馬鹿にするのもいい加減にしなさい
「え、クラウディ今お城に居ないの!?」
「王都から少し離れた所で暴動が起きたという報告を受けたので、王が彼と主だった騎士達をそちらに向かわせました」
「この状況で、あの総隊長がそれを承諾するとは思えないが」
「もちろん、反対するクラウディを王命で捻じ伏せましたので。クラウディ自身は最後まで渋っておいででした」
十年前にも使ったことのある隠し路を使って私達は前に進んでいた。先導するのは、すべてを知っているエメ。
その後ろを私、そしてブライアンが続く。
エメは手短に今の城の状況を語ってくれた。
「城の者達も半数は用事を言いつけ城の外へ出ていますし、残りの者達も四館の方に用を言いつけて向かわせました」
四館というのは、この城の中でも端の方に位置する一番離れた屋敷の事だ。
その間に二館と三館があるので、もし一館で異変が起きたとしても把握するのは厳しい。そして、一番安全な場所とも言えた。
「………ということは、革命軍がお城にやってきても、誰も行く手を拒めないということか」
「それが、王の願いでもあります。今回の彼らの目的は王のみ。前回のように負の根源である王族や貴族が居ない今、余計な負傷者は、最後の革命には不要だと」
「だが、あまりにもわざとらしすぎる。革命軍も馬鹿じゃない。逆に警戒するんじゃないのか」
難しい顔で紡がれたブライアンの言葉もっともである。
答えを聞こうとエメを見れば、彼女は首を振って見せた。
「革命軍の中に、王の手の内の者が居ります。その者の先導で、彼らは必ず城にやってくるでしょう」
「………そこまで」
用意周到にもほどがあるこの革命劇に、私もブライアンも言葉を失うしかなかった。
後は無言だけが私達三人を支配する。
静か過ぎる城の中は、逆にこちらの緊張感を高めるには十分過ぎた。
途中、急に道が狭まったせいで正面を向いていた身体を横にしなければ進めない場所に出る。所謂蟹さん歩きで進む。
「こちらです」
不意にエメが歩みを止めた。
何もないところに手を置いた瞬間、まるでカラクリ仕掛けのおもちゃのように、目の前の壁が音もなく動き出した。
遠目に見えたのは、王の間だ。
これは十年前の革命の時と同じ場所なのだと思い知る。
あれから長い長い年月が経ったにも関わらず、まさかこうしてまたこの場所から同じ場所を覗き見る事になろうとは。
あの時と違い、王の間に小競り合いの気配はない。
『何故、お前が居る』
王座に座っているのはジルだ。
そして私達に背を向けるように王座の隣に立ち、ジルと顔を会わせている人物が居た。
『だってほら、私、君の兄だし』
いつもの白いローブを着ていなかったので分からなかったが、その喋る方と背丈から察するに、どうやらヨハンのようだ。
彼は今、騎士が着るような立派な洋服に身を包んでいる。
『俺は、そんな事認めた覚えはないが』
『でも血は半分繋がってるんだから、諦めなよ』
すべての集大成の場とあってか、ジルは苛立っているようにもみえる。だというのに、目の前で言葉を交わす兄はいつも通りで更にその憤りは高まっているようだ。
『ジルベルト、君の気持ちは変わらないのかい?』
『お前には関係ないことだ。今すぐここを去れ。………王族ではないお前に用はない』
ジルを良く知る者からすれば、それは精一杯の彼の気遣いにも聞こえた。
それを、兄である彼が気が付かないわけがない。
ヨハンは小さく溜息をついたようで、肩を竦めて見せる。
『君って子は本当に。………ほら、見てよ僕の恰好。神殿官長の出で立ちではないでしょ?』
『っ!』
歯を噛み締めて何かを言おうとした彼をヨハンは綺麗に遮って言葉を続けた。
『令嬢も、君の大事な宰相殿も、総隊長殿も、みんながきっと裏切られた気持ちになるんじゃないかな』
『あいつらは大丈夫だ。強い奴らだから』
『エメは?』
ヨハンは追及の言葉を止めない。
その響きには咎めるような音も含まれていて、決してヨハンがジルの決意に賛同しているわけではないということが窺い知れた。
ぐっと押し黙ったジルが、絞り出すような声を出した。
『巻き込んでしまって、悪いとは、思っている。けれど、これ以上、俺のせいで迷惑はかけたくない』
ヨハンの質問に淀みなく答えていくジルではあったが、その答えは見当はずれにもほどがあって、聞いてて腹が立ってきたぞ。
『………メイは、どうするの?』
『彼女にこそ合わせる顔がない。十年間彼女はしっかり生きてきた。今更俺が居なくなった所で、昔の彼女達の暮らしに戻るだけだ。それが、彼女にとって一番良い。………革命なんぞを引き起こした愚かな王族は、俺と共に永遠にこの世から無くなるべきなのだ。それが、この世界にとって大事な事なんだ』
諦めたようなジルの声が、言葉となって私の耳に運ばれてきた時、自分の頭の血管のどこかで、プツッとなにかが切れた音がした気がした。
まさにそのタイミングで、エメが静かに隠し路の出口を開いてくれた。私の怒りを理解してくれているのだろう。やっちゃってください、なんて言葉が彼女の背後に見え隠れしているようにも思える。そして、その先には、ジルが座っている王座が何にも遮られることなく鎮座している。
斜め後ろから出てきた私に、彼は気が付いていないようだった。
そうであっても、今の目指すモノはただ一つ。
「どこまでみんなの事を馬鹿にすれば気が済むの!?」
道場破りの如く、私は肩を怒らせながら王の間へと足を踏み入れた。
「メイ!?」
ガタッと大きな音をたててジルが立ち上がる。
私がやって来た方向を振り返れば、黒味を帯びた蒼い瞳が極限に見開かれている。
その表情は、前に王の前で私を認識した時の彼の表情そのままで、ほんの少しだけ溜飲が下がる思いがした。
一方のヨハンは、まるで私が来る事が分かっていたように満面の笑みで出迎えてくれる。
「うん、時間ぴったりだね。さすがだ」
まるですべてを分かっていたかのような反応。その理由はなんとなく察しがつくが、今はそこを追及する時ではない。
歩む足と止めることなく、私はジルの前に進み出た。
「ジル!なにがみんなは強いよ!何がこの世界のために俺は死ぬべきだっ、よ!!どれだけみんながあなたを大事に思って、どれだけ心と尽くして護ってきたかも知らないで勝手な事言ってるんじゃないよ!ばっかじゃないの!?」
物凄い剣幕で捲し立て私の気合いに押されて、王座の前に立っていたジルは気が付けば逆戻りするように座り直していた。
というか、私の剣幕に押し戻されていた。
何故自分がここまで怒られているかわからないのだろう。
幼子のように目を瞬かせながら私を見上げてくる。
「め、メイ?」
彼の決定的な間違い、それは。
「ジル、貴方には大事な仲間や想ってくれる人達がいるんだよ。そんな人達を、こんな形で裏切ってしまって、本当にいいの?」
「………」
「王!!恐れながら申し上げます!!」
隅でおろおろと事の成り行きを見守っていたブライアンが急に一歩踏み出してきたかと思えば、王座に座るジルとその前に立つ私のすぐ傍にやってくると、そのまま忠誠を誓う騎士のような構えで床に片膝とつき頭を垂れる。
「私は、ジルベルト王の采配によりこの騎士団でも名のある位を頂戴しました!確かにこの国には昔ながらの悪しき仕来りや柵があります。しかしながらっ!王や総隊長殿がより良い国造りとしようとしてきたここ数年の事は、きちんと理解し、その上であなた様方に付き従ってきたつもりであります!」
ブライアンの言葉を聞いていたジルの眉が徐々に中央により、今までにないほどの顰め面になった。
傍から見れば、それは機嫌を損ねた今にも怒り出しそうな険悪なもの。
でも知ってる。
こんな顔をする彼は、胸の中から溢れだしそうな想いを必死に押しとどめているだけなのだということを。
後一押し。
「ほら、見て。貴方の頑張りは無駄じゃないよ。十年前で止まってしまっているのは、貴方自身なんだってことに、気づいて」
心を殺してしまったと言っている人もいるけれど。
冷酷な人間になり代わってしまったと嘆く人もいるけれど。
ジルは、いつまでも、優しいあの時出会った少年のままだった。




