幸せの愛言葉をさがして
これにて完結となります。
ここまで読んでくださった読者の皆様には感謝の気持ちで一杯です。
最後まで、楽しんで頂けたら幸いです。
「これが、君の望んでいた未来だったらいいのだけど」
一面祝福の色に包まれた光景を両の目に焼き付けつつ、少し離れた場所にヨハンはただ一人立ち尽くしていた。
あの穏やかな空気の中に自分の居場所はない気がして、足が竦んだままその場所から動けずに居る。
けれど、それくらいが自分にはちょど良いだろうと、ヨハンはどこか客観的に思う。
生き残った王女はきっと幸せになるだろう。隣国の王子に愛され、これからの人生を歩んでいくに違いない。
そして、その兄もまた、異世界の彼女と手を取り合い、生きていく。
苦しい時を潜り抜けて掴んだ未来だからこそ、彼らは幸せになるだろう。そうでありたいと、願い続ける限り、いつまでも。
「あなたにしては、よくやったわ」
黒髪の女性がヨハンの左側に立ち、その肩を労うように何度も軽く叩きにかっと笑う。
いつもの事なので、咎めるような事は言わず、ヨハンは小さな笑みを漏らしただけ。
「母上も、ご苦労様です」
息子の労いの言葉に、ようやくアリシアも息をつくように溜息を零した。疲れからでたものではない、それは、安堵の息。
「ようやく、見れたわね」
「えぇ、長かったですが、確かに、見届けました」
この光景を誰よりも見て居たかっただろう彼女はもうここには居ない。その代わり、二人の親子がその想いを受け継いできた。
もっとも彼らが見守り続けてきた子らは、自分達の手で、その未来を切り開いていったのだけれど。
それはそうと、とアリシアは息子を半眼で見上げる。
「あなた、クルトに言ってたでしょ。革命の時、私を城から遠ざけるように」
「母上はとうに王族を見限り離れた身。貴女にまで火種を飛ばさせるようなことはしたくありませんでしたから」
涼しい顔で言い切った息子に、失笑しか出てこない。
「………ほんと、私の息子には勿体ないくらい、いい男になっちゃったわねぇ」
そう茶化すように笑う母の顔に、一抹の切なさを見たのは、果たしてヨハンの願望か。
人ならざる者を見ることが出来たヨハンは、その特異能力故に神殿官長の座に就いた。
地位を手にして、迎えたい人が居たから。
母の侍女として出会った彼女。
そうまでして欲しかった彼女は、気が付けば半分血の繋がった己の弟妹を生み落し、そして呆気なく自分の手の届かない所に逝ってしまった。
最後に、たった一つの願いを託して星となった。
「これでよかったのかは、分からないけどね。あの子達は、確かに笑っているわ。見て。なんて綺麗な笑顔」
この光景は、果たして彼女が願ったものかは早速答え合わせをすることもできない。
アリシアは困ったように眉を下げつつ、それでも、彼らの幸せを見て笑っていた。
その時、無言で立っていたヨハンの視界の端に微かに映ったのは、パトリシアとそっくりな桃色の長い髪を靡かせた女性。その姿はうっすらとしか見えず、誰もその姿に気付いている者は居ない。
ジルベルトやパトリシアによく似たその顔で、彼女は綺麗に笑う。
ヨハンを見て、小さく頷いて、そして彼女は光と共に一瞬にして掻き消えた。
春の暖かさをその身に纏った彼女。
死してなお、自分の子らのために何かを残そうと懸命だった女。
彼女もまた、幸せそうに笑っていたから。
「それなら、いいんだ。………いいんだよ」
ヨハンの頬を伝うモノ。
声を殺して一人涙する息子を見るのは、実に十五年ぶりになる。
隣で小さく肩を震わす彼を見ないふりをして、アリシアはそっと目を閉じた。
耳元には、今も彼女の声が残っている。
まるで、昨日のことのように。
『私の大事なあの子達が、誰よりも幸せに笑ってくれますように』
物語りの始まりは、大事な人の幸せを願った誰かの、たった一つの『愛言葉』。
このお話に関しては、あまり深くは語らないでおこうと思います。
途中で何度も投げ出したくなりましたが、こうして書き上げられて本当によかった。最後まで読者様の期待に添えられたかどうかは分かりませんし、私自身もっと上手く出来たんじゃないかという後悔は多々ありますが、とりあえず完結のボタンを押すことにします。
少し休憩したら、すぐに「琥珀の女神」シリーズ第二段の更新をスタートしますね。
それではここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!




