8. 次の信託と来訪
「――神様からの信託は全部で7つ。一つ目の信託は『赤き炎騎士を探せ』でした」
昨日と同じように林の奥のコーヒー店の二階に集まった3人。今はナビスから、信託についての話を聞いていた。
「姫様がエド様と出会って、次に神様がお告げになった二つ目の信託は――『真昼の宵闇に現れし黒き角』です」
一つ目の信託とは違い、二つ目の信託はずいぶんと謎めいたものだ。
「真昼の宵闇?」
エドが尋ねると、ティアーネはええ、と答えた。
「それについては、私の中で答えは出ています。"真昼の宵闇"とはこの国で有名な詩の一節ですわ。まあ、貴方が知らないのも無理はないかもしれませんけど」
言われてみれば、何年か前に学校で習った詩に、そんな言葉があったような気がする。それにしたって、少し棘のある言い方だが。
確か、その詩の名前は――
「『リーキアの娘』第三節、『牡牛』です。
牡牛
娘、山中にて夢を見る
太陽高く昇れど、泉は光を通さず
真昼の宵闇は娘を抱く
あの牡牛の角が届いてしまわぬように」
淡々と、ティアーネが詩の内容を暗唱する。
「この詩が詠まれたのは、ここから西に下っていった先、頂上に大きな泉のある山です。ふもとの街は観光地になっていますね」
手にもっていた地図を広げ、ティアーネが場所を指し示す。
だいたいここから、馬車で半日といったところだろうか。
「なので、これからここへ向かいます」
ティアーネが地図をたたむと、ふいに扉がノックされた。
「ティアーネ。"お客さん"が来ているよ」
誰が来たのかを察したのか、少しだけティアーネの表情が陰る。
「……いいわ。通して」
しばらくして、部屋に一人の女性が入って来た。
高価そうなドレスに身を包み、毅然と立つ紫の髪の女性。
青色の眼が、一瞬だけエドの方を向た。
「――どうしたのですか、お母様。こんなところにまで」
「会えて嬉しいわ、ティアーネ。探すのに苦労したのよ。なにせ頼れる人もほとんどいなかったですもの」
女性――いや、ティアーネの母ということは王妃、か――は、ティアーネの問いかけを無視して語る。
口元の微笑みに対して、ティアーネに酷似した瞳は、冷ややかにナビスの方へ向けられる。
「ここにティアーネを連れてきたのは貴方ね、ナビス。確かに呪いを解くまでティアーネを守るよう契約したけれど、こんな大事な報告をしていないなんて悪い子ね」
「申し訳ありません……ご主人様」
頭を下げるナビスに、王妃が歩み寄る。
「”印”を見せて頂戴」
「……はい」
ナビスが手袋を外すと、手の甲に黒い独特な文様が刻まれていた。
王妃はナビスの手首を掴み、文様を指でなぞる。
「神に請い願う。ここに契りの改めを。神の子ナビスはテシャーナに、ティアーネの居るところを必ず告げよ」
「ナビスはテシャーナに、ティアーネの居るところを必ず告げることを誓います」
文様がかすかにうごめき、ナビスが唇を噛む。
それは、神の子との契り――通称”奴隷契約”の契約更新をするための口上だった。
後ろの方で、悔しそうに目を閉じるアステが見えた。
この世界で獣人は、”神に近しい存在”と言われている。万物の母である神が、人間のために遣わせた御子であるのだと。だから獣人には神の声を聞くことができる者が時折現れるという。
しかし、彼らは神の子として信仰の対象でありながら、人間たちからはほとんどが道具、奴隷として扱われている。神の子との契りと称した奴隷契約がいい例だ。
王妃は契約更新の儀を終えると、次はティアーネに歩み寄る。
「今度はテルーラに行くのでしたね? ティアーネ」
「ええ」
顔立ちの似た二人がまっすぐに向き合う。
「気をつけていってらっしゃい。必ず、呪いを解くのよ」
「……はい、必ず」
「そう。愛しているわ……ティアーネ」
王妃はティアーネの額に口づけして離れた。
最後に王妃がエドの方を向く。
「あなたがティアーネの言っていた騎士ね」
「はい」
「エド・ウィリアム・リトスライト。どうぞ私の娘をよろしく頼むわ。なにせあなたは”騎士”なのだから、ね」
「……お任せください」
エドは椅子から降り、膝をついて頭を下げた。
「それではまた会いましょう、ティアーネ。次の報告を待っているわ」
そう言い残し、王妃は部屋から出ていった。
エドは立ち上がって、ほっとため息をつく。
正直言って、苦手なタイプだった。言っていることはごく普通のことなのに、ティアーネの何倍も心に強く刺さる。
「まさかお母様がここにまで来るだなんて」
ティアーネにとっても、突然の来訪だったのだろう。こちらも安堵のため息をついていた。
「まあいいでしょう。早く出立しますよ、都市テルーラに向けて」
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