17.バラ園と女の子
次の日、また同じようにエド、ティアーネ、ナビスの三人は集まって、バラ園に向けて出発した。
かかる時間は一時間半といったところだろうか。以前のように上り坂ではないだけマシだが、ずいぶんと長く歩くことには変わりない。
しかも今度は王都の中を歩くので、王から命を狙われているらしいティアーネのために、警戒しながら歩いていたせいで余計に疲れた。
何度か休憩をはさみながらも、なんとか昼頃にはバラ園に着くことができた。すでに先ほどの店で昼食は済ませていた。
バラ園に足を踏み入れると、街とはまた違った騒々しさがエドたちを包む。
「ようこそ」「ようこそ」
「雨が降ります」「こんにちは」「女だ」「また明日」
「みんなと遊びたいな」「さようなら」「初めまして」
「子供たちと」「楽しかった?」「男もいるよ」
「お年寄りの方々だね」「幸せなのかな」「男?」
「愛してる」「素敵だね」
音妖精が聞いた、様々な人の声がバラ園中にこだましている。聞き取れるのは、ほんの一部だけだ。
噂によれば、特に多くの音妖精が集まるせいか、意味の無いはずの言葉の羅列が時折、意思を持っているようにも聞こえるらしい。
「以前にも来たことがありますけど、本当にうるさいですわ、ここ。どうにかならないかしら」
「うるさい」「嫌い」「なんにもない」「にっこり笑って」
ティアーネが愚痴をこぼす。だが、そんなものでは音妖精の言葉は止まない。
「お花、きれいでしょ」「好き好き、大好き」「誰にあげようかな」
「とりあえず、やっぱり花冠を作ればいいんじゃないか? ここに突然花冠が現れるわけでもないし」
「花冠を作るの」「今日はどうなるのかな」「とっても大変だよ」
エドがティアーネに聞こえるよう少し声を張り上げて言う。
そうみたいですね、とティアーネは肯定し、満面に咲き誇るバラを見つめた。
「――でも、どうやってこれを花冠にするつもりなのですか? エドさん」
バラの棘に触れながらティアーネは問う。たしかにバラには棘が多く扱うのが難しそうだし、そもそも茎が固すぎてこのままでは花冠を作れない。
「花冠か……」
そういえば、前世で一度だけ花冠を作ったことがあるような気がする。たしか、カフェか何かのバイトをしていた時に、突然頼まれて焦りながら作ったような。あの時は、どうやって作っただろうか?
どうにか、古い記憶を呼び起こして思い出す。
「――ティア」
「何か?」
振り返らないままのティアーネに、エドは思い出したことを話す。
「……それで本当にできるんですのよね?」
「たぶん。まず必要なものを買ってこなきゃいけないけど」
「なら、早く買ってきてくださる? 私、あまり長くここには居たくないですから」
「……善処する」
ここに居たくない割には、買い物について来ないんだな――なんてことは言わずに、エドはさっさとバラ園を出て買い物に向かった。
「ここ嫌い?」「早く早く」「たくさん買ってくるからね!」「どこ?」
バラ園に残されたティアーネは、なんとなく音妖精たちの言葉に耳を傾けながら、自分の従者の方を見た。
「――ナビス、それに触っては危ないですよ」
突然呼びかけられてびっくりしたナビスが、慌てて手を後ろの方に隠しながら立ち上がる。
どうやら、少し遅かったようだ。
「手を見せて、ナビス」
「――はい、姫様」
バツの悪そうに目をそらしながら、ナビスは右手の手袋を外した。指先のほうから血が出ている。
ティアーネは腰に掛けていた小さなポーチからハンカチを取り出すと、それでナビスの指を包んだ。
「そんな悪いですよ、姫様。――これ、エド様からもらったものでしょう?」
「いいんです、洗えばすぐに落ちますから。もとより、ハンカチとはこのように使うものですよ。少しの間、これで抑えておけば、すぐに血は止まります」
「――ありがとうございます、姫様」
「血」「痛いよお」「助けて」
「また、姫様に助けられてしまいました――――あれ?」
しょんぼりした様子でハンカチを持っていたナビスの耳がぴくりと揺れる。
「どうしました? ナビス」
ナビスの声に気づいたティアーネに、ナビスは横の方を向いて指さした。
ティアーネもそちらの方を見る。
「どこどこ?」「怖いね」「どうしよう」
「お母さん、どこ……助けて」
そこには、たくさんの音妖精の声と背の高いバラに囲まれて、小さな女の子がうずくまって泣いていた。
「小説」「本当に」「9月まで」「終わるかな?」「無理かも!」
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