7. 恥じらいは何処へ
ソレイル目線です。ソレイルがお風呂に入るシーンちょっとだけがあります。
ソレイルは辺境伯の一人息子だった。他国との国境を守る家に産まれ、幼い頃から剣技に礼儀作法にしきたりと、大変厳しく育てられた。母が元騎士で男勝りな人物だったせいか、父親が2人いるようでもあった。
ソレイルが齢23となった今でも、婚約者すら居ないのには訳がある。代々ソレイルの家では、結婚相手には身分を厭わず、強さが求められてきた。魔力であったり、頭脳であったり、戦う力であったり、だ。けれどそんな女性が早々見つかる訳でもなく、又ソレイル自身もきらびやかな女性にはどうにも惹かれず、独特な化粧の匂いも香水も嫌いであった。況してや口下手な事と持ち前のストイックな性格とも相まって、好んで社交の場へも未だ1度も出る事なく、騎士団長として隊舎で暮らしている。
何より隊舎にいれば、『全て断ってくれ』と言い付けておくだけで、面倒な縁談の釣書が屋敷に届くのを見なくて済むし、屋敷迄の移動時間も鍛練の時間へと回せて一石二鳥なのだ。
そんなソレイルだからこそ、月子の世話になっている今でも、多少の傷があっても己の鍛錬を欠かす事はない。
「今夜はお風呂に入りましょう」
鍛錬を終え、鍵を掛けられていない窓からそっと部屋へと帰ってきたソレイルは、乾いた洗濯物を持って来た月子に持ち上げられ、当たり前の様に肩へと乗せられる。
「オカエリ」
「ソレイルさんもお帰りなさい。鍛えるのもいいですが、あまり無理はしないで下さいね?あ、トマトとアスパラを収穫して来たので、今夜はアスパラのベーコン巻きとシチューにしましょう」
「ツキコ、ツクル。オイシイ、スキ」
「でも先に綺麗にしましょうか。2人とも真っ黒だし」
互いに泥だらけなのを見て笑い合うと、月子は脱衣所へと向かう事にした。
月子から畑の土の匂いがして、それにソレイルはほっとする。着飾った貴婦人達より、ソレイルには月子の方がずっと女性らしく思えた。
ツキコは近くの『物産館』へ野菜を卸して生計を立てている。今は車が無いのでお休みにしているが、早朝から家の側にある畑で育てている『無農薬野菜』を収穫し、袋に詰めて契約先へ卸す事で収入を得ているのだ。
普段から日中は畑の手入れ等が主な1日の仕事で、他には特に何もしていない。収入としては少ないが、元々街中で暮らすより田舎が好きな性分であったし、家を出て外へ働きに行くよりも、今は亡き祖父母の手伝いをしながら田舎の暮らしをする方が好きだった。食べる分は自分で植えているので、贅沢をしなければ十分な暮らしが出来ている。
ソレイルが畑や麓へと月子に付いて回った結果わかった事は、月子は周りから『可愛がられて』いる人間らしいという事。この集落の家も少ないから、恐らく人付き合いが密なのだろう。月子は路端ですれ違う人間がいれば、バイクを止めては声をかけ、笑顔で話をしている。お年寄りが何か困った事があると言えば、家へ出向いて手伝いをしたりもしていた。
若い娘が好みそうなお洒落も化粧もしない、山の中で独り汗をかき、泥にまみれて、けれどもそれがとても楽しいのだと月子は言う。
そしてそんな月子を、ソレイルも嫌いではなかった。
「ツキコ、ダメ!!」
傷の事もあり、ソレイルは今まで身体を洗わずウエットティッシュで拭いていた。だが傷の治りも早いので、そろそろお風呂に入って大丈夫だろうと、脱衣所へ連れてきた月子がソレイルを洗面台へ降ろし、服を脱ぎ出した事で慌ててそれを止めた。
いそいそと肩にのせられ、洗面所へ連れて来られたと思ったらこれである。まさか目の前で服を脱ぎ始めるなどと思ってもみなかったソレイルは、慌てて下着姿の月子に背を向けた。
初対面で裸をあんなに恥ずかしがっていたというのに、今は平気なのか。そもそも自分への扱いが子供に対するものになっている気がすると、ソレイルはため息を吐いた。
身体が小さいからと言っても人形ではない。立派な成人男子である。もう少し恥じらいを持って欲しい。
「ハダカ!ミル、ダメ!!!」
「でも、1人じゃ溺れるし・・・・・そうだ!洗面器にお湯を入れますから、身体を洗ったらこのお湯を使って下さい。・・・・・でもやっぱり一緒に」
「ダメ!ダイジョブ!!ヒトリ、する!!」
「ううっ、わかりました・・・・・では廊下にいますから、何かあったら呼んでくださいね?絶対ですよ??」
渋々と言った風に脱衣所を出ていった月子は、浴室の床に置いた洗面器にお湯を入れ、糸の作った玩具の木片手鍋と、身体を洗う為使えればと、切ったガーゼ、赤いキャップのついた魚の形をしたモノ2個を、シャンプーとリンスだと言って置いて行った。シャンプーで髪を洗い、リンスをつけて濯ぐのだと説明までして。
気持ちは嬉しい。とても嬉しいのだが、少々過保護である。いくらソレイルとの身体の大きさに差が有ると言っても、若い男女なのだ。もう少し気にして欲しいものだと、ため息を吐いた。
「・・・・・・」
チラリと横へ目線を向ければ、着替えにと置かれたていたのは、糸の手製のトラウザーパンツと、それとセットになっているシャツだ。シャツは首元を留めるブルーのリボンが付いており、襟などにフリルをたっぷりあしらったシルク製。着せ替え人形用の服にしては豪華だ。ソレイルが幼少期に母に着せられていたものとよく似ている。あまり着たくは無いと思っていたのだが、着替えの都合で遂にこの服が回って来てしまった。
服のサイズは2種類あったのだが、着れるサイズのものは糸の孫の趣味なのか、絵本に出て来る王子様の着ていそうなフリルたっぷりのものだったり、ドレスだったり、海賊の様な衣装だったりと奇抜なものが多いのだ。
因みに昨日は浴衣だったのだが、ソレイルにはサイズ小さ過ぎて、そのまま上半身裸で1日を過ごした。
諦めた様に大きくため息を吐くと、ソレイルは泥だらけの服を脱いで着替えを持って洗面台から飛び降りた。
広くてゆっくり入れそうな洗面器の表面から立ち上る湯気に、少し楽しくなる。
つるりとした桶の表面はソレイルの見た事のない素材で出来ており、家の中でもこの素材で出来た物をよく見かける。軽くて割れにくく便利なもののようで、どんな素材で出来ているのだろうかと考えながら、湯を救って頭からかぶった。
泡立ちの悪い髪と身体も2回ずつ洗えば、数日分の垢も取れさっぱりする。
国の事、副隊長のアルフレッドに任せて来た隊の事、未だ戻らない自身の魔力の事。気になる事は多過ぎる程ある。どうすることも出来ずにもどかしいばかりだけれど、今はそれを考えても仕方がないと、ソレイルはそれを一旦頭の片隅へと押し退ける。
「キモチイイ・・・・・」
ざぶりと浸かった湯船の中、蕩けるような顔をしたソレイルが、フリルのシャツを着て月子に吹き出されるまであと少しだ。