我はエルなり!
まあファンタジーだとよくあるし?
と慶司も納得はしようと思った。だが無理な物は無理である。
ボン!
「ッハーッハッハッハ! 我顕現!」
「顕現じゃねえよ! 服着ろよ!」
思わずツッコミを入れたのは悲しい性なのか常識人としての矜持がさせたものなのか…
目の前に裸の少女が現れたら一瞬考え込むに決まっている、故に一瞬だけ固まった慶司だったが、相手のセリフがあまりにもアホっぽくてツッコミをいれないではいられなかった。
「ぬう済まぬが体までは主の魔力でなんとかしたが、流石に衣服は無理じゃ。竜体にするには竜聖母に頼むしかないのでな。さっきの飯が余りにも美味そうじゃから慶司と同じ人族の体を生み出してみたのじゃ!」
どうじゃすごいじゃろ?
と、何故か裸の少女姿で仁王立ちしながら殊更に偉そうだ。
何を自慢したいのか、ものすごく自慢げに話す。結局ご飯が食べたいだけなのではないか、そうは思ったが黙っておく。
「とりあえずこれでも着てろ」
素っ裸の少女というのはちと気まずいので慶司はコートを被せた。
「服なんぞ着るのは竜族には似合わんのぉ」
「いや、見た目人間なんだから着てろ」
とりあえず慶司は荷物の中からシャツを取り出したが、これでは丈が短い…
といってもスカートやパンツがある訳でも無いのだ。一枚はそのままに着せて、もう一枚をナイフで切り、巻きスカートのようにして着させた。
「腹が減ったぞ!」
竜族は魔素で食事をするんじゃないのかよ、そう思いつつ迷い家のご飯を用意してやる。ご飯を炊いて味噌汁を作り、川に雷の魔法をぶちこんで数匹の魚を取って串に刺し炙ってやる。
「うまし!」
目がキラキラとしてる。それ程感激するのか……
なんというかチョロイなと考える。というか人間化できるならこれぐらい直に食べれるだろうにと思った。
「はいよ、お粗末さま」
体が小さいので少量で満足できるようだ。お腹をさすって満足している。
しかしこの見た目中学生のエル服はどうにかしたが靴がない。見た目もTシャツはいいとして下は破いただけのスカートモドキ…
虐待しているかのようである。成るようになるか、とご飯を食べたエルをテントに放り込んだ。
そして慶司はナイフで草を切って編みこみの草履を作り、スカートにしたシャツの袖口などを鼻緒にしていく。
獣が出た場合も考えて明け方頃まで火の番をし、エルを起こしてから寝床についた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
日が昇り、お腹が空いたので起き上がるとエルが魚と獣を捕まえていた……
魔力はあまり消費することが出来ないが魔術で仕留めたらしい。
明け方に数匹の野犬が現れたので軽く蹴散らしたと話す、慶司の危機感知範囲よりもエルのそれは更に上を行くようだ。
魚は昨日の夜に慶司がやったのを見て雷撃の魔法を術を使い獲って、そこに猪のような獣がやってきて水を飲もうとしていたらしく倒れたので仕留めたという。簡単に言えば感電させたのでついでにといった具合だ。
見た目は中学生、中身はワイルドすぎると慶司は思ったが、普段は魔素を溜め込むだけの竜族だけあって肉は処理ができなかったらしくそのまま川原に放置されていた。
そのままだと折角の命を粗末にする為、まず猪のような獣の内臓を取り出し皮を剥ぎ、木を三角に組んで吊るして血抜きをして水で皮を軽く洗い置いておいた。血を抜いた肉に味噌を塗り炙りながら魔法の練習をし、焼けた部分をナイフで削いで木の串に刺し2,3日の保存が可能なようにしていく。
うまし!と言いながらエルがつまみ食いをしていたのは愛嬌のような物である。
「食い物は美味いが人族の体は小さくて歩幅がなくて不便じゃ!」
草履を履いて二人で山道を歩きながら話しているが、見た目があまりにもチグハグで少し異様だとも云える、一方が旅人、もう一人は浮浪少女といった感じの装いである
「お主、そろそろ飛べそうではないか?」
魔力を込めれば、確かに白銀の竜であったエルの肉体を使って魔術を付与されたコートで浮き上がる事が出来るように成っている。
ここでエルをどうするかという問題がある……
何故肉体をと云っても後の祭りなのだが、竜玉のままであればコートのポケットにつっこんで飛び上がれば済んだ話が、仮にも中学生ぐらいの大きさである。抱えるのも背負うのも躊躇われるのだ。
しかしながらエルの話によれば聖地まで徒歩では一月は掛かるのだとか。
ならば仕方ない。ペド嗜好は無いのだ。慶司は何かを諦め荷物をベルトに固定して背負い、エルをお姫様抱っこして飛び上がっていく。
地上20m付近でエルの指し示す方向へ意識を向けつつ魔力を少しづつ増やしていくと最終的に飛行速度は時速60km程になった。しかし風圧でそれ以上の速度にすることが出来ない。
「我ら竜族ならば一日の距離なんじゃがのぉ、人族の体だと目を開けておれんの」
5時間程飛びつづけたところで山を越えると湖があったので着陸する。
「飛び続けると体が冷えるんだな…」
「慣れもあるじゃろうが…そうじゃなあ風の魔術も付与しておけばよかったの。明日は我が風の魔術を前面に使ってやる。それ故、今日はここで一泊するが良かろう! 飯を食べようぞ!」
普段は魔術を使わないエルにとって、即興で魔術行使するには風の障壁魔術は複雑らしい。
魔法なら簡単なのにのぉと呟いていた。
後どれぐらいの距離か尋ねると、およそ20倍の速度は出せる計算だと一日で到着するだろうと言われた。徒歩だと山を越える事が出来ない為にかなり回り道をするようだ。慶司は別段急ぐ用事もないのだがエルは竜としての体を失っている。出来れば早く到着したいのだろうし、そこに異存は無い。
保存用に作った味噌味の肉を具にした雑炊を二人で食べてから先に寝させて貰う事にした。魔力の操作にまだそこまで慣れていないので飛行するという行為で疲れていたのである。
ついでに言えばお姫様抱っこを続けるという苦行が精神疲労の大半だったのが事実で、筋力よりも精神的な疲労は肉体が強化されようが一切構わずにダメージを与えると慶司は知った。それだけに、一分一秒でも早く聖地へと到着したいと心の底より願った。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
深夜に慶司と交代したエルはテントの中で熟睡しており、慶司は複数魔法の練習をする。
簡易な魔術であれば魔力を込めるだけで出来上がるのだが、明日エルが用意しようとしてるものは風を障壁として展開するものである。慶司が同時に展開することが出来ればエルに負担を掛けないで済むのだ。どちらにしろ練習をしておけば後々の損はない物だ。
魔術師と呼ばれる者は最低でも2つの魔術を行使するらしい、といっても2つ同時に発動し、魔力の調整が上手く出来ないとどうなるかといえば暴走もしくは不発である。魔法で行うのは魔術の数倍は技能が必要とされ、高位の魔法へのステップとして必須の技術とされている。同等の魔力を込めるぐらいの魔術行使であれば簡単なのだ。自動車の運転や自転車のようなもので、右足でアクセルを踏みハンドルで行き先を決めるぐらいの難易度である。
これが違う魔力量を配分しつつ行うとなればAT車からMT車に変わるだけでなく、普通車からスポーツ車に乗り換えるような行為だ。さらに魔法で同じ事をするとなるとF1に乗り換えるぐらい難しい。
この世界の魔術文明は経験に基づくもので成り立っている。研究されてはいるのだが科学的な方向から追及はされていない。
原因は魔力によって現象が発生するという不可思議現象が故だ。魔法と魔術の相互の違いや、魔術として使用する魔石からの魔素抽出などの方面に心血が注がれている。そういった研究が主体であるのは、利用価値など実利に伴うのは致し方無いのである。
慶司は二つの魔法を使うのは難しいと判断し、まず焚き火の前で火の魔法を二個出現させた。
左右に並んだ火に注ぐ魔力の量を調整する練習である。風と炎など相性の良いとされる魔法よりも単純に魔力調節を行う事ができると考えた。
イメージとしてバレーボールサイズの大きさからソフトボールの大きさへ、これだけなら実質の魔力量は変わらないイメージだけで魔力量が変わらないので熱量が変わる為に色の変化が起きる。そこで大きさを変えたものを同質の色になるまで魔力を調整していくのだ。
慶司は右手と左手から魔力を流すことでこれに成功する。ここまで出来て入門編、次に腕の感覚に頼らずに意識のみでコントロールするのだが、そうなると途端に難しくなる。その日のうちには流石に出来ず右を小さくすると左も小さくなってしまったり、炎の色が変わってしまうのでまだまだ修行を要す状態であった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
エルが起きる前に朝食の準備を始めるが、木の実や草などは食べられるのかどうか判らない為魚を釣る事にした。
キャンプ用具から釣りのセットを取り出してやってみると虹鱒のような魚がヒットする。5匹釣り上げたところで竿を仕舞って腸を取り出して塩をふって串焼きを作り、ご飯とお味噌汁が出来た頃にテントの中からエルが顔を出した。
「いい匂いがする!」
素晴らしい笑顔である。
「オハヨウ」
「ああ、良き朝じゃ! 天気も良いしゴハンがあるのは最高じゃ!」
見た目中学生のエルではあるが中身は竜のはず…どうなってるんだと思いはするが嬉しそうな表情をみていると自分も嬉しい。
うまし! と感激しながらエルは三匹をペロッと平らげて障壁を作る作業を開始した。
どのようにして魔術を構成するのかに興味がある慶司はその作業を見守る。一日使えればよいのじゃ、と言いながらエルは木の板を作るように言ってきたので、大きさを確認した後に流木を太刀で切りナイフで処理して渡した。魔術は施す素材によっても発動の威力や耐久性に違いが出る。本来は魔石を埋め込んだ金属などが好ましいらしいが魔石もないので変わりに血を使う事になった。
人族や魔族などの使用する魔術様式は魔術記号と魔術文字によるものだ。一つの魔術を作り上げるのに複雑な物になると最低でも一月はかかるらしい。
エルがそこまで時間も掛けないで作業していくのは、飽くまで一日持てばよいというのもあるが、魔術の付与方法の違いもあった。竜族魔術は依り代を使い付与と同時に魔術回路を形成させるのであり、一般の魔術と違う為である。純度の高い魔石や魔物の牙や鱗、骨なども一般の魔術には使用されるが付与することは出来ない。同じ事ができるのは精霊と竜族だけである為、人や魔族からすれば神器にも等しいものなのだ。
その行為をエルは木切れにしようとしている。慶司の髪の毛を使う事や血を用いる事で難しい魔術付与を簡単な方法で行う事にしたのだという、要は本来の魔術付与ではなく竜族魔法による付与に切り替えたのでありエルの性格が窺える。
どちらにせよ、この行為は人や魔族の魔術師が知れば垂涎の行為だ。
これは知らない慶司にとっては解らない事だし、付与するために髪の毛を一本引き抜かれてそういうものだと理解していた。
付与が終わると木の板に竜族の使う言語が現れたが漢字ではない象形文字とかそのような物で読むことは出来なかった。だがなるほど微かに魔力がやどってるなと感覚で理解してみると文字の内容が伝わってくる。
竜と他の種族によって使われる文字が違うことはこの世界でも通常なのだが、慶司の異能として授けられた言霊をよみとり発する力が魔術文字にも適用された。
最初に竜族言語を習得したのは慶司にとってかなりの恩恵をもたらす事となったのだがこの時点で気がつくはずはない。だがこの世界で最初に文字を作り魔族との交流においてその存在を伝えたのが竜族であることから、元の世界で言えばいきなりラテン語から習得しはじめたようなものなのだ。この世界では竜族から魔族そして各種族へと文字は伝達し発達していったので一番理解しにくいものを、魔力をもって言霊として理解する機会を得たと理解すれば如何に運が良かったか解るだろう。
「これで昨日より快適に空を飛べるじゃろう。
フッフッフこの板に、いとも簡単も簡単に付与してしまうのが我の偉大なところよ!」
何がどれだけ偉大なのかわからないが、またお姫様抱っこをしなくてはいけない慶司にとっては一刻でも早く聖地に到達できるのだから有難い事に違いはない。
すばやくテントを片付け焚き火を地面に埋めて出発の準備を整えた。
「よし、出発しよう」
魔力の調整を練習した成果は早速でており時速500kmものスピードで聖地に向かって飛んでいく。
風の障壁が作動しており新幹線のようなものだ。更にスピードを上げていくと海が見えてきた。
「この海を渡れば聖地じゃ」
「このペースで到着するかな?」
「あと2時間も飛んでおれば到着じゃの」
快適な空の旅を続ける二人ではあるがお姫様抱っこの慶司にとっては精神が削られ続ける苦行。
眼前に雲より高い山脈が見え高度を上げながら聖地へ入ろうとする慶司達に声が届いた。
(止まれこの地に向かいし人族よ! 止まらねば撃つ!)
声と共に眼前からエルの咆哮に似た攻撃が放たれた。
2014/09/02加筆修正