思い出図書館
片思い歴十年の私。
小中学校時代、ずっと仲の良かった男の子がいた。
しかし、無情にも高校は別々に……。
そして時は流れ、私は二人でよく勉強した思い出の図書館へと足を運ぶ。
すると、そこには……!?
「……退屈だ……」
せっかくの夏休みだというのに、私ってば何してるんだろう。
しかも高校生活最後なのに、こうして部屋でのんびりくつろいでいる場合じゃないってば……なんて、分かっちゃいるけど体が動かない。
親しい友達は、やれ家族旅行だの、やれ彼氏とデートだのと予定があるとかで忙しいらしい。
我が家の両親も共働きで二人ともいないし、さてどうしようか……考えて、ふと一人の顔が浮かんだ。
小学生から約十年間、ずっと片思い中の彼。
中学までは同じだったけれど、学力の差で高校は見事に離れてしまった。
私は地元の公立高校、彼は隣町の有名な私立の男子校だ。
それまでは何かと気にかけてくれて、別々のクラスにも関わらず、廊下ですれ違えば声をかけてくれたり、偶然帰りが重なった時も一緒に帰ったりしていた。
ちょっとだけ惜しいイケメンって感じだったけど、私には優しくて面白くて頼れる一番の存在だった彼……今頃、どこで何をしているのかな。
そんな事を考えていると、私はいてもたってもいられなくなって、寝ていたベッドから飛び起きた。
「ああー、こんな事なら連絡先を聞いておくべきだったな」
着替えながら呟く。
うーむ。とりあえず、思い出の地でも辿ってみようか。
そこで真っ先に脳裏に浮かんだのは、夏休みになると通っていた市立図書館だ。
毎年、一緒に宿題をやったっけ……勉強が出来る彼に、私はよく教えてもらった。
でも、勉強より彼の横顔や仕草にばかり気を取られていて、全然頭には入っていかなかったけどね。
また、小学生の頃は細身で華奢だった体も、中学生になると背も伸びて、部活もサッカーを始めたりして、頭脳明晰プラス運動神経抜群という力も兼ね備えた、良いオトコに成長していった。
お陰で、ますます人望は厚くなるし女子にもモテるしで、私との差は開くばかり。
さらには、私のこのシャイという性格が災いして、今までバレンタインデーのチョコレートも渡したことがないという……これじゃあ気持ちが伝わる訳もなく、トホホって感じだ。
そんな私の淡い気持ちを知るはずもない彼は、袋一杯に入ったチョコレートをこれ見よがしに自慢していたっけ。
ふんふんふんっだ!
……あー、あの頃が懐かしい……。
私は、背中まで伸びた髪を一つに束ね、宝の持ち腐れとなっていた花柄のワンピースに着替えた。
再会なんてあるわけないだろうけど、たまには思い出に浸りながら真面目にお勉強するのも悪くないんじゃない?
私は、清々しい気持ちで自宅を出たのだった。
♪
「久し振りだな」
自転車で約五分のところにある、地元の市立図書館。
入ったとたんに広がる、懐かしい本の匂いと涼しい館内。
午後とはいえ、まだまだ沢山の老若男女の人達が読書をしたり、参考書を広げて勉強をしたりしている。
この静かな雰囲気も久し振りで落ち着くな……私は、偶然空いていた窓際の席へと向かった。
この木製の椅子と机も懐かしい……色褪せた感にも味がある。
私は、早速バッグから課題のプリントを取り出した。
「……」
と、ここで一気に現実に引き戻される。
いきなりこれは良くないな。
私は、気を取り直して本棚へと視線を向けた。
「何か読んでみるか」
独り言を呟きながら、近くの小説コーナーへと歩いていく。
そして、何となく目に留まった一冊の本を取ろうとして腕を伸ばすと、
「これかな?」
私より一瞬早く、横から別の人の手が伸びてきたかと思うと、同時に若い男性の声がして、私はその手の主を見上げた。
「え? あ、はい……」
白の半袖のカッターシャツにグレーのズボン姿、つまりは何処かの学校の制服みたい。
しかし、身につけているシャツは第二ボタンまで外され、だらしなく締めた紺色のネクタイ。
おまけに日焼けした浅黒い肌……図書館という場所には、まるで不釣り合いな雰囲気の学生だ。
私は少し眉をひそめて見ていたけれど、ふと胸元のポケットに光り輝く校章のバッジを見て驚いた。
「あ、ありがとう」
本を手渡してきたので、私はドキドキしながらも短く礼を言って受け取る。
確か、彼もこの学校の生徒だったなと思いながら。
「あの、さ」
席へ戻ろうとした私の背中に、彼がふと声をかける。
「何ですか?」
心の中ではドキドキしながら、表向きは平静を装うように聞き返す。
「……ちょっと、時間ある?」
ま、まさかの図書館でナンパですかっ!?
思わず目を見開いてしまった。
そんな優秀な学校に行ってる癖に。
「はあ?」
少し顔が良いからって、私はその手には乗りませんよーっだ!
答える代わりに、冷めた視線を送ってやる。
「あ、ゴメンゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど」
何かを察したらしい彼が慌てて否定した。
そんなつもりじゃないんだったら、どんなつもりだったと?
「うーん……何て言うか、その……」
彼の、一見ワイルドな風貌からは想像もつかない程の歯切れの悪さに、私はつい笑ってしまった。
実は、案外真面目で良い人なのかも。
そう思うと、ほんの少し親近感を覚える。
「まあ、少しだけなら」
私は、ごく自然にそんな言葉が口から出ていた。
「あれ?勉強の邪魔にならない?」
私の後をついてきた彼が、机の上に広げていたプリントを見ながら訊ねる。
「ま、まあそうだったんだけど。いざとなるとやる気が失せちゃって」
私は、苦笑いしながら席へ座る。
「あ、でも邪魔したのは俺かぁ」
彼は申し訳なさそうに答えながらも、ごく自然に空いていた隣の席へと座った。
ええっ!?
ま、まあいっか……少しだけならと言ったのは私だし。自然の成り行きということで良しとしよう。
「……」
パラリとページをめくったところで、ふと視線を感じてチラッと彼の方を見る私。
すると、片肘をつきながら笑みを浮かべている彼と目が合った。
ド、ドキッ!
な、何っ?
そ、そんな顔で見つめられたら集中出来ないでしょうが!
不覚にも「意外と格好いいじゃん」なんて思ってしまった。
ダメダメ!私には片思い中の人がいるのだから……思わず頭を左右に振る。
「ていうか、まだ分からない?」
ふいに、そのままの姿勢で呟いた彼。
「へ?」
私は、ゆっくりと隣に顔を向けた。
「三度目の夏休みにして、ようやく再会出来たっていうのにさ」
さ、三度目の夏休みって!?
私は首を傾げて、じきにハッとする。
「学校は離れたけど、夏休みに此処へ来れば会えると思ってたんだよな」
彼は、少し恥ずかしそうに言う。
それって……まさか。
「過去二年間は、見事空振りに終わったけどさ」
私の心臓の鼓動が、ますます早くなっていく。
「もしかして、彼氏出来ちまったのかなーとか思ったり」
こ、これは……夢?
「電話しようにも、肝心の連絡先を聞きそびれてしまっていたし。今日会えなかったら、もう諦めようかと思ってたんだ」
な、何とっ!!
今日の行動が無かったら……もう会うことはなかったって事?
「あ、あのねっ」
慌ててプリントを片付けながら言いかける。
「実は、私もそれがずっと気になっていたの……」
♪
私のふとした思い付きで図書館へ行こうと決めたきっかけと、彼が諦めようとしていた気持ちが重なった偶然。
これも、一応は運命と言えるのだろうか。
いつまでも煮え切らない二人に、神様がいい加減しびれを切らせて再会させてくれたのかも、なんて。
そんな高校生活最後の夏休み。
私は、最高の思い出とともに、最愛の彼氏が出来た。
どうか、この幸せが長く続きますように……。