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9話

父上に顛末を報告した。

結果、二人は見習いに降格処分とされた。

屈辱と感じるようなこの処分だが、二人は受け入れた。

この処分に文句や恨み言を吐くようなこともなく。


今まで私付の侍女であったレイアは、見習いになり私と会うことは少なくなった。

何せ見習いは裏方の裏方。

表である令嬢の私と接する機会はほぼ無い。

それでも、彼女は懸命に仕事をこなしているそうだ。


執事も、見習いとして雑用を任されている。

…が、元々彼自身の能力が高く、任されている仕事も重要なものが多かったため、結果的には雑用とこれまでの仕事半々といった感じだ。



今、私は27通目の手紙を手にしている。

その左手首にはあの腕輪。


封を切り、中身を開けば今日の内容は幼少期に私が送っていた手紙をルームメイトに見られたこと、それを理由に冷やかされたこと。


……そのルームメイトが王子であったこと。


どうりで親しいわけだ。

そんなころからの知り合いであれば、王族に…王子に直接確認したり、その行動を止めようとしたりできるわけだ。


手紙を仕舞うと、同時に侍女から声が掛けられる。


「準備が整いました」

「…わかったわ」


幾分気分が下がっていくのがわかる。

これからのことを思うと憂鬱なのだ。


何故ならこれから他家での茶会。

それもただの家ではない。


エンジ家。

侯爵家であり、私と年の近い令嬢がおり、そして…シルヴァンスへ求婚し続けているのだ。



***



「あら、よく来てくれたわね。歓迎するわ」


肩口で切りそろえられた蒼の髪に、蒼の瞳。

その目つきの鋭さはベアに負けず劣らずだが、あいにくこちらは見た目通りの性格のキツさをしている。


ミルフィ・エンジ。


実を言うと、これまではほぼ接点が無かった。

事実上は私の婚約者であったシルヴァンスに彼女が求婚しつづけていたのにそれを私が知らなかったのは、いくつか理由がある。


一つ目は私とシルヴァンスがこれまで一切の接触が無かったこと。

一応とはいえ、私とシルヴァンスの婚約は正式なものであり、婚約者がいる男に求婚するなど言語道断なのだが、接触が無かったことから彼女はこの婚約を仮初だと考えていた。

故にわざわざ婚約を解消させるという手間をとらず、直接シルヴァンスを落とそうとしていたらしい。


二つ目は、父と兄が私にそういった情報を封鎖していたこと。

ミルフィが上述の考えであっても、さすがに家の方はそこまで楽観的ではないし、まして相手は魔術騎士団副団長。正式に手続きしようとキルシデント家とハースター家に婚約解消を迫っていたのだ。私にはそういった情報をつい先日まで教えず。


だが、先日の事件で、ようやくミルフィも現状の理解ができたようで、このままでは埒が明かないと分かったのだろう。

ついに直接私と接触する気になったのだ。


そして、今日茶会に招待された。


しかしながらこの状況にはどうしたものかと考えてしまう。

なにせ今日の茶会は完全に相手のテリトリー。

普段私が親しくしている令嬢は全くおらず、私からすればほとんどが顔を合わせたことがある程度。

一方、ミルフィ側からすれば懇意にしている令嬢ばかり。


では何故こんな茶会に出席する気になったのかと言えば、目的があるからだ。

それは他人の目から見たシルヴァンスが、どんなものか。


私からすれば、婚約破棄をしてもなお追いすがってきた男で、その執念は凄まじいの一言である。

逆に言えば、そんな面しか知らず、他の人間から見たシルヴァンスがどんなものなのか知りたい…という思惑があるのだ。


それは私に近しい人たちからは得られないものだ。

両親や兄、それにベアでは私に遠慮して正しい情報が得られない。

だからこそ、この場は私に遠慮しない者ばかりの、正にシルヴァンスのことを知る最適な場なのだ。


……そうはいっても、じゃあ素敵な茶会になるかと言えば、そんなことなどないということくらいは知ってる。

彼女らはあの手この手で私とシルヴァンスが再婚約することを阻止しようとしてくる。

そのことを思えば、憂鬱にもなろうというものだ。


「はい。お招きいただき感謝しております」

「今日は楽しんでいってくださいね。たっっっぷり言いた…聞きたいことがございますから」


おいさらっと本音でてなかったか?


カツカツとヒールで音を立てて、別の来場者へあいさつに向かうミルフィ。

そうして一人になった私に令嬢たちが集まってくる。


その視線の剣呑さに思わずため息がこぼれそうになる。



***



(やれやれだわ…)


あれからもう何時間経っただろうか。

未だ止まらぬ令嬢たちのシルヴァンスを賛美する声と、そのシルヴァンスとの婚約を破棄した‘とある‘令嬢への悪態の数々。

そしてその令嬢たちの中にはいないミルフィ。

何かあっても関係ないというスタンスなのか。いや、主催者なのだから何かあれば不手際を問われるのは自分だろうに…


というか、彼女たちは私がここにいることを忘れ始めてないだろうか?

ちらほら私の名前が出始めているのだけれど。


「ええ、その通りですわ。ファリーナ様は全くもう…」

「ええ、シルヴァンス様を振ったあの令嬢の神経が分かりません。一度ファリーナ様の頭の中をかち割って見てみたいですわぁ」


(怖いわぁ…)


当初こそ私に向かって話しかけていたのが、今はもう私に視線を向けているものすらいない状態。

多分に彼女たちの主観が含まれている(というかミルフィの)とはいえ、おおよそのシルヴァンスと私の評価は知ることができた。


シルヴァンスは、若くして魔術騎士団副団長にまで上り詰め、王子との親交も厚く、それでいて実力は確かなもの。品行方正で、眉目秀麗。滅多に夜会に姿は現さないとか。

家柄こそ伯爵であるものの、当人の功績から侯爵に匹敵する地位があるとか。

次期団長最有力であるとか。

将来安泰、家族を大事にしてくれそう、夜も上手そう…ちょっと待て!


まぁ出るわ出るわ称賛の声。


一方の私。

愚か者、身の程知らず、恥知らず、国を代表する阿呆、馬鹿、間抜け、万死に値する、家も顔も胸も普通の凡人、稀代の凡愚、夜道に覚悟しておけ、理解不能なサル、ク〇ガキ(同い年でしょうが)、死に晒せ、夜も下手そう…だから待て!


出るわ出るわ罵詈雑言の数々。


思い返すのも面倒なほど(というか夜に固執してる方がいるけどあなた結婚してなかったっけ?)だし、この場でこの評価が変わることも無さそう。


そろそろお暇させてもらおうかなと、腰を上げようとしたところ。


「まぁ皆さん、そのように仰るものではありませんわ」


このタイミングで、何食わぬ顔で交ざってきたミルフィ。

主催者が来たということで、逃げ時を失った私。

……狙ってたな。


「ミルフィ様」

「‘とある方‘も何かやむに已まれぬ事情があったに違いありませんわ。そうなければ魔術騎士団副団長との婚約を破棄するなど…正気の沙汰とは思えません」


こちらを全く見ないミルフィに対し、あからさまに横目でこちらを見やる他の令嬢たち。

…はて、いつから私はこんな状況で平然としていられるようになったのだろうか?


とはいえ。

さきほどから私は一言も発することができず、ただ佇んでいるだけ。

聞きたいものは聞けたし(聞く気が無かったものまで聞けたけど)、目的は達したのだからこの辺でお暇させてもらおう。


再度、腰を浮かせようとしたところで今度は聞き慣れた羽ばたき音が聞こえた。


「えっ?」


つい、その方向に顔を向けてしまう。


何故ここに?


そう思うと同時に、見慣れたその姿…シルヴァンスの使い魔『ヒルス』が上空に居た。


「キャー!」


突如現れた大鷹に、令嬢たちから悲鳴が上がる。

悲鳴を聞きつけ、館の警護も集まってくる。

しかしヒルスはそれに動じることなく、庭園の広めのスペースにゆっくり着地した。


相対するヒルスと警護。


一方私はといえば、何故?と思いながらも、このままではまずいと思い、ヒルスへと歩を進める。


「下がっていて下さい。危険です」

「問題ありません。彼は使い魔です」

「しかし…」

「魔術騎士団副団長シルヴァンスの使い魔です。何か問題が?」

「えっ?」


警護のわきをすり抜け、ヒルスに歩み寄る。

シルヴァンスの使い魔と聞いてざわめき始めた令嬢たちを後目に。


「どうしてここに?」


ヒルスが来るための腕輪を私は今も身に着けている。

だから来ることができたのだろう。

問題は、何故今来たのかだ。今日の分の手紙は既に受け取っている。

ヒルスは首を高く上げ、首からぶら下げていたものを見せつけてくる。

そこには小包と…手紙…が2通。

一つは私宛。もう一通は……ミルフィ宛。


まずは自分宛の手紙を読んでみる。

内容は、私がエンジ家に招待されたということで、『元』婚約者として差入れを用意したとのこと。差入れは、王都でも人気のお菓子店のクッキーだとか。


そのためだけにヒルスを飛ばして来たのか……と一瞬思ったが、なら何故ミルフィ宛の手紙があるのかと思い、否定した。

……つまり、そういうことか。


ヒルスが飛び去り、私は差し入れと手紙を持って令嬢たちのもとに戻っていく。


「皆様、シルヴァンスからの差し入れです。王都の人気店のクッキーとか」

「まぁ!このお店のクッキーはなかなか手に入らないことで有名でしてよ!」


どうやらそのお店のことを知っているものもいたらしい。

毒見が済んでから、令嬢たちはそのクッキーに群がる。

その後ろで、私はそっとミルフィに近づく。


「ミルフィ様」

「…何かしら?」

「シルヴァンスから、あなた宛ての手紙を」

「まあ!」


そう言い、手紙を渡す。

喜色満面の笑みとその声にクッキーに群がっていた令嬢たちも何事かと今度はこっちに集まってきた。


「では、私はそろそろ失礼させていただきます」

「早くナイフを!」


私の言葉など聞いてはいないと、ナイフを要求するミルフィ。

まぁいいかとそっと場を退場する私。


庭園から一歩外に出た瞬間、


「なっ!!?」


ミルフィの声を聞いた私の感想は、やっぱり予想通り…というものだった。


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