8. 彼と思い出と
随分とスムーズに話せる様になったソレイルと月子は、少しずつお互いの事を話すようになった。
ソレイルは、エアドボーデンと言う国で人々を守る騎士団の中で部隊長をしていた。年齢は23歳と月子の3つ上。仕事が忙しいのか未だ独身。代々国境を守る家の出で、人々を守る為に幼い頃から厳しく育てられていた。だから今も、何時元の世界へ帰っても良い様に、毎日の鍛錬を欠かさない様にしている。
「ツキコ、恩人」
「恩人なんてそんな。大した事は何もしてませんし、気にしないで下さい」
「手伝い、したい」
「手伝い・・・・・ですか?」
世話になるばかりでは申し訳ないとからと、手伝いを申し出たのは昨夜の事。しかしいくら何でも体が小さ過ぎるので、一晩月子が色々考えた結果、彼にも出来そうな鶏の餌やりを教えたのは、まだ夜も明け切らぬ早朝の事だ。
「この大根の葉を鶏に頼めますか。餌は納屋に有りますから後で教えますね。計量カップ1杯をあげるんですけど・・・・・プラスチックだし両手なら持てるかな?あ、巣箱以外に卵があったら教えて下さいね。私が拾いに行きますから」
家の鶏小屋で飼っているのは、雄鶏が1羽に雌鶏が5羽。昼間は庭に放してあるが、夜は小屋に戻すようにしている。今は1羽が卵をいくつか温めているので、葉物を毎日お裾分けして、可愛いひよこが産まれるのを心待している所である。
雌が卵を温めているせいか雄鶏が少し神経質になっており、ソレイルを肩に乗せ月子が小屋に入ると、鶏達が一斉にこちらに顔を向け、動きを止めた。
「コッコッ、コッコッコ・・・・・」
雄鶏が見たことのない変な生き物に警戒したのか、身体を膨らませ、羽を地面に引きずる様にして威嚇してくる。そして月子の周りを半周回ったところで、勢いよく肩の上のソレイルに向け、後趾で襲い掛かってきた。それを月子を守る様に前へとジャンプし、迷う事なく雄鶏の脚を掴んで地面に捩じ伏せていた。自分の倍以上ある雄鶏を、だ。
「うわぁ・・・・・」
「ツキコ。コレ、食べるする?」
「その子もびっくりしただけなので許してあげてください・・・・・と言うか凄い動き。流石ですねぇ」
食べないと聞き解き放された雄鶏は、少ししょぼくれている様にも見える。可哀想だが、相手が悪かったとしか言いようが無い。
「騎士、守る仕事。討伐、ある。バジリスクより、動く、遅い」
「バジリスク・・・・・名前は聞いたことがあるかも」
「コレに、蛇が付く、している」
「鶏に、蛇ですか」
「似ている、スコシ」
「見たことあるんですか?!」
「隊で倒す、した。魔物。毒、ある」
もしかしたらソレイルさんの様に、他の世界から来た魔物がうっかりこちらへ来てしまって、世界で記録が残っていたりするのだろうか。もしかしたらこちらへも、調べればもっと色々来ていたりするのではないだろうか。
バジリスクやその他の『空想上の生物』と言われるものの姿を思い浮かべ、恐い魔物らしいがちょっとだけその姿を見たくてワクワクした。
その後ようやく迎えた今朝のご飯は、大根、ワカメ、豆腐、それに青梗菜とおあげを入れた味噌汁、それと納豆だ。胡瓜は塩昆布と合え、切ったトマトと一緒に皿に盛り付ける。小さい茶碗には流石に乗らないので、砕いた納豆と沢庵をほんの少しだけ小皿に出しておいた。
「「いただきます」」
互いに口下手で、会話もそう多くは無い。けれど、時々目が合えば笑い合う、ただそれだけで互いに穏やかな気持ちになれていた。
食事はテーブルの上に糸の作った人形用のテーブルと椅子を置き、それをソレイルが使う。不思議とそれはソレイルの為に誂えた様にぴったりだった。
糸さんに頼んで、食事の為にとナイフとフォークも追加で作って貰えるよう頼んだら、前回貰ったテーブルに合わせたテーブルクロスに加え、お洒落なディナーの食器までセットにして木で作っていてくれたのには、まるで本物の職人の技を見た様で、とても感動した。
受け取りの際に『今はお人形遊びが流行っとるのかいねぇ?』と聞かれ、苦笑いで「強くて格好いい人形を貰ったので、折角だし色々揃えて飾ってみようと思って」と伝えたのは、記憶から早めに消去したいと思う。
「また洋服作ってやるけん、サイズを今度教えなっせねぇ」と、また何か作れるのだと楽しそうに笑う姿に、嘘は吐いていないのだがもの凄く申し訳ない気分になったのだった。
2人向かい合って食べ始めると、ソレイルは手を合わせたらしばらく動きを止め、眉を寄せて一気に口へと掻き込んでいた。どうやら納豆が苦手らしい。海外の方は臭いが苦手な人が多いと聞いたこともあるから、彼も苦手だったのだろう。
よく考えてみれば身体が小さい分、納豆も大きく感じるだろうし、臭いもきついのかもしれない。それでも彼が食べ物を決して残さないのは、気を遣ってくれているのか、性分なのか。
「ツキコ、明日もコレ、食べるするか・・・・・?」
涙目で全部食べきって、潤んだ目でテーブルの上から見上げてくる。
「かわい・・・・・いえ。明日はパンにしますね」
(うん、ごめんね。明日からは控えるよ)
朝食の後片付けをしたら、月子はソレイルを籠に乗せ畑へと移動した。
鍔の大きな麦わら帽子を被り、腕カバーをして、トマトを植えた畝で芽かきに精を出す。
所々で小さな花の蕾が鈴なりなミニトマトだ。梅雨が来る前までには収穫できるようになるだろう。
「ソレイルさん、草むしりは大変ですけどお願いしますね!」
「鍛錬、なる。頑張る」
足元の雑草を手当たり次第引っこ抜いていくソレイルは、汗ですぐに泥だらけになってしまったが、意外と楽しそうでいい笑顔だ。
「泥だらけですね」
「ツキコ、お揃い」
そう言ってソレイルは自分の鼻を指さししてニヤリと笑う。
どうやら泥だらけなのは、彼だけではなかったらしい。
「本当だ、お揃いですね」
腕カバーの辺りで鼻を擦ると、泥がたっぷりと付き、土の匂いと青臭い緑の匂いが鼻先で香る。そしてそのまま腰を屈めると、自分の首に掛けたタオルでソレイルさんの顔のドロを拭いてあげた。
何だかとても嬉しくて、幸せで、鼻の奥がツンとする。
「ありがとうございます・・・・・ソレイルさんが居るから、毎日とても楽しいです」
一瞬泣きそうに顔を歪め、けれど次の瞬間に花が綻ぶように月子は笑った。
今とても幸せだと感じていた。祖父母を亡くし天涯孤独になってから、家で誰かと一緒に笑い合う様な、そんな幸せな時間を久しく感じていなかったから。けれどそんなさ寂しさも、ソレイルが現れてからは、一度も思い出す事すらなかったのだ。
何時かはソレイルがいなくなり、また独りになるかもしれない現実は、今暫く心の片隅に避け置いて、彼と過ごす今を月子は大切にしたかった。祖父母の様に、ソレイルとも沢山の思い出を作りたいと思ったから。
何時かまた独りになったとしても、その思い出で寂しく無い様に。
「ツキコ・・・・・綺麗」
眩しそうに月子を見ながら、ボソリと小さく呟いたソレイルの声は、月子の耳には届かなかった。




