12. 隠し事 4
「・・・・・疲れた・・・・・」
部屋から着替えを持って風呂場へ行くと、やっと緊張がとれ、身体の力が抜けてきた。
髪と身体を洗って湯船に浸かる頃には、今日1日の疲れがどっとでてきて大きなため息が漏れた。
「はぁ・・・・・今日はちょっと買いすぎたかな?」
少し気まずかったのもあって、必要以上に買い込んだ自覚はある。今日買わなくてもいいものも、ポイポイカゴに入れてしまった。
日用品として必要な物ばかりではあるが、それにしても買いすぎだったのを思い返して、今更反省しているところだ。
緩くまとめて上げている洗い髪から、ポタリと肩へ落ちた雫が冷たく感じる。春とは言え、まだ夜は少し肌寒い。
湯船から出ていた肩を少しだけ深く湯の中へ沈めると、今日の事を思い返してまたため息を吐いた。
武との付き合いは長い。この辺りに同じ年頃の子供もいかなったせいもあって、武とは子供の頃から何時も一緒にいた。武が実家を離れてからも、隠し事なんて1度もしたことがなかった。
「でも、やっと話せた」
武にソレイルの話しをし、彼に会わせた事によって、少しだけ肩の荷が軽くなった気がする。途中、少しばかり武の気を悪くさせてしまったが、それでも話してみればちゃんとわかってくれた事が月子にはとても嬉しかった。
「ふふふ・・・・・ちょっと怒らせちゃったけど、良かった。それにしても・・・・・ちゃんと仲良くしてるかな?」
喧嘩になりはしないと思うが、やはり少しだけ心配だ。
湯気の向こう側、庭の端に在る椎の木の上。
猫の目の様に細い月が、凭れる様にして空いた窓から、こちらを覗いている。
窓からは、濃い緑の香りを乗せた風がさらりと流れ込み、湯船で温まった頬を冷ましてくれた。
今頃2人で何を話しているのだろうか。2人の所へ戻るまでには、少しでも仲良くなってくれているといいのだが。
「そう言えば・・・・・ソレイルさんて、ちょっと武君と似てるかな?雰囲気とか」
よく考えてみると、なんとなく気質も似ているところがあるし、始めはギクシャクしたりするかもしれないけれど、そう遠くない内に、きっと。
肩にソレイルを乗せて笑い合う2人の姿を想像して、月子はゆるむ頬を両手で押さえた。
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部屋を出た月子に声が聞こえない位の距離に離れた事を確認し、飲み掛けていた缶ビールの残りを一気に飲み干すと、新しい缶へと手を伸ばした。
正直に言って、色々ありすぎて飲まなければやってられない。
「さて・・・・・月子も居ない事だし、腹を割って話そうぜ?」
「ハラ、ワル・・・・・?セップク??」
「ちっげーよっ!!どこで覚えたんだ『切腹』とか!?隠し事は無しで話そうってことだよ!!わかる??!」
「ハラキリ、チガウ。ワカル、した」
『ハラキリ』ってなんだよとぼやく武を横目に、テーブルの上、ソレイルも武に習い、抱えていた缶ビールを一気に飲み干す。
既に置かれた空き缶達の横へ今しがた空になったばかりのそれを並べると、身体毎真っ直ぐに武の方へと向き直った。
真剣な眼差しが自分に向いているのを確認し、失礼だとはわかっているけれど、おかしな所はないか、危険はないかと、武は上から下までもう1度見直す。
何度見ても、小さな人間だ。魔力の揺れは僅かに感じるが、敵意も、殺意も感じ取れない。
「うん・・・・・大丈夫だな」
別段怒るでもなく、目を反らすこともない。
ただ真っ直ぐに見返してくる、髪と同じ黒みの強い焦げ茶色の瞳は、1片の迷いもなくただただ真っ直ぐ自分を見返してくる。
『目は口ほどに物を言う』とは言うけれど、自分に隠すことなど何もないと、べらべらと喋る男より、言葉少なくその目で語ってくるところ、嫌いではない。
「・・・・・キキタイ、ある。イイ?」
「あぁ、いいよ」
真剣な眼差しを向けるソレイルへ、もう一本缶を開けると、返事と共に前へ差し出す。
「もう1本飲んどけ」
「・・・・・アリガト」
男なら飲んで語るのが1番早い、と言うのが武の持論だ。
「この家、ツクルした。ダレ?」
「・・・・・この家は、月子の爺さんが建てたって聞いてる」
「ココ、魔力モドル、しない。魔力ヘル、する。ナゼ?」
「あー・・・・・ジジイが改造してっからな。因みに家自体は殆ど普通。バイクに車にベッド、後は何だったかな・・・・・兎に角毎日使う電化製品なんかは、そうなるように改造済みだ」
「ナゼ?」
「それは俺からは話せない」
「なら・・・・・タケル、『魔力』アル。ナゼ?」
「やっぱわかるよな。店でアンタの魔力に反応して、ちょっと揺らいじまったから。俺、隠すのは苦手なんだよ。そうだな・・・・・何から話したもんか。この辺りの家は結構いるんだよ、『魔力持ち』が。うちのオヤジもそう。ちっとも気付かなかっただろ?皆隠すの上手いんだよなぁ」
「ナゼ?」
ソレイルにすれば、分からないことばかりだった。
鎮と実際に対面した事は無い。けれど、リュックの中からその存在を知ることしか出来なかったが、優しい声の、穏やかで気の良さそうな男だと感じていたし、今日会った鎮からは、魔力を全く感じとれなかった。
「・・・・・我が家は、『家系』ってとこだな。後はまぁ、俺も成人した日にオヤジに聞いた位だがまだよく分かってねぇんだ。何でもこの辺りに昔からある家系には、「流されてきた者」と「守る為に在る者」の2つあるって話だ。俺も詳しくはオヤジに許可得られないと話せねぇ」
「カゾク、『魔力』ある。タケルとシズメだけ?」
「いいや。うちは母ちゃん以外みんな、大なり小なりある」
「イトも?」
「そうだ。因みに周りの奴らは隠すのが上手い。月子に着いて行った時に会った中にも、たぶんアンタの事に気付いてる人間はいると思うぜ?アンタも俺と同じく隠すのは苦手みたいだしな。魔力を隠す術を子供の頃からみっちり習う。皆熟練者だ。あと、この近所のうちの親戚にも魔力持ちはちらほらいる。ただ、同じ親戚内でも、俺んち以外は極稀に産まれる位だって話だ」
「ココ、ツキコの家。人、クル、しない。ミンナツキコ、スキ。でも、クル、しない。ナゼ?」
「この場所は『特別』だからだ」
「トクベツ・・・・・?」
「そうだ」
「なら、ツキコは?家、ナゼ、スム、するか?」
「アイツは『特別』だから」
「トクベツ・・・・・?トクベツ、ナニ?」
「もう一度言うが、悪いけどオヤジに許可を得ないと、俺からはその辺りの事は話せねぇ。だからとりあえず、明日の朝にでも、一緒に家に行くか?たぶんオヤジから話は聞けると思うぜ。帰る方法のヒントもあるかもしれねぇし」
自分に秘密を持つなと月子に言った武には、月子に言えない秘密がある。
月子にすれば納得の行かない事かもしれないのだが。
「キク、する」
「・・・・・よし。そんじゃとりあえず飲んどけ!その飲みっぷりなら、イケる口なんだろ?」
「イキルクチ?」
こてんと首を傾けて不思議そうな表情のソレイルは、発音も聞き取りもまだまだらしい。
「『イケルクチ』、な?酒が好き、ってこった!実は自分で持ってきた分もたっぷりあるんだ、遠慮すんなよ?」
「アリガト」
やっと意味を理解したのか、ぱあっと嬉しそうに笑った。
(成る程・・・・・コレが月子の言う『可愛い』だな?)
『ソレイルさんはね?小さいけれど、凄く強くて、優しくて、そしてとっても可愛い人なのよ?』
しきりに可愛いのだと力説した月子と『チガウ!』と言ってふて腐れるソレイルの顔を思い出し、噴き出しそうになるのを堪え、武は顔を俯けて盗み笑いしたのだった。




