精霊と少女 前編
ベロニア草の事件の次の日。
慶司はギルドへと赴いた。
到着の報告と旅で得た牙の処理をお願いする為である。
掲示板を見ても、これといった変な依頼も見当たらない。
討伐も出ていないのでカンターで処理を担当してくれている子に話しかけた。
「そうですね、大体の依頼早い時間に無くなりますよ」
「薬剤ギルドの依頼が多いのかな?」
「そうとも限りませんね、採取でも森に入ってくれという依頼はありますし
森人の都市からの依頼で討伐隊への食料運搬なんてのもあります。
あと変わったとこですと野草図鑑にのってない物を希望なんてのもあります」
へえ、と感心しながら聞いていた
「でも、白銀の翼さん達程のパーティーならどれを受けても問題ありませんよ
これが最新のカード情報ですから」
見せてもらったらまたランクが上がってる。
唯一伸びていないのは採取のみだ。
しかしこの都市に居れば上がりそうな項目だ
それだけに他の項目の上がりが酷く感じられる。
現在の慶司達のランクは採取銀1、狩猟銀7、討伐銀8、護衛鋼7
あれ護衛まで上がってる、もしや…
護衛はやはり対人での戦闘が評価されてしまった昨日の件だ。
「そのうちきっと金ですね」
最近のエイミーも活躍している。
ランク上位も大丈夫かなとは思っているのだが…
ランクの上位ともなれば無茶を押し付けられたら困るだろうと思っているのだった。
「と言う訳で、しばらくは採取の依頼を中心に行こうと思います」
「魚や鳥は捕まえんのか」
「私は賛成だけど魚は食べたいにゃ」
「自分達で食べる分は取ればいいけど依頼は受けないってことでいいかな」
「まあそれなら良かろう」
「大丈夫にゃ」
しばらくして…
リヒトサマラでは薬剤と食料品が充実したのは言うまでもない。
慶司の依頼の処理は先ず物珍しい依頼を優先した。
そして低ランクでも引き受け手の無い依頼はさくっとこなす。
慶司としては生活資金は自分で稼ぐつもりで仕事を請けるだけなのだが、3人で1日6枚を解決していくのが異常なのだ。
エイミーも今では装備品購入の必要が無いのでパーティー資金に回す余裕がある。
貯まった資金は定期的に個人へと振り分けておく。
パーティー資金といっても3人の宿代とか食事代ぐらいしか使わないのだ。
大規模な団などだったら運営資金だといるらしいが白銀の翼にその必要はない。
エイミーもかなり余裕が出来て家族に仕送りしてるらしい。
当初、慶司の計画は次のように考えられていた。
竜族支配地外に行く。
巡る王国が最低で4つ、小国も大量にある。
しかし件の件があるとして後2週間はここに居る予定になった。
今日は夜月8日、慶司がこの世界にきて1ヵ月が過ぎた。
秋の入り口に差し掛かろうとしている。
早いというか気がついたらもう1ヵ月が過ぎていた。
慶司としてはもっと長く居た感覚がある、結婚さえしたのだから。
エルと褥を共にしながら月を見上げ思いに耽る。
「フッフフンフー、ルーラッララー、フッフフンフン、ルーラッララー」
(全く暢気な嬢ちゃんだ)
「フッフフン、あ、あった、よいせよいせ」
(チッやっぱり薬草を取りに来たのか)
俺の名はリストだ、草の精霊だからそれなりの立場の存在だ。
目の前の少女の名前は知らない、が昼寝してたら摘まれてた。
どうやら薬草を探しに来たらしいのだが、
少しずつ森の奥へ奥へと入り込んでいる。
森人は森と付き合うのが上手だ。
15歳にもなればそれなりに戦える。
だがコイツは10歳にもなってないだろう。
「さってと、つぎの草は…」
(オイオイこの年の子がこれ以上はいっちゃあいけねぇ。
オーイ、止まれ! クソォやっぱり聞こえねぇか
オイ、誰かいねぇか、草の精霊ってだけで俺には力がないんだ、
誰かきこえる森人はいねえのかよ…
テヤンデーバーローチクショー)
シュー…と危険な音が聞こえるまでまだ時間はあった。
翌朝、慶司がギルドへ向かおうとしていると来客があった
「やあ、ひさしぶり」
「アンジェリカさん、どうしたんですか」
「いや、こっちにギルドへ報告、資金運送と冒険者勧誘に来たんだ。
それを商隊の護衛を兼ねてね。
ギルドへ行ったらここにいるって教えてくれたのさ」
「そうだったんですか」
「白銀の翼だからな、知らない方がギルド員としちゃ問題だ。
あとこいつだ、あのウィルドをやったとき無いと思ってたんだが、
こいつが出てきたから届けようと思ってね。
2個見つかったから1個だけ私が貰ったよ、
多分派手に殺したから川原に散ってたんだね」
「確かに一匹目はかなり派手にやりましたから」
「うん、あれだと私も思う次の日若手と行って陣の張り方だと教え込んでるときにこの魔石を発見したからね。
さて、私も物も渡したし帰るとするか、
3日は逗留するから何かあったら誘っておくれ」
「ええ、そのときは是非」
アンジェリカは見送りはいらないよ、と言って帰っていった。
慶司達はその後ギルドへ全員で赴き依頼を眺めた。
エルとエイミーに4枚剥がして渡す。
慶司が渡したのは薬草や木の葉などの採取品である。
「ふむ、今日は主様は行かぬのか」
「うん、ちょっとね、茶の木の新芽があったら宜しく」
「じゃあ行ってくるにゃ」
現在慶司が企画してる物がある、石鹸、味噌、醤油、茶、紅茶。
ムーサと会社を作ろうかと話もしている。
下手に森人の里から種を出して物を作るよりは安全だ。
それに研究所として立ち上げれば職員の問題も解決できる。
これはとりあえずマリシェルへ連絡した。返信待ちである。
今日は油を絞る機械を作りに単身ドレスムントへ飛ぶ予定なのだ。
都市の外壁を出てそろそろ飛び立とうとした所で罵声が聞こえた。
(…テヤンデーバーローチクショー)
どうにも江戸っ子な人の…あれ人じゃないよな思念だ。
と慶司は声がした方へと歩みを進めた。
思念で会話を飛ばしたという事は竜族か精霊と言う事になる。
それが罵声でだれかれ構わず叫ぶにはそれなりの理由もあろう。
ファーレンで冒険者が戦うのは大きく分類して、獣、魔獣、魔物。
この三種類である。
まず獣、森や山の野生の動物達である。
だがピレードの例がある。
魔素変異を過去に受けた獣の子孫、ウォーロック、ガレルなどの超巨体種がそうであろうと推察される。
爬虫類でもスニーキやベルドラム、ベルゲーター、魚類でホロクフィッシュ、リヴィフィッシュ、鳥類でいえばエルピーやベルピーなども通常生物である。
この巨体を動かしている秘密は何か?
魔素による筋力の増加、酸素濃度、引力の弱さ、
慶司がこのように考えたきっかけは昆虫にある。
トンボが体長1.6ネルアリが体長2セルクラスの物まで存在する。
これは太古の地球で存在したサイズだ、
環境が違えば生息する可能性のある物だった。
これらの昆虫は大きいとはいえ、殺傷攻撃をしてくる物は限られる。
ハチやムカデ、サソリ、蛾のような毒をもつもの、
寄生する卵を植えつけるものぐらいだ。
ムカデなどを虫に入れるのは見た目ということで勘弁してほしい。
他の虫については余程の大群でも来ないと死なない。
噛まれて傷は生じても子供で十二分に倒せる。
問題は虫でも魔獣化した場合は脅威になる事である
グライダーのように飛んでくるトンボの口が3セルあり腕を噛み千切る強さになると話は変わる。
アリのサイズが1.6ネルを超え軍規模で来られたら、パニック映画の世界になる。
よって昆虫の魔獣化は獣同様、もしくはそれ以上に危険とみなされ人知れず竜族が退治する事が多い。
焼き払い氷つかせ砕きつくすのだ。
魔獣化、魔素による変貌はそうそう見られない。
だが生き物である限りは魔素の変容をうける。
例外は植物だが、その例外にも例外があり寄生された植物が動くという事が目撃されている。
当初は植物の魔物がでたと騒ぎになったが戦闘後に調査されアメーバーが植物に侵入し捕食活動を行ったと発表されている。
魔獣は魔素変異した動物であり慶司も何度か戦っている。
魔獣は知恵があり特定の固体だと自然に魔法を使うものも居るとされる
なにより巨大化するだけで脅威なのに動きも素早く凶暴化し群れを引き連れる習性がある。
倒すと体内に凝固したような魔石が見つかる事もあり大規模な団などはこれを専門に倒している。
最後に魔物であるがこれは人間では対処不可能であり竜族が巡回する理由の一つである。
単純に言い表すなら、精霊、竜族の劣化版、凶悪版といったところである。
それこそ、滅多な事では出現しないが人間が目撃すればまさに悪魔と形容したくなるような物までいる
そして魔法をつかう。出現理由などは目下謎のまま。だがあきらかに魔獣より大きな魔石が遺骸から回収されるなどする為に関係性は疑われている。
リストは焦っていた。
この先には草に罠を張りめぐらして飛び掛ってくるウィルハチュラがいる。
精霊界にも戻ってみたが契約者のいる精霊は高位の者ばかり。
しかも見つからない。
只でさえ現出するのに魔素をもった木や草、濃い場所と出現には条件があり精霊は不便なのだ…
チェルシーは薬草を探しながら歩いているからか景色を見ていない。
(チクショウ、ホントに俺は役立たずだ)
フンフフンと歌いながらチェルシーは薬草を採取する。
母の体長が悪いので薬剤ギルドの人に聞いたら教えてくれたのだ。
父は守人で外を見回ってるから家にはチェルシーと母しか居ない。
「がんばらなくっちゃ」と張り切っている
母が同じ薬剤ギルドの職員だからと近場にある薬草のみをギルドの薬師は教えたのだ。
だがチェルシーは夢中になって森まで入ってきた。
「キャァァァァ」
(ちくしょうぉぉぉぉ)
チェルシーが草についた粘性の糸に触れた瞬間、
木の上に隠れていた巨大なウィルハチュラが姿を現した。
ハチュラで体長1.5ネルの大きさなのだ、
しかし彼らは近づかなければ益虫である。
時折狩猟依頼がでるのは血清を作るための毒の採取のみなのである。
だが頭上より舞い降りたウィルハチュラは体長6ネル以上あり動物も人間も食べる
ハチュラはハエ取蜘蛛と草蜘蛛を足したような性質を持つ。
ワナを仕掛け掛かった獲物に飛びかかり、牙から神経性の麻痺毒を注入して動けない状態にし、溶解しながら食べるのである。
それを大きくしたウィルハチュラは見た目も恐ろしいがその行為をされる事が恐ろしい。
チェルシーは気を失い倒れた。
ウィルハチュラにとっては意外な行動である。
通常の獲物は完全にワナにかかって動けなくなっているか逃げる。
だから獲物がバタっと地面に伏せるように崩れるとは思っていなかった。
そしてリストは絶叫をあげて自分の持っている魔力をすべて注いでいた。
チクショウ!
せめて風の下位や火の下位の精霊だったら、
俺よりも位階が低くても攻撃手段をもつ精霊だったら
リストは悔しさのままに蔦を伸ばし蜘蛛の体に一撃だけ加えて消えた。
ほんの僅かな差だった。
そしてリストの叫びが無ければ間に合わなかった。
「【竜撃八識無我】シルフィは障壁展開【氷牢縛鎖】」
「わかりました」
最後の蔦の一撃。
チェルシーへの攻撃を一瞬躊躇ったウィルハチュラは足を氷で固められた。
シルフィは少女の前で障壁を展開している
慶司は走りこみそのまま太刀で胴体から首を切り落とした。
青緑の血が噴出し一匹目のウィルハチュラは絶命した。
そこに更に5匹のウィルハチュラが集まってきた。
虫の怖いところはこの集団行動である。
慶司はシルフィに少女を託し其方から意識を奪うように動く。
「【色即是空】」
シルフィと少女を幻影で覆う。
飛び掛ってきた蜘蛛を下から切り上げて真下に躱し
ボーラを2つ投げて感電させた
木に張り付いている固体が飛び掛ってくる
右斜め前に避け、残る一匹の頭部を前面から断ち割る。
着地した固体がこっちを向くが距離が開いた。
軽く踏み込み、側面に回り頭部を落とす。
残りの感電している固体に止めを刺しながらシルフィに連絡をお願いした。
「ムーサさんに連絡は取れるかな」
「ええ、問題ありませんよ」
「じゃあその子を連れて町へ戻るから、
この遺骸の処理をムーサに依頼して」
慶司は刀身を水と風の魔法で綺麗にして鞘に戻すと殴ったりする篭手かスモールシールドが欲しくなった。手袋も特製なのだが…感触が頂けない。
慶司はチェルシーを抱きかかえて都市へと戻った。
「よし、了解した、直ぐに警邏の人間に処置させよう」
(はい、では宜しく)
「ところで何匹のウィルハチュラを倒したんだ3匹ぐらいか」
(いえ、6匹ですね)
「凄まじいものだな、
おい! 南の森に警邏を10人向かわせろ。
ウィルハチュラの遺骸がある。
毒腺と牙と紡績腺は必ず確保してこいよ。
慶司を驚かせてやれる」
(では、もう一人知らせなければいけませんのでこれで)
「わかった、ではな」
(リスト)
(なんですか…)
(あの少女は助かりましたよ、あなたのお蔭ですよ)
(よ…よかったぁぁぁ。
俺、何もできなくて、
結局最後に蔦をぶつけただけで)
(あなたが助けを呼ぶために叫び、
飛び掛ろうとした時に蔦を投げつけていなければ助かっていません。
いくら慶司といえど死者は助けられませんでしたよ。
あなたは活躍したわよ)
(いえ、おれなんて草をうごかすだけの精霊です)
(いいえ精霊に上下はないわ、確かに上位精霊と呼ばれたりしますが精励の本質はそこにある物、そしてあなたはあの少女のためにできるだけの事をしたのですから誇りなさい)
(わかった、ありがとうシルフィ)
(では、また)
リストは少女が助かった事を喜んだ、そしてもしかしたら自分を見つけてくれる森人が居るのかもしれないと期待をもって慶司という名に感謝した。
(慶司さん連絡しました、今から警邏が向かうそうです、
それと草の精霊も喜んでいましたのでお礼を…)
「しかし良かった、あの叫び声が無かったらと思うと」
(どのような叫びだったのか興味はありますが…詮索したら可哀想ですね)
「悪くない叫びだと思うな、べらんめぇ調、ムーサさんとか使いそうだしね」
(フフフ、やはり慶司さんと契約してよかったですわ)
「こちらこそ今回は助かった。」
(それではまた…)
少女を抱きかかえた慶司は都市の中へと入っていった、