48. 扉の先と神様
報告を終えると、王妃はこう言った。
「……そう。いなくなってしまうのは残念だけれど、その騎士もしっかり役目を果たしたというわけね」
その言葉に思わず怒りそうになってしまうが、そんなことをしても無駄だとは分かっている。
「そうです。エドさんは勇敢な人ですから」
ティアーネはそう答えるだけにとどめておいた。
しかし母はそんなささやかな抵抗など気にも留めず、ナビスに向き直る。
「――次の信託は何なのかしら、ナビス?」
そういえば、ティアーネもまだ六個目の信託を聞いていなかった。
隣を見ると、言っていいのか迷っている様子のナビスがいた。
「大丈夫ですよ、ナビス。それとも、何かありましたか?」
ティアーネがそう聞くと、いえ、と慌ててナビスが返した。
「次の信託は――――『彼消えたのちに祈りは届くだろう』です」
母に報告を終えた次の日、ティアーネはすぐに扉へ向かうことにした。
「”神に会う覚悟があるのなら、捧げ物をもって扉を開け”……ですか」
捧げ物とは、おそらくティアーネたちがこれまで手に入れてきたものだろう。
ティアーネはずっと窓際の机に置いていた花冠と角を手に取った。
「本当に、大丈夫ですよね……」
あの信託を聞いて、ティアーネは少しだけ不安になっていた。
手に持った二つを、胸元で抱きしめる。
ベッドの方を見れば、まるで寝ているかのように、目を閉じたまま動かないエドが目に入った。
「いいえ、エドさんは絶対に死にません」
もしそうではなかったとしても、これから神様に会うのだから、ティアーネが説得すればいいだけの話だ。
信じると言われた以上、ティアーネは一人でも呪いを解かなければならない。
「――じゃあ行きましょう、ナビス」
「はい、姫様」
そうして二人は神に出会うため、扉へと向かうのだった。
昨日見たばかりの扉は、相変わらず静かな存在感を放っていた。
昨日ここでエドから言われた言葉を思い出して、恥ずかしさに顔を覆いたくなるが、今はそんなことをしている場合ではない。
ティアーネは腰にくくっていた花冠と角を確認して、扉に手をかけた。
錆びついて開きそうにもなかった扉は、不思議と軽く、押せば簡単に奥に開いた。
扉の隙間から見えるのは、真っ白の光。
「……この先に、神様がいるんですね」
ティアーネが進もうとしたその時、後ろのナビスがティアーネの袖を引っ張った。
「どうしたの? ナビス」
ティアーネが尋ねると、ナビスは悔しそうに下を向いた。
「ごめんなさい、姫様。どうやら僕には、神様に会う権利はないみたいです」
ナビスには、扉の先には隣の建物の壁が見えるのみだった。
震える手からは、こんなときにまで従者の役目を果たせないことに、ナビスが憤りを感じているのをひしひしと感じた。
ティアーネは、後ろを振り向き、ナビスの手を握る。
「そんなに思いつめないでください、ナビス。あなたがいなければ、ここまで来れていません」
「……でも、僕はもっと」
「その気持ちにも感謝しています。だから一つ、あなたにお願いがあります」
その言葉に、ナビスは弾かれるようにティアーネの方を向いた。
「――私がいない間、エドさんをお願いします。これは、あなたにしかできないことです。私が帰ってくるまで、アステさんの店で待っていてください。……できますか?」
こんなことを言っても、気休めにしかならないはずだが、ナビスはしっかりとうなずいてくれた。
「ありがとう、ナビス。――行ってきます」
頭を撫でると、ナビスの長い耳が揺れた。
「姫様……どうか、ご無事で」
心配そうに見送るナビスに、ティアーネは微笑みで答えた。
光の差す扉に向き直る。
ここからは、本当に一人なのだ。
ティアーネは覚悟を決めて、扉の先へと足を踏み出した。
そこに足を踏み入れた途端、急に光が明るさを増し、ティアーネは目を閉じた。
少しして聞こえてきたのは――波のさざめきの音。
「ここは――?」
眼を開ければ、そこには限りなく広がる海が見えた。
扉を開けたときとは打って変わり、ここは夜のようで、空には綺麗な満月が輝いている。
驚いて振り返るが、先ほど通ってきたはずの扉は、そこにはなかった。
引いては寄せる波が、砂の上に立つティアーネの足を濡らした。
「あら、もう来たのね。思ってたより早いわ。こんばんは、ティアーネちゃん」
ふいに、上から声が降ってくる。
どこから聞こえたかと辺りを見回すと、少し離れた波打ち際の岩の上に、声の主は座っていた。
――美しいと、思った。
月明りにたなびく銀糸の髪に、きらりと輝く金色の瞳。薄暗がりに映える肌は、どこまでも白く。
しかし、一瞬人の形に見えたそれは、よく見れば違う。
腰より下――本来、人ならば足のあるはずのその場所には、銀と蒼の鱗がついた尾ひれがあった。
その人は――人魚だった。
昨日久しぶりに運動したせいで筋肉痛が……
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