設にやってきた。どんな仕事かも聞かずにやってきたが、学院の理事でもあり校長で英雄と憧れる慶司からの仕事の依頼となれば疑う必要はルーサーには無かった。
ここで慶司の実験を知る人物さえ友人であったならば考え直せと声を掛けていたかも知れない。だが残念な事に彼の周囲に慶司の実験内容を知るものは居なかった。
「さて、それでは実験の方ですが、ホメロウ君達と一緒に訓練をしてもらいます」
「訓練が実験ですか」
「ええ、訓練に使う器具についての報告書を作成してください」
「わかりました」
「我輩からは……いや、共に切磋琢磨しようではないか」
「頑張りましょう」
「よろしくでう」
「一緒に頑張るの」
唯一ルーサーの心配をしようとしたのは同じ男の弟子となる可能性のある少年への同情からだったのかもしれないがホメロウだけであった。他の3名は新たな仲間が増えるのであれば大歓迎なだけである。
ルーサーもこの状況になって気が付くが校内でもファンクラブができる程のメンバーだらけの訓練施設で一緒に過ごすとは思っていなかった。この4人は戦闘能力だけでなく座学においても優秀だと知られている所謂この学院のエリート集団のような人物達だった。
どことなく場違いな感じがしつつも訓練施設に入った所で慶司が持ち運んできたのは新たな訓練用の道具である。
「これは……」
「多方面からの攻撃に対処する為の訓練道具だよ」
よくある格闘漫画の定番と云えばいいだろうが、ピッチングマシーンによる攻撃を躱したり逸らしたりする為の訓練用具である。
「これを使ってみて実際の仕様に関する問題や改善点、使った感想などを教えてくれればいい、他にも訓練用の道具に関するアイデア等を提出してくれればその分の報酬を支払おう」
なんにせよ慶司が彼の才能を惜しんだのが切っ掛けでもあるが、新しい訓練用の道具は慶司視点で大丈夫な物が多い。となると達人が大丈夫と判断したとしても実際の弟子が使う場合はどうか判らないと云うことでもある。慶司からすればかなり緩めに設定しても弟子からすれば無理ですとなる事も多いのだ。
「因みにだが、この依頼はここに居る全員に課す事になるからね」
慶司は一番重要な内容をさらりと告げる。要はこの器具の実験の結果は学院のトレーニングにもフィードバックされて使用されるのであり試験者も多い方が良い、そして仲間で物事に対処する必要性をルーサーに伝えたのである。一人でも大丈夫だとこれまでアルバイトの依頼をこなして来たルーサーが初のチームであたる依頼となった。




