14. アピッサルテとドリーベリー
「終わった、のか……?」
エドは剣を鞘に納めながら息をつく。
乾いた地面に落ちていた、二本の角を拾った。
「――ナビス?」
本当に信託は達成されたのか、ティアーネはナビスに問う。
ぼうっと、何か遠くを見つめていた様子のナビスの耳が動いた。
「……は、はい姫様。今、次の信託を聞いていました」
「そう、ならよかったです」
ティアーネも安心して肩を降ろす。これで、二つ目の信託は達成されたのだ。
「それにしてもですわ、エドさん」
ティアーネがワンピースの裾を引っ張る。端のほうから、ポタリと水滴が垂れた。
「……これ、どうしてくれるんですの?」
「あ、いやあ――」
エドはポリポリと頭をかく。
「――ごめん、ティア」
はあ、とティアーネは心底嫌そうにため息をついた。
「全く、急を要していたとはいえ突然泉に突き落とすなんて、頭がどうかしてますわ」
泉から歩いて出ながらティアーネが小さく呟く。
エドはバツが悪そうに視線をそらしながら上着を脱いだ。
「とりあえず、宿に戻るまではこれで勘弁してくれ」
ティアーネに上着をかけてやるが、ティアーネは黙ったままである。
エドは手元にある二本の角に視線を落とすと、小さいほうをティアーネに押し付ける。
「こっちはティアが持って行きなよ」
「はあ、またそんな幼稚な嫌がらせを――きゃあっ!?」
毎度のごとく嫌味を言おうとしたティアーネが、突然声を上げる。次いで、バシャリと何かが泉に落ちる音がした。
何事かとエドがティアーネの方を見ると、その手は真っ黒い液体に濡れている。
「何なんですか……突然、手が滑って――」
二人は同時に泉に落ちた角を見て、もう一度驚いた。
泉に落ちた角は、まるで酸か何かに溶けているかのように、黒い液体を吐き出しながら小さくなっていく。
ほどなくしてそれは完全に消え、泉の中には一層暗いもやのみが残されている。
「これが、あの魔獣が水を避けてた理由か……?」
ティアーネの手についていた程度の水で溶けるのならば、あれほど慎重に氷を避けていたのも当然だ。
角を切ったとき、妙に手ごたえがなかったのも、ティアーネを突き落としたときに剣にも水がかかっていたからだろう。
「本当、最後の最後まで災難ですわ」
泉で手をすすぎながらティアーネがぼやいた。
木々の間から太陽の光が差し込む道を、三人はゆっくりと歩いていく。
ここまで来ても、やはり人の気配はない。
エドは、ティアーネの横を歩くナビスに、妙に元気がないことに気がついた。
「どうした、ナビス?」
エドが声をかけると、ナビスは小さく口をとがらせる。
「――僕だけ、何もできませんでした」
魔獣の角を切り落とす一連の流れの中で、ナビスはただ見ていることしかできていなかった。
「でも――」
「いいえナビス、あなたは十分な働きをしました。あなたがいなければ、私はとっくに死んでいましたよ」
エドを遮って、ティアーネがナビスを褒める。確かに、エドでは魔獣のあの攻撃からティアーネを救うことはできなかっただろう。
ナビスは目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、姫様」
宿に帰ってアステと合流した後、ティアーネが着替えをするのを待って昼ごはんを食べることになった。それが終わった後は、すぐに王都に向けて帰る予定だ。
「なかなか大変だったみたいだね、お疲れさん」
待っている間、廊下で話を聞いていたアステが苦笑いしてエドたちをねぎらう。
そういえば、とエドは一つだけ思っていたことを口にした。
「なぜあの魔獣はティアばかり狙ってたんだろう……?」
「たしかにそれだけは不自然――――あ」
一度首を傾げたアステが、何かを思い出す。
同時に、部屋から思いっきりドアを開けてティアーネが出てくる。
「アステさん……これ」
ずいとティアーネが掲げたのは、暗い紫色の小さな実。
「ごめん、朝にあたしがそれをティアーネに渡したんだっけ……。アピッサルテの好物だったってこと、忘れていたよ……」
「私がドリーベリーを欲しがったのも悪かったですが、もう、本当に……」
何か言う気力も無くして、ティアーネはため息をついた。
今回の信託は本当に、ティアーネには災難な出来事だったようだ。
この時間に投稿ということは、そういうことです。
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