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迷える猫は神を信じる 1

私は緊張で小走りになり、制服のスカートを揺らして人気の少ない朝の通りを進む。

家から歩いて20分程なのに来たことのない場所で、近所にこんな所があったのかと少し不思議な気分になる。


手に持ったチラシを開いて、目的の探偵社の正確な場所を確認する。どうやら少し先に見える青果店の4軒隣の喫茶店の上にあるようだ。

少し心を落ち着けながらゆっくりと歩を進める。


すると、横からおい!と野太い声が飛んできた。

思わず、ひゃい!と変な声を上げながら声の方に振り向く。

「嬢ちゃん、元気のない顔してるなぁ、これ食って元気出せよ!」

青果店の筋肉質の店主が威勢よくバナナを投げてきた。

ブーメランのように回転するそれをなんとかキャッチする。


「わわっ、あっあのお代は……」

「いらねぇよ、プレゼントだ。今日は良いバナナが入ったんだよ」

「あっ…ありがとうございます!」


そう言って私はまた小走りになって4軒分進み、探偵社のあるビルの前に立った。バナナは嬉しいが、見知らぬ人に声をかけられるのは人見知りには少しツラい。

少しづつ治していかないとなぁなんて思いつつ、階段を登る。ギュッとチラシを持つ手に力が入った。


コルティ探偵社と書かれた看板のあるドアをノックしようとするが……「実にカッコいいじゃないか!読みやすいのを貸すから君も読みたまえ!」という声が聴こえてきて階段まで引き返してしまう。

ノックをしたいが話を止めてしまうのでは……と申し訳なくなってしまう。

3分ほど待って今だ!と意を決してドアをノックする。


コンコン


すると、

「少し待っててください!」

と男の人の声が聞こえてきた。女の子が探偵をしてるから話しやすいと思ってここを選んだのに……

不安になりながら、どうぞという声にドアを開く。


いかにも探偵事務所と言った書類の並ぶ部屋からは珈琲の良い匂いが漂ってくる。

少女に部屋の真ん中にあるソファに通されて腰掛ける。良かった、女の子いた。

先ほどの声の主の男の人は空の瓶を持ってキッチンへ向かっている。


少女は、背丈は私よりも少し小さくて綺麗な黒髪をしている。


シックな色のカーディガンを着ていて、手元の珈琲も相まってとてもお洒落で可愛い。小柄な体と大きな目が私より歳下だという印象を与えた。表情や服装的に背伸びしている女の子というのがピッタリ当てはまる。


一方、男の方はボサボサの髪とシワだらけのワイシャツとスラックス。かなりダラシ無い格好だが顔はそこそこ整っている。なんだかギャップがいい感じ。


「コルティ探偵社にようこそ、私は社長のコルティ、向こうのダラシのない男はムトウだ。」


少し勢いのある口調で少女ーーコルティは言い切る。


「あ、あのボクはツムグです」

「さてさてツムグさん、今回はどんなご用件だろうか。難事件、怪事件の類なら大歓迎なのだかね」


そう言われると、躊躇ってしまう。私にとっては大事件なのだが、人から見れば、特に探偵からすれば恐らくありふれた依頼なのだ。


「あの、実はバルちゃんーー飼っている猫が行方不明になってしまって……」

コルティは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

「なるほど、迷い猫だね。よくある依頼だ。大丈夫、猫探しは私どもコルティ探偵社の最も得意とするところだよ。」

悲しい事にね……とコルティは小さく付け加えた。


「まあまあ、それは大変ですね。心配でしょう。あ、ちょうど珈琲を入れたのでどうぞ」


男ーームトウが笑顔を浮かべながら珈琲と砂糖壺を差し出す。


「あっ、ありがとうございます。」

「いえいえ、そのバナナともあいますよ。飲食しながらで構いませんので特徴を教えていただけますか?」


先ほどの貰ったバナナを握ったままだったことに気づき顔が赤くなる。

そんな私の感情は関係なしに、ムトウはスケッチブックを手に持ちコルティの隣に座る。

バナナと珈琲に手をつけながら話し始める。あっ、珈琲もバナナも美味しい。


「ええっと、バルちゃんは薄茶色と黒が混じった毛色で…………」


バルちゃんの特徴を語り終えると悲しくなる。バルちゃんは無事にいるだろうか。


「大丈夫ですよ、必ず見つけてますから安心してください。バルちゃんはこんな見た目でいいでしょうか」


ムトウさんが見せてくれたスケッチはまるで写真のようにバルちゃんそのものだった。


「すごい、バルちゃんそっくりです!」

「ムトウ君にはスケッチと珈琲くらいしか特技が無いからね。」


退屈そうにしていたコルティが自分の事のように誇らしげに口を挟む。


「それでは連絡先を教えてくれたまえ。進展があり次第連絡しよう」


私は連絡先を伝えてソファから立ち上がる。


「それでは、よろしくお願いします。どうかバルちゃんを……」

「大船に乗ったつもりで任せたまえ君。不安であまり集中できないだろうが学校で勉強頑張るんだよ。」


そう言って、コルティがボクの背に声をかける。

ドアを閉めると2人の会話が聞こえてきた。


「なぜ、彼女がこれから学校に行くと解ったのか知りたいかね、ムトウ君。なに、簡単な推理だよ、君」

「いやいや、制服着てるんだから当たり前でしょ。一目でわかりましたよ」

「……冗談だよ、君……」

ツムグ

探偵社から歩いて30分ほどの学校に通う16歳。人見知りで読書とバルちゃんを可愛がるのが人生の楽しみ。

最近、人見知りを治すために放課後の教室で人形に話しかけているのをクラスメイトに見つかりボッチが加速した。


バルちゃん

本名はヴァルボルザーク=ドラグーンだが、長いし言いにくいのでツムグからはバルちゃんと呼ばれている。

濃い茶色の猫で、ブサカワの類。好物は鰹節。


青果店の店主

探偵社の近くで青果店を営んでいる45歳。筋肉を鍛えている。道行く人に何かにつけてフルーツをプレゼントしてしまうので経営がヤバい。

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