5年後
**エピローグ1:ユーリス**
奥庭でアレンが慰霊碑に花を捧げている。
美丈夫で聡明で、愛情深い、大好きな兄だった。
先見の明がある兄であれば、尊敬される国王として生涯をまっとうできた。
なのに、改革を急いだのは私のためだった。
兄が亡くなって5年がたっていた。
私は兄の隣の小さな碑に目をむけた。
そこにはアレンの弟、ミシェルの名が刻まれている。
兄は呪いから蘇ったものの、その後遺症と思われる心臓の病で急逝した。
だがその短い間に、さまざまな布石を打っていた。
その一つがアレンの出生を明らかにすることだった。
兄が亡くなってから、隣国から書状が届いた。
アレンとその弟ミシェルは馬車ごと崖に転落し、遺体はひとつしか見つからなかったという。
兄の送ったアレンの細密画はその伯母と従兄によく似ていた。
川に流されたアレンが教会に保護され、ヴァ―ゲル領主の側近となっていることを、彼らは喜んでいた。
アレンが隣国の名家の出であることは、私にとっても幸いだった。
アレンは自分に家族がいたことを驚きながらもよろこんではいた。
だが、失われた記憶は戻らない。
「兄弟とは、ありがたいものだ」
「ええ。きっとミシェルが見守ってくれていたのだと思う」
「夏になる前に、ご両親の墓にも参ろう。挨拶もしたい」
私は立ち上がらせたアレンを抱きしめた。
兄の施策の一つに、成人した当人同士の合意があれば異性でも同性でも婚姻が可能というものがあった。
他の重要法案に紛れて成立したそれは、私がアレンと生きられるようにという兄からの贈り物だった。
**エピローグ2:どこかで**
春とはいえまだ雪深い山奥だった。
母狼は生まれた仔狼たちを舐めてやっていた。
いつもなら4~5頭は生まれるはずが、今年は二頭きりだ。
だが、母狼は確信していた。
このこたちはきっと強くなる。
仔狼の父親は最後まで山の主として戦って、死んだ。
父親と同じく山の主に、いや山神にさえ成ろうかという予感があった。
はたしてそれは親の欲目だろうか。
「きゅう」
「くう」
まだ開かない目で乳房を探すのを鼻先で押してやる。
乳房を取り合うほどの兄弟のいない二頭はたらふく乳を飲み、ともに眠った。
*
十日もすれば目が開き、仔狼は遊びはじめる。
黒いのが母狼の尻尾にじゃれつき、白いのが黒の尻尾を捕まえた。
そのまま二頭の取っ組み合いになる。
このぶんなら、狩りに行く間の留守番も退屈しないだろう。
母狼は目を細めてくたびれて眠るこどもたちをみた。
*
先をゆく母狼。
短い脚で懸命についていく二頭の仔狼。
「シュンッ」
へんな匂いの草の葉を嗅いでいた白いのがクシャミをした。
なにかを振り払うようにぶんぶんと首を振る。
「フッシュン」
よっていった黒いのが同じように葉を嗅いで、クシャミをして、楽しげに首を振る。
新しい遊びだとでもおもったのだろう。
真似されたのか面白くなかったのか、白いのが黒いのに唸る。
また鬼ごっこがはじまるのかと思われた。
だが。
「ガウッ」
母狼の鋭い声に二頭はしょんぼり尾を垂れた。
いくら山の主である狼でも、外には危険が多い。
再び母を先頭に歩き出す。
冷たく澄んだ水の流れ。
遠くで跳ねるウサギ。
巣作りに励む鳥の声。
森のあちこちで、無数の命が輝いている。
彼らの命もまた、はじまったばかりだった。
たとえ死と隣り合わせだとしても、
心躍る日々が、美しい明日がどこまでも晴れ晴れと続いているようだった。
最後までお読みいただきありがとうございました